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W.E.M【世界の終わる音が聞こえる】 第4話(the heads) 03/14
御浜達は「報告兼ねて、父親に顔を見せる」と言って、30分ほどで戻っていった。それと入れ替えにティアスが戻ってきたが、さっきまでのように彼女に迫ろうとは思えなかった。
御浜の態度と思いが、オレに重くのしかかる。
オレの記憶の限りでは、御浜が自分から女に対して動いたことって無かったような気がする。それが、あんな風になるもんなんだなって思うと、少しだけ怖かった。
彼女は何を考えているのか、オレの隣でオレの表情を、少し強張った表情で伺っていた。
「そろそろ、うちに来る?今日はなにで来てるの?バス?」
彼女の誘いにもうまく答えられずに、ただ黙って頷いた。辺りが微かに暗くなっていたことと寒くなってきたことを、彼女は気にしていた。
「行こうよ」
オレの手を引き、立ち上がらせる。その手をオレも握り返す。彼女の態度が、行動が、期待を膨らませる。あの夜から、それ以前から続く小さなやりとりの積み重ねと共に、何度と無く期待と失望を繰り返したあげく、結局甘い方へ流される。
結局、この女が何を考えてるのかなんて、オレは判っちゃいないのに。御浜のことも蓮野とか言う男のことも。大体、さっきの相原への態度だって何だ。
同じコトの繰り返しだ。あの夜もそうだった。彼女の態度に、彼女の過去に、オレは愛里を思いだし、愛里と比べていた。
愛里も、簡単にオレの手を取り、こうして引っ張る。
『テツ、靴を脱がせて。痛いのよ』
簡単に人に甘えるくせに、彼女はただ真っ直ぐにオヤジだけを見ている。
目の前の、オレの手を引く女だって、本当は誰を見てるかなんて判らないのに。
「テツが、来るって言ったんでしょ?それとも、一回家に戻る?」
だから、連れてくってこと?オレの誘いに乗るつもりはあるってこと?
「いや、いいよ」
「じゃ、地下鉄に乗ろっか?」
彼女が、店に面している道路の方を指さした。バス停が目の前にあるからここには良く来るけれど、目の前にある市営地下鉄に直結してる駅はあまり使わないから、その存在が未だに不思議だった。
「タクシーばっかり使ってるかと思った。まともにバスとか乗れないし」
手をつないだまま、一旦店内に戻り、スタバの入っているショッピングセンター内のエスカレーターを使って二階に上がる。二階のレストラン街の奥に、駅に直結する陸橋への入口があった。ここに来ても、一階の外にあるスタバにばかりいるから、こんな風になってるのも知らなかった。
「バスは普段使わないからよ。この路線なら大学にもつながってるし」
「そういや、賢木先生から連絡は来た?」
「全然。いいかげんよね、ホント。大学に行ったら、20日くらいまで冬休みだって書いてあった」
彼女は券売機の前で、行き先の駅を指さしながらぼやいていた。そう言えばオレも地下鉄で彼女の部屋まで行くのは初めてだな、なんてことと、20日まで愛里は戻ってこないんだろうなってことを交互に考えていた。戻ってこないことに対して、少しだけ寂しくもあり、少しだけほっとしていた部分もあった。
キップを買うときに離した手を、今度はオレからつなぎ直してホームに入る。少し照れたように、だけど微笑む彼女の姿を見て、一瞬だけど愛里のことも、他の全ての煩わしいことも飛んでいったような気がした。
だけど、端から見たらオレ達はどんな風に見えるんだろう、なんて考えたら、再び少しだけ気が重くなった。誰かに見られたら何て言おう、とか考えてしまう。特に、相原みたいなヤツに見られたら。
だけど、彼女の手を離せないオレは、やっぱりずるい。
びくびくしながら、彼女の隣に座るオレに、彼女も気付いてる。窘められながらも、誰にも見られないことを願いながら駅に着くまでの時間を、少し上の空で彼女と過ごした。窘めるけれど、責めはしなかった彼女に感謝しながら。
彼女の部屋の最寄り駅に二人で降りた。ここで、電車の中から彼女を見送ったことはあっても、一緒に降りたのは初めてだった。
東山線がこの駅から地下に入る。なので、二人で手をつないだまま階段を昇り、地上に上がる。
「ちょっとあるけど、良い?」
「ちょっとってほどでもないだろ?オレは平気だけど。お前、もしかしていつも歩いて来てんの?」
年末にタクシーで向かった感じでは、それなりに距離があったと思ったけど。夜中に一人で歩かせるのは危ない程度には。
「自転車だよ。カナが『バイク買ってあげる』って言ってくれたんだけど、免許持ってないし。取りに行っていい?」
黙って頷くと、彼女はオレを自転車置場の方へ引っ張った。
それにしても佐伯さん……甘やかしすぎだろ、それは。コイツはよっぽど目をかけられてるんだな。佐伯さんのバックアップのおかげで、頻繁にライブにもゲスト出演してるみたいだし。確かに魅力的ではあるけれど、そこまで?そもそも、あんなスゴイ部屋を提供してるのもおかしな話だし(元々隠れ家だったっつーのは別として)
さすがに生活費に関しては、最近やっとバイトし始めて稼いでるみたいだけど。何か、甘ったれてる印象が拭えないんだよな。
そう言うヤツ、オレは嫌いなはずなのに(人のことは言えないけど)。何で疑問を持ちながらも、その事実に少しだけ目をつぶろうとしてるのか。
「なに?」
自転車置き場の入口で、彼女はオレから手を離し、自転車を取りに走った。聞いておきながら、答えを待たずして走るか?お前は……。
「何って、何?」
「何か、また怒ってたから」
自転車を引き、こちらへ寄りながら、ちょっとおどおどした感じでそう言った。
「別に怒ってない。元々こういう顔だ。何度も言わせるな」
「ふうん」
納得いってないといった顔で、再びオレの横に並んだ。以前ならここで噛みついてきたんだけど、おとなしいもんだ。調子が狂うけど。
「それより自転車。オレが漕いでやるから、お前は後ろに乗れ」
彼女から自転車を奪うようにしてそう指示をする。
「何でいちいち命令口調なのよ」
不愉快そうに言いながらも、彼女はそれにおとなしく従う。やっぱり、調子が狂うけど、良い傾向なのかも、とも思う。
荷台に座り、ペダルを漕ぎ始めるオレの腰に手をまわした。
「テツって、ちゃんと体を鍛えてるって聞いた。しかも自己流。体育の成績もいいんでしょ?珍しいよね?」
人の腰を撫でながら、何を言い出すかと思ったら。興味本位でやってるのかもしれんが、ちょっとやばいぞ、それ。運転できなくなったらどうする。
「別に。ふつう。だれが言ってんだそんなこと」
「えー。御浜と秀二さん。あと、真も言ってた」
あいつら、余計なこと言ってんな。もう、オレの知らない所で誰に会ってるとか、考えない方がいいのか?彼女がこういうことをあっさりとオレに言うってことは、気にしてないってことなのか、オレの扱いがその程度なのか……。わからんな。
「テツの行ってる所って、あんまり芸術の方には力を入れてないって聞いたよ?」
「そうだろうな。音楽も美術も、芸術学部だと年に一人か二人出れば良いとこだな。クラスのヤツで『美術はフォローできない』ってはっきり言われてたヤツもいたらしいし。大体、1年で授業自体終わるからな、音楽も美術も」
「何で、今の高校選んだの?」
「音大の受験とか、考えてなかったし」
へえ、なんて言いながらオレの背中にもたれる。判らないとか言ってる自分がバカみたいだ。
「でもピアノ弾いてるし?運動部とかは考えなかったの?部活は?」
「オレ、あの体育会系の気質が合わないの。絶対いや。先輩見るたび挨拶とか、あり得ないし。暑苦しい」
「……判る気がする。絶対先輩に噛みつくか、むっとしてそう」
「どんなイメージだ。失礼な」
運動と勉強が出来ればモテるのは、中学生までだろうが。これでも評判はいいんだけどな(女子にのみ)。……ティアスには言わないけど。
「公立で、家から通えて、行ける範囲で一番レベルが高かった。立派な理由だろ?」
「んー……そうか。何で御浜は同じ高校に行かなかったのかな?」
「いや、単純に受験戦争が……まあいいや」
同じ高校は受けたんだけど、単純に落っこちたんだよな。まあ、ティアスにそうとは言えないか、御浜も真も。秀二辺りはさらっと言った上に、説教しそうだけど。勉強も運動も出来なかったんだよな、御浜は。今はどうか知らないけど、中学時代は。中の下って所か。結構、手伝ったんだけどな。
「テツは一緒の所に行こうとは考えなかったの?」
そう言う話をしてるのかな?御浜とは。いや、真とかもしれないし。二人きりじゃなければ、もう仕方ないのかもしれないけど。
「いや、でも……私立はな。金かかるし。出来れば避けたかった」
オヤジは「好きにしろ」って言ってたけど、正直、既に一人私立に行ってるしな。それで、また下手に伯母さんに何か言われてもめんどくさいし。子供心にいい気分じゃない。
でもまあ、明確ではないにしても、彼女の存在が、オレにも柚乃にも反抗期らしい反抗期を与えなかった気もするし。父子家庭で反抗期だなんて、オレの想像力じゃ、結構悲惨なことしか思いつかない。
「柚乃は私立じゃない」
「あれは、母親が行ってた学校に、幼稚園のころから通ってるっつーだけだって。むしろ伯母さんがそれを全面的に推してたし。愛里も行ってたからって」
また、へえ、なんて気のない返事をしたけれど、今度は声に妙な威圧感があって怖かった。もしかして、愛里の名前を出したからか?
「あ、テツ、そこ曲がって!近道なの」
機嫌が悪くなったのかと思ったけど、そうでもなかったらしい。道案内した声の明るさに、胸をなで下ろす。
彼女の誘導で、マンションの駐輪場に自転車をしまい、一緒に部屋に向かう。けれど、エレベーターに乗ってからは、彼女はオレの手を取ろうとも、触れようともしなかった。やっぱり機嫌が悪いのか?
「ただいま」
二つついているはずの鍵を一つだけ開け、彼女は中に声をかけた。
「お帰りって……サワダ?!」
中から現れたのは、私服に着替えた新島だった。その後ろには芹さんもついてきていた。
そう言うこと?だからオレを簡単に部屋に入れたのか?つーか、いくらなんでもこの生活はないだろ。仲良くても、男二人と同じ部屋……。
「テツはピアノを弾きに来ただけよ。変な顔しないで」
……んなわけないし……。先に上がってからオレに上がるよう促し、通りすがりにおっさんの顔を見せる新島の胸をこづいた。芹さんの顔は見なかったけれど。
「お前こそ、何してんだよ」
新島と、その後ろから無言でついてくる芹さんと3人で、リビングに向かう羽目になってしまった。リビングの壁には新島の制服がかけてあった。
話を聞こうと思っていたティアスは、着替えると言って、さっさと奥の部屋に入ってしまった。
「いや、今日はカナさん来るから。大体、それはこっちの台詞だろうが。彼女の部屋で彼女と会って何が悪い?」
確かに。ここはティアスの部屋じゃなくて、佐伯さんの部屋だけど……。それにしては、何で芹さんまで。そして当たり前のように芹さんは床のクッションに座り、新島がソファに座る。なんだこの力関係。当たり前のように、オレにもソファを勧めてくるけど。
「孝多は……その……。まあ、座れよ。孝多も黙ってないで、な?」
「沢田くんは、結局彼女と……」
「お前は口開けばそれしかないのか。黙ってろ!」
喋れって言ったの、新島だし。
「あの……」
「未だ何か言うか?」
一瞬、身を震わせたのが判ったが、芹さんはオレを真っ直ぐ見て続けた。
「あの、沢田先生と賢木先生から連絡が来て……。あと、和喜さんからも。話、繋いでもらって……」
和喜さんて、たしかオヤジと賢木先生の話の中でたまに出てくる人だ。その人も蓮野遼平とつながってたんだ。
「みなさん忙しそうだったんですけど、一度ベルギーの方に行ってくれるって……言ってくださって。オレにまでわざわざ。ありがとうございます」
「いや。……父も気にかけてたみたいですし」
自分のこと見たく、頭下げちゃって。確かに「心酔」って言葉が似合う感じだな。ちょっと疲れる。それにしてもオヤジ達、芹さんにもちゃんと連絡してたんだな。何も言わないから知らなかった。
オレが蓮野のことを報告して、芹さんの連絡先とティアスから預かってた諸々の連絡先を教えたときは、多少驚いた顔は見せても、そんなことは言ってなかったのに。そもそも、賢木先生なんか、未だ日本に戻ってきてないし。
「……音無さんは?賢木先生ともつながってるなら、あの人とも……」
彼女が入った扉をちらっと見てから、芹さんに確認する。
「さあ。聞いてないですけど。ティアスも連絡とろうとしたら、出来なくなったって怒ってましたし」
「知らない名前がいっぱい出てくるな。オレにも判るように説明しろよ、孝多」
「よく話してるだろ?灯路ってバカなのか賢いのか判んないよね」
「……言われたくねえ……」
芹さんのその意見には同意するけど。新島の項垂れっぷりは尋常じゃなかった。
それにしても、この様子だと結局、音無さんとは連絡とれてないみたいだな。彼女は一体、あの人に何の用があるんだろ。