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W.E.M【世界の終わる音が聞こえる】(W.E.M[World's end music])

W.E.M【世界の終わる音が聞こえる】 第3話(the heads) 08/12



「いてえな……ちょっとキスしただけだろ?」
「ちょっとぉ?!何よそれ。ちょっとでそんな真似できるわけ?」

 立ち上がり、オレのことを真正面から睨み付け、頭ごなしに怒鳴りつけた。

「なに怒ってんだよ……」

 理由なんて、一つか。彼女は単純に嫌だったんだ。そう、あっさりと認められるほど、オレは冷静だった。座ったまま、彼女を眺める。
  違うな。冷静っていうか……体が震えて、鼓動が治まらなくて、立ち上がれなかった。追い込まれすぎて、腹をくくった。そんな精神状態だ。

「沢田くんなんか、佐藤さんのことばっかのくせに!何よ!」
「だから、名前で呼べって」

 きょとんとした顔で、彼女はオレを見つめる。一瞬、照れたように顔を伏せる彼女に、オレは必死で冷静なフリをして畳み掛ける。

「愛里のことなんか関係ないし」
「ウソばっかり。ホントは、今日だって佐藤さんに会いに行ってたんでしょ?真が言ってたもの」
「それはホントだけど、端に出汁に使われただけだ。大体、今日だってオヤジが迎えに来てたんだから。オレはその代わり。愛里はずっと、うちの親父しか見てねえよ」

 そう言うと、彼女は黙ってしまった。申し訳なさそうに、オレを見ながら。

「大体、お前なんかに覚悟もなしで手を出したら、いろいろ面倒じゃねえか。仮に、オレが愛里と何かあったとしても面倒だし、何もないけど、やっぱ面倒だと思ってるし。オヤジとか、賢木先生とか、新島とか」

 そうやってあげてはみたけれど、一番「面倒なもの」の名前を口にすることは出来なかった。
  面倒だし、未だに、どうしようか考えてる自分がいるけど、どうしようもないのも知ってる。

「だから、お前が嫌がってんのは判ったけど。そんな風に怒られるいわれはない」
「でも……」
「だから、その辺は察しろって。あと、喧嘩腰になるなっつーの。嫌ならもうしない。オレの勘違いだし」

 勘違いだったんだって判っても、もう遅い。なんか、勢いに任せて、襲うような真似するんじゃなかった。いろんな意味で取り返しがつかない。
  彼女との間の距離も、御浜との関係も。そして何より、自分の心が。

 こんなにはっきりと、御浜と彼女が仲良さそうにしてることを嫌な自分を、自覚するとは思わなかったぞ。

「顔、赤い。熱いし。お互い様だわ」
「お前がオレに触るのはイイのかよ」

 彼女の右手が、オレの頬に触れる。オレは座ったまま、顔を伏せた。彼女の顔が見られなくなってた。自分の顔が熱くなってくのがみっともなくて。

「沢田くんみたいに、下心がないから良いのよ」
「だから、名前で呼べって」

 オレの頬に触れたまま、屈んでオレを見つめるティアスを、意を決して真正面から捉えた。伏せていたオレと目が合ったのに驚いたのか、今度は彼女がオレから目をそらした。逃げる彼女の右手を、掴む。

「……テツヒトくん。離して」
「さっきみたいに、呼べばいいのに?」
「……テツ?」

 今度は彼女の体を引き寄せ、腰を撫でながら何度もキスをする。抵抗しないのを良いことに、そのままラグの上に、優しく彼女を押し倒す。

「別に、嫌だったわけじゃなくて……。でも、これは……」

 嫌だったわけじゃない。彼女がそう言ったのを聞いて、少しだけオレは安心する。今さら勘違いって言われても、やっぱり困る。

「まだってこと?」
「何でそんなに偉そうなの?テツって」

 真っ赤な顔してるくせに、憎まれ口はたたけるんだな、この女。必死な感じが、今は可愛く見えてしまうけど。

「この状況でそんなこと言える、お前もね」

 もう一度キスをして、彼女の首筋に顔を埋める。オレの行為に、彼女は抵抗しなかった。
  この先に行くかどうか迷っていたとき、玄関が開く音が聞こえた。

「ティアス?まだ起きてるのか?」

 新島の声!佐伯さん送ってったんじゃねえのか!てか、送ったついでに外でヤッてんじゃねえのか!
  オレが彼女からどこうと動くより先に、彼女は急いでオレの腕から逃げ、起きあがった。

「なんだよ沢田。まだいたのかよ。何してんだ。もしかして、取り込み中だった?」

 リビングに入ってきた新島は、微妙な距離を保ちながら、床に座るオレ達2人を見て、当然のようにそう突っ込んだ。彼の見解としては、そう言う展開になってしかるべき、と思ってるかも知れないけど。

「そう言う冗談、やめてよ」
「今夜、泊まるとこがないからソファと毛布を借りたんだよ」
「そうそう。それより、灯路はカナを送りに行ったんじゃないの?」

 さすがに、二人して必死に否定してんのは怪しかったかな……。ソファがあるのに二人して床に座ってるんじゃ、何かあったようにしか見えないだろう。もちろん新島は、不審そうにオレ達を見ていた。

「忙しいのに、最後までついてってどうすんだよ。途中、タクシーで追い返された。泊まるって言って家を出てきてるから、帰るわけにも行かなくて戻ってきたんだよ。ここに泊まってこうと思って」
「泊まってく?!何だそれ。いつもそんなコトしてるのか?」

 だって、普段はここにティアスしかいねえのに。しかも、今日だって、ティアスだけしかいないつもりで帰ってきたんだろ、コイツは。危険、危険!!

「……そんな食いつかれても。ティアスとなんか、何もないし。大体コイツ、オレとカナさんが2人でいる時は気を使って2人きりにしようとするくせに、オレ1人だと女王様なみに偉そうなんだもん」
「だって、あんまり会えなくて寂しそうだし」
「寂しそうとか言うな!」

 照れてるし。
  しかし、オレにあれだけのことを言った新島とその彼女の様子を見てたけど、意外と普通だったな。もっとドラマチックなのを期待してたのに。

「それより、沢田がここで寝るなら、オレはどこで寝たら良いんだ。つーか、放浪癖でもあんのか?お前」

 照れ隠しのように、オレに悪態をつく。オレの目が見られないほど照れてるくせに、なんてヤツだ。

「放浪癖とか言うな!」
「何で帰らねえの?」
「たまには家に帰りたくない日もあるだろうが」
「わりと頻繁な気もするけど」

 そう小声で言う、新島の意図は判らないでもなかったけど。オレが逃げていることを、その相手を彼が明確に理解していなくても、その行為自体を、彼はよしとしていない。

「ま、いいや。なんかオレ、タイミングの悪いときに戻ってきたみたいだし。邪魔しないで引っ込んでるわ。おやすみ」
「え?ちょっと、灯路!?」

 彼はオレ達の顔を見ずに、ティアスの叫びも無視して寝室に向かった。しかし、彼女もまた、それを強く引き留めはしなかった。
  いや、2人でこんなとこに残されましても。すぐそこに新島がいるって判った状態で、これ以上、何も出来ないだろうよ……。

「なんか……ものすっごく誤解してない?灯路ってば……」
「……当たらずとも、遠からず」

 彼が寝室に入って、扉を閉める音が聞こえたと同時に、彼女を抱き寄せ、キスをする。何度もキスしながら、抱き寄せる手に力を込める。彼女は赤くなって下を向いていたけれど、今度は頑なに押し倒されることに抵抗していた。

「この状況で、なに考えてんのよ」
「いや、まあ、そうだけど。ここに一緒にいるなら、してもしなくても、同じように思われる気がす……」

 彼女は床に転がるクッションでオレを思いっきり殴った。何だろう、ものすごく、へこむ……。

「ケータイ、鳴ってる」
「何だよ……」

 突然、彼女がきょろきょろとしだす。オレと距離をとるためか、急いで立ち上がり、辺りをうろつく。

「これ、テツの?」
「あ。あれ?いつの間に落とした?」

 ポケットを探りながら、彼女に近付く。彼女は真っ直ぐに手を伸ばし、出来る限りオレと距離をとるようにして、携帯を手渡してくれた。へこむだろうが、その態度……。

「あ……」

 はっきりと、着信者の名前が出ていた。御浜だった。彼女も確実に見てるはずだ。

「出ないの?」

 どうしよう。どうしたら……

「テツ、最近よくふらふらしてるから、御浜が様子がおかしいって、心配してたよ。出れば?」

 心配してたとか、してないとか、なに話してんだお前らは。オレの知らない話を、どっちの口から聞くのもホントはいやなんだってば、オレは!そんなこと、自覚させんな。考えないようにしてたのに!

「睨まないでよ……怖いなあ」

 ぎりぎり手を伸ばせば届く所に立っていた彼女の腕を掴み、力任せに引っ張り、引き寄せた。

「……痛いって!」

 ケータイは、まだ鳴り続けていた。

「ぎゃあぎゃあ騒ぐな!五月蠅い!新島が出てくるだろ!」
「痛いって言っただけじゃない!さっさと出なさいよ、電話!」
「五月蠅い、五月蠅い!お前だって、御浜とこそこそ話してるくせに!」
「何それ、今は関係ないじゃない!何でそこで御浜が出てくるのよ!電話かかってきたのはテツでしょ!」
「お前の所にもさっきかかってきただろうが!」

 自分でも、何でこんなこと言ってるのか。冷めてる自分と、頭に血が上ってどうしようもない自分が、心の中で同居してるようで気持ち悪かった。吐き気すら催しかねないくらい。だけど、とめられない。一体オレはどうしたいんだ?

「なんで……」

 真っ赤な顔して、上目遣いでオレを睨み付ける。

「もう、意味判んない。ああいうこと出来るくせに。何で怒られなくちゃいけないの?」

 ……やべ、コイツ、泣きそうだ。ど……どうしたら!?つーか、何で?ティアスだって、オレに怒鳴りつけてきたくせに!
  彼女は顔を伏せ、オレから目を逸らし、体を震わせていた。この状態で、沈黙が続くのは、正直きつい。彼女はオレの顔すら見ないのに。オレも、彼女の表情を見せてもらえないのに。

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