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W.E.M【世界の終わる音が聞こえる】 第4話(the heads) 10/14
「悠佳、車の用意、出来たから。さっさと準備して」
小声で良いから、冷静に釘を差しておかなければと思って、彼女を睨み付けたとき、楽屋に一人の女性が入ってきた。確かオヤジの友達の「久方みず木」さんだ。もしかして音無さんのマネージャーって、この人?
「佐伯さん、申し訳ないんですが……」
久方さんに声をかけられた佐伯さんは、ちらっとオレと彼女を見てから
「ええ。ごめんなさい、また日を改めますわ。私に直接でも、マネージャーを通してもらっても結構ですから、是非また。しばらくこの辺りを廻るんですよね?」
「ええ。でも、明日は関西方面へ。思ったより外に人が多いので、騒ぎにならないうちに出たいので。本当に申し訳ありません」
深々と頭を下げる久方さんは、やっとオレに気付いたらしく、目を丸くしながらオレに近付き、まじまじと顔を見つめてきた。
「……鉄城の子?大きくなったわね?何で?連れてきたの?」
「違う違う。佐伯さんについてきたんだ。一昨年、会わせなかったか?」
「だって、こんなに大きくなかったよ。かわいそうに、鉄城なんかに似ちゃって。鉄人くんだっけ?鉄城はこの子と一緒に帰るの?車用意してあるけど」
「いや、そっちについてくよ。珍しく全員揃うしな。それより……ティアス、蓮野の兄が遺品を持って日本に戻ってきてるけど、来るか?」
そう言えば、蓮野の兄とオヤジ達は仲が良いんだっけな。おそらく、彼も海外にいたのだろう。オレは面識がない。弟に似てるんだろうか。
「……いい。ありがとう。私より、孝多に連絡してもらっても良いですか?」
「ああ、遼平のことを伝えてくれた子か。それは構わないが。しかし、火葬にしてもらって、お骨も持って帰ってきてるそうだが、良いのか?」
彼女は黙って首を振った。
その姿に、何故だか燻っていた怒りの火が、強くなったような気がしていた。さっきの、オレと一緒に舞台に立つって言う発言も問いたださないといけないし。その怒りも相まって、オレはどうしても冷静な顔が出来なかった。
慌ただしく出発の準備をしている音無さん達を後目に、新島がオヤジに蓮野のお骨の話を聞いていた。おそらく、芹さんに先に連絡をするためだろう。
蓮野の兄、太平さんは、弟と一緒に暮らしていたベルギーに彼を埋葬しようと考えていたそうだ。しかし名古屋に、離婚して両親と一緒に暮らしていた母親のために、火葬してお骨を持って帰ってきたらしい。母親をあちらに呼ぼうと思っていたらしいが、弟の件もあり、彼女のたっての願いで、転職してこちらに戻ってくるそうだ。
オヤジは彼の墓の場所も教え、芹さんとティアスに墓参りに来るように言っていた。
わざわざ日本に来た芹さんの思いや、オヤジの言葉から受取れる蓮野への思いや、ティアスの彼らへの思いは判らないでもない。理解できないわけではない。そう思う。けれどやっぱりオレは蚊帳の外で、その状況に追いやっている彼らの行動が不愉快だったし、何より蓮野遼平という男が不愉快だった。もう、死んでしまった男だというのに。
目の前のティアスも、オヤジも、彼の回りの人間全てが。勝負したわけでもないのに「勝ち逃げ」されたような気分だ。
「おい、久方。あの子は結局どうなんだ。賢木に聞いても、埒が明かないし……」
恐らくさっきティアスが言った、オレと「一緒に舞台に立つ」と言う発言の件だろう。オヤジがオレの様子を伺いながら久方さんに聞いているのが判ったので、オレも彼らは視界に入っていたけれど見ないようにしていた。
オヤジは、オレが「舞台に立つ」なんて望んでいないこと、よく知っているから。望んでいたら、オレはもっとまじめにピアノに取り組んでいたはずだから。
「悠佳があの調子なのは知ってるでしょう?あの子のプロデュースをするって言う話があったんだけど……」
「うちの子は?」
「あっちに聞いてよ」
「みず木!」
いつの間にか部屋から出ていた音無さんが、外から彼女を呼ぶ。その声に、久方さんは「やれやれ」といった顔を見せ、オヤジを引っ張って外へ出た。
あわただしく出て行った大人たちに、オレの隣で新島がため息をついていた。
「ちょっと遅いけど、みんなでどこかでご飯でも食べて戻りましょうか?」
「……でも、音無が」
「ティアちゃん」
「だって、リョウが……」
「ティアちゃん。他にも色々方法はあるから。私は、何もなかったような顔、しないから。行きましょう?灯路くん、ティアちゃん連れてってくれる?私、店をとっておくから」
その不思議な台詞に、新島は当たり前のように頷き、彼女を連れ、オレと佐伯さんを残して楽屋を出た。
佐伯さんがオレに話があるのは判ったけれど、それを簡単に受け入れ、彼女のために動ける新島のことを、少しだけ尊敬した。
「オレに何か?」
「あら、早くて助かる☆」
からかうような口調に、ちょっとだけ腹が立った。
「ティアちゃんに、どこまで話を聞いてる?」
「……多分、何も」
「そう。それは、不愉快にもなるわね。でも、聞いてる話と随分違うのね。私は、あなたの態度はとても落ち着いてるし、大人だと思ったわよ?」
「聞いてる話って何ですか。この間も少し聞きましたが、僕はろくなことを言われてないようですけど?」
彼女が煙草に火をつけたと同時に、ライブハウスの関係者らしき人が現れ、出るように声をかけてきた。それに従い、廊下に出る。
煙草を噴かしながら、彼女は廊下の壁にもたれ、オレを見つめる。新島がこの人とつき合ってる理由が、それだけでもよく判る。この女は、ずるい女だ。
「ティアちゃんに言わせると、すぐ怒るし、すぐむっとするし、常に喧嘩腰だって。だけど、あなたは充分大人の態度が出来るし、怒りを隠すことも出来る。17歳の男の子が、あんなに年の近い父親の前で、あの態度はなかなかしないわよ。お父さんの方が遠慮しちゃってるじゃない?まあ、片親だからって言うのもあるでしょうけど」
「そうですか?父は、いつもあんな感じですけど。誰に対しても」
「そう?私も娘にはちょっとだけあんな感じかな。うちの子は君ほど大人じゃないけどね。子供過ぎて、ホントはどうしてほしいのか、わからないもの。その点あなたは、大人の付き合いができてるように見えるけど」
言いたいことが言えないだけなんですけどね、端に。別にオヤジだって、オレの言いたいことがすべて判ってる訳じゃないし、すべて判ったら困るっつーの。
「話が前後しちゃって混乱させちゃったわね。ティアちゃんのせいだけじゃないのよ。私からもきちんと説明が出来ればよかった」
「でも」
「あの子、ちょっと感情的になっちゃうところがあるからね。特に遼平くん絡みのことでは」
いや、その一言余計だし!!何で蓮野絡みのことであの女が感情的になるのか、はっきりしろ、そこんとこ!
オレの心の声でも聞こえたのか、佐伯さんは苦笑いを見せてから、ちらっと廊下の先を見た。
「……そろそろ行きましょうか。待たせすぎても悪いから。何が食べたい?」
オレの背中を押す彼女の言葉に、応えられなかった。
ならどうして彼女はオレと寝たんだろう。もしかしたら、オレをコントロールするためにか?
オレに目を付けてて、オレと一緒に舞台に立ちたかったけど、オレがそれを嫌がるのが目に見えていたから?だから?
「私は、良いと思うよ?君とティアちゃん。二人とも舞台映えするし。何より、ティアちゃんがやっと気に入ったピアニストなんだから」
オレの何が良いのかも判らないのに、「気に入ったピアニスト」なんて言われても、納得いくわけがなかった。
彼女の口から、彼女の思いを聞きたい。オレの納得のいく答えを。
しかし外で待っていた彼女は、そんなことは既に忘れてしまったかのようにオレ達に笑顔を向けた。全くもって意味が判らん。何でそう言う態度が出来る?
何でオレばっかり? 何も判らず、こんな風に悩んで、悔しくて、重たいし、いろんなもの捨てたいのに。結局何一つ捨てられず、オレの中にだけ、わだかまりのようなものを残したままなのか。
新島がタクシーを捕まえてる間、ティアスは佐伯さんと何かを話していたようだ。オレが少し離れて、彼女達を遠巻きに見ていたら、ティアスが近付いてきた。
「……テツ、ごめん。怒ってる?」
佐伯さんに何か入れ知恵されたろう、お前は!
……と言ってやりたかったが、それも大人気ない。つーか、バレバレだよ。しかも、バレバレなのに、思わずくらっと来ちまったじゃねえか。
オレはホントにバカだな。判ってて、どうしてこういう振り回すタイプの女にばかり惚れるのか。可愛くて、スタイルよくて、気が強くて、我が強くて、自己中で、だけどちょっと抜けてて。こんなのまんま、愛里だし。オレは一生、あの女の呪縛から逃れられないのか?
だから今朝だって、あんなに簡単に泣いたりしちまうんだ。最低だな。
『テツ、ごめんねー。怒ってる?』
愛里も、こんな風にオレが本気で怒ってると、機嫌を伺いに来たんだよな。ちょっとだけ怖々と。オレはその彼女の「本気」が怖くてどうしても、「怒ってる」って言えなかった。彼女が本気で怖がっていればいるほど。
だって怖いじゃないか。その後の反応が。「もういい」なんて言われたら、オレは多分、地味に立ち直れない。
「何で、怒ってると思う?」
だから、正直怖かったけれど。以前より、今の方がずっと怖いけど。
彼女との距離が近付くほど。オレの彼女への思いが強くなるほど。
でも、ティアスと愛里は違う。違うと思いたい。しかし、「一回寝たぐらいで」とか言われたら、身も蓋もない。
「あ……やっぱ、ホントに怒ってた?」
「やっぱってなんだ、やっぱって。お前は、とりあえず謝ればいいと思ってただろう?佐伯さんに言われて」
よし、言ってやった。てか、意外とあっさりした反応じゃないか。ホントに怒っても逃げられないのか?つーか、オレはなんでこんなにびくびくしてんだ。コイツが悪いし、腹が立ってるのはホントなのに、恐怖の方が大きくなってる。
「でも、テツが怒ってるのは判ったから。カナが、私のせいだって言うから」
ああ、そう。だから謝りに来たのか。バカなんだか可愛いんだか。
「何で怒ってるの?」
「……ホントに心当たりの一つもないとでも?」
あるけど、言いにくいって顔してるぞ。何つー判りやすい。
「……判んない」
「判んないのにその顔かよ」
バカで可愛いけど、女はずるい。オレの心はメチャクチャになる。振り回されて、疲弊しきってる。愛里もティアスも、オレのことをなんだと思ってるんだ。
こういうの、怒ってるって言うのか?頭の中が熱くて、もう何も考えたくない。
「判んないなら、いい。オレはお前と舞台に立つ気なんて、さらさら無いからな」
このときオレは、舞台がどうとかなんて、ホントはどうでも良かったけど。後で冷静に考えたとき、色々面倒なことが多すぎて、そう言っておいて良かったって、心底ほっとした。