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W.E.M【世界の終わる音が聞こえる】 第3話(the heads) 09/12
息が詰まるような沈黙に耐えられるはずもなかった。身を震わせる彼女を気に掛けないわけもなかった。
握っていた携帯の音もやみ、ますます沈黙は重くなる。
マナーモードにしてガラスのテーブルの上に置いた。その音に、彼女が一瞬反応したが、やはりこちらは見ずに顔を伏せていた。
「……もしかして、泣いてる?」
彼女の肩を掴み、揺さぶるが、頑なに顔を見せようとしない。声も出さず、ただ首を横に振る。
「ティアス?」
「……てない」
「泣いてるし。何でだよ」
「怒るから。……こんな、ケンカみたいなこととかしたくないのに」
「オレもだ」
「テツはいつも喧嘩腰のくせに」
失礼な。誰が喧嘩腰だ。真っ赤になって俯いてるから、可愛いとこもあるかと思えば、言いたい放題言いやがって。
両肩を掴んだまま、無理矢理下から覗き込むようにしてキスをする。
泣いていたからか、あきらめたからか、彼女はその行為にも、その後の行為にも抵抗しなかった。
彼女をソファに座らせ、抱きしめたままセーターをめくりあげ、背中に直に触れた。
「……ケータイ」
再び、携帯が鳴り響く。とは言っても今度は振動でガラスがカタカタと鳴っていたのだが。思った以上に五月蠅かったが、相手を確認するのも、止めに行くのもやめた。
御浜のこと、忘れたわけでも気にしてないわけでもないけれど。でも、目の前の彼女に手が届くのに、我慢できなかった。
必死でうち消そうとして、考えないようにしていたこともあった。
御浜のことを口に出すことで、否定していた。
愛里のこと、頭から離れないけれど、目の前の女のこととはやっぱり別だ。
自分でも、ずるくて臆病で、どうしようもないと思う。そのくせ、こうやって、美味しいところだけ掠め取るような真似をするんだ。
オレはいつもそうだ。
判ってるけど、ずるいとは思うけど、申し訳ないとは思うけど。
一度認めてしまったら自分でも驚くほど、何者もオレを押さえられなかった。
彼女以外は。
「テツ!」
また殴った!この女!何でこう暴力的なんだ!しかもひねってるよ!パンチいてえって!
「嫌なら口で言え!ぽんぽん殴るな!」
「嫌とか、嫌じゃないとか、そうじゃないでしょうが!なんでそう、順序を守らないのよ!」
「順序なんか知るか!!嫌なのか、嫌じゃないのか!?」
何でそこで黙るんだ。
そう思うけどやっぱり、涙を浮かべたまま、真正面からオレを睨み付ける彼女の目を、オレは見ることが出来ない。
「……テツこそ、どういうつもりで」
判りきったことを聞くか?この女は!この状況で、このめんどくさい女相手に、いいかげんなこと出来るかっつーの!リスクが大きすぎるって!何度言わせんだ!
って、言えてないけど。言えってか?!オレの口から?オレから!
もう、彼女とこうして怒鳴り合いを始めてから何度目だろう。再び、携帯の振動がテーブルをがたがたと揺らす。でも、ここで出るのは、いくら何でも無いだろう。
これ以上、彼女を怒らせるのも、泣かせるのもオレは嫌だ。どうしていいか判らないけど、言葉は出てこないけど。
黙ったまま、オレは彼女に手を伸ばした。彼女はやっぱり逆らわなかった。簡単にオレの手の中に収まり、オレはこの手に力を込める。
しばらくの間……どれくらいかは判らなかったけれど、抱き合ったままその場に二人で立っていた。彼女から手を離し、再び彼女の肩を抱き寄せ、ソファに座った。一度だけキスをして、身を寄せ合ったまま、毛布にくるまって目を閉じた。
多分、オレは逃げた。彼女に、自分のことを口にすることから。
だからこれ以上何もしない。その代わり、口にしない。
もう戻れないのは判ってたつもりだったけど、まだ何とかなるんじゃないかって思ってた。淡い期待ってヤツだ。
ずるいかも知れないけど、彼女だって何も言わないくせに、暗がりの中、こうしてオレの隣で目を閉じてる。お互い様だと思いたい。
彼女はどうか知らないけれど、オレは結局一睡も出来ないまま、朝を迎えた。オレが毛布を抜け出し、顔を洗いに立ち上がると、彼女も毛布から出て、台所に向かった。お互いにずっと黙っていたから判らないけれど、彼女も寝ていなかったのかも知れない。
「朝ご飯、シリアルしかないけど」
台所に戻ると、彼女は棚を漁りながら、やっと口を開いた。色気のあるような無いような、微妙な台詞だ。
「お前がまともな食生活を送ってないのはよく判ってる。期待はしてない」
「何それ。よくそう言うことが言えるわね」
怒るかと思ってたけど、顔が笑ってた。昨夜のことなど無かったかのように彼女は振る舞う。だから、オレはどうしていいか判らない。これ以上手を伸ばしていいのか悪いのか。
『嫌とか、嫌じゃないとか、そうじゃないでしょうが!なんでそう、順序を守らないのよ!』
順序を守ればいいって風に聞こえるな。拡大解釈すると。難しいところだ。
欲張りなのか?オレは。あんなことを言ったくせに、オレの隣で、オレの手の中でおとなしくしてるくせに、こうやって彼女が何もなかった振りをしていることが、オレにさらなる期待をさせる。
もしかして、彼女に手を伸ばしても、何もなくさなくていいんじゃないかって。何もかもうまく行くんじゃないかって。御浜のことも、愛里のことも、彼女やオレに絡む全てのこと。
強くいれば、強い振りをしていれば、強く居続けられる。
「ティアス」
「何?」
食器棚らしき場所から(そもそも食器自体、コップ以外ほとんど無かったのだが)シリアルボウルを探していた彼女は振り返り、驚いた顔をオレの目の前で見せた。
「……びっくりした」
後ろに立っていたオレに向かって、彼女はそう呟くけれど、微笑んでいた。オレは黙って彼女にキスをする。
「びっくりした」
今度は照れくさそうに笑っていた。
「何だよ、早くない?お前ら」
新島の声に、思わず彼女と離れるが、もしかしたらしっかり見られていたかも知れない。コイツなら、何食わぬ顔していそうで怖い。
「いつも通りよ」
「ウソつけ。何で見栄を張るかな?」
彼は苦笑いしながらキッチンを伺うが、何故か一向に廊下からこちらに入って来ようとしない。
「……何だよ?」
「まあまあ、沢田」
オレを小さく手招きする。思わずティアスと顔を見合わせてしまうが、とりあえず彼の元へ向かうと、寝室に誘導される。
入った途端、黙って寝室の扉を閉められた。何だ、この展開は。気持ちが悪い。
「だから、何だよ?」
もしかして、昨夜何があったかとか聞こうとしてる?どんな過保護だ。
「あのさ、ティアスとのことなら、別に……」
「悪い!オレの勘違い!それ!」
いきなり、目の前で手を合わせ、謝られてしまった。
「……は?いや、勘違いっつーか、だから、別に何も無かったというか、その……」
無かったと言ったら、ウソになるけど。
「いや、無いなら、良かった。いや、オレ昨夜、お前に電話したけど出なかったからさ。てっきり行くとこまで行っちゃってんのかと。ティアスもうっかり流されたりしてんのかと思って」
「……流される?あの女が?」
あれは、場の雰囲気に流されてただけってこと?
「まあ、そう言うところもあるだろ。誰にだって。あいつ、気は強いけど、そう言うとこは確かにある」
「ああ、そう」
としか言えないだろうが、そんなこと言われても。
「何が勘違いなのか、話が見えないんですけど?」
「いや、だから、ホント悪い。何か、ティアスの彼氏がこっち来てるらしいって、連絡あってさ。面倒なことになる前に教えておこうと思っただけで」
「ちょっと待て、聞いてない!」
思わず、新島の胸ぐらを掴み怒鳴ってしまった。けれど、思い直して彼から手を離し、謝った。