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W.E.M【世界の終わる音が聞こえる】 第3話(the heads) 07/12
12時半。地下鉄の終電が無くなったころだ。市内でもはずれの方には深夜バスなんかないし、今日はタクシーでここに来てるから、他に交通手段はない。歩いて帰れない距離じゃないけど、こんな寒い日に、外に出すような女じゃない……はず。
そんな理由を付けなくても、彼女は自分からオレに「ここに泊まればいい」と言ってくれた。それだけで、充分すぎるくらいオレに期待を持たせた。
持たせたのに、もう1時間以上、さっきと同じようにソファに並んで座り、微妙な距離を保ったまま、たわいのない話を続けていた。
オレだけが、過ぎ去っていく時間と、この微妙な距離を必死で気にしてた。
「どうしたの?」
彼女は、妙なところで鋭い。
「何か、さっきから変だよ?」
変だよ、と言うくせに、それを聞くことを躊躇う。オレのことを上目遣いで見つめ、一瞬目をそらした後、申し訳なさそうな顔で再びオレを見上げ
「……帰りたくないみたいだし。今日、お昼も何だかおかしかったし。何かあった?」
「何で?何もないし?」
「そう?ちゃんと会って話すの、久しぶりだからかな?電話ではよく話してるけど」
久しぶりってほど、久しぶりでもないと思うけど。彼女の感覚では、久しぶりってことか?それくらいオレに会いたかったってコトかな?ここまで言ったらやっぱり、自惚れか?
「そういや、オヤジと連絡とったんだ?言われたとおり伝えただけだけど、音無さんになんか用があったのか?」
「うん」
うん。と言ったきり彼女は何も言わない。それ以上突っ込むなってことか?
余計なこと聞いたかな。会話がとぎれてしまった。違う話を振るのもおかしいし……。
「寝るとき、奥の寝室使って。私、ソファで寝るから」
「え?いいって。オレがこっちで寝るから。さすがにそこまでは……」
沈黙に耐えられなかったのは、彼女も一緒だったようだ。急にそわそわした様子で立ち上がり、説明を始め、寝室に向かった。
「何だよ?」
「布団、持ってくるから、待ってて」
「いいって。それくらい、オレがするって。泊めてもらうのに」
何だろう。彼女も「泊まればいい」と言ったくせに、妙に意識してないか?それとも、今はオレが意識してるから?
逃げるように寝室に向かって廊下を歩く彼女を、焦る心を隠しながら追いかける。
「……そもそも、客用の布団なんかあるのか?隠れ家のくせに」
「予備の毛布があるから、私がそれをソファで使うわよ」
「暖房つけてても、寒いだろうが」
「一晩くらい、大丈夫よ」
「別に良いじゃん、ベッドで一緒に寝れば」
軽いジャブのつもりだったんだけど、予想以上の反応だった。寝室の扉の前で急に彼女は立ち止まり、振り返ると、睨み付けるような、でも誘うような、そんな目つきでオレを見つめる。びっくりするくらい顔を真っ赤にして。
「すげえね。顔、真っ赤。むっちゃ熱いし」
彼女の頬に触れたオレの手を、彼女は真っ赤な顔のまま、振り払った。ちょっと、ショックだろ、それは。
「……冗談だろ?」
「そう言うの、冗談って言わないの!」
「言うって」
「今までそんなこと言わなかったし!」
あれ?ホントに怒った?オレのこと、好きなんじゃないのかな。
「ホント、ただの冗談だって!」
逃げるように寝室に入るティアスを追いかける。自分でもかっこ悪いって判るくらい、必死で彼女を追いかけていた。だけど、寝室に入れてもらえず、無情にも中から扉を閉められた。
しばらく待っていたら、むっとした顔で(でも赤いままで)、毛布を抱えて寝室から出てきた。
「怒ってる?」
「怒ってないよ、別に。……冗談だって判ってるから、むかついただけ」
何だそれ、どういう意味だよ。本気だったら良かったってこと?
「持つって」
彼女から毛布を奪い、抱えてリビングに向かう。膨らみすぎた期待を、必死にうち消すように。
あんまり良いことじゃないのは判ってるはずなのに。もう、どうしようもないのはオレだけで、状況は何も変わってないのに。
変わってないけど、彼女の行動が、言葉が、オレの期待をますます膨らませる。ダメだと判っていても、受け入れられたい欲求の方がずっと大きい。
「まあ、一緒に寝るのは冗談にしても。寝るまでは同じ部屋にいても良いんじゃない?」
愛里に軽口を叩くように。愛里にばれないように、自身の心を誤魔化すように。彼女への好意を示す言葉、それが本音だと判らないように。
「……簡単にそう言うこと出来ちゃうんだね。彼女いるくせに」
「彼女?」
「佐藤さん」
その名前に、一瞬身震いをした。その様子を彼女はおそらく冷静に見ていたのだろう。冷ややかな眼差しで一瞥した後、オレから毛布を奪い、1人でリビングに向かった。オレは気を取り直し、急いで追いかける。
「愛里は、ピアノを教えてくれてるだけだって。言わなかったっけ?従姉妹だからさ……」
「でも、好きでしょ?彼女のこと。知ってるよ。彼女の名前が出ると、顔色変わるし、電話で喋ってても止まっちゃうの。佐藤さんの話を出すと、絶対に誤魔化すし」
……やっぱオレって、そんなに判りやすいのかな?ティアスまで、そんなこと言うか?
オレがむっとしたまま黙っているのを知ってか知らずか、黙って背を向けたまま、ソファに毛布をおいていた。
その微妙に重い空気を、彼女の携帯の着信音が壊した。
「出れば、電話。誰?」
「……御浜」
あからさまにむっとした声で電話に出るよう促したオレに、彼女もまたむっとした顔で電話の主の名を明かした。またしても、オレの反応が判りやすかったからか、彼女はオレから少しだけ距離をとった。
だって、この状況はまずいだろう!御浜はティアスのことが好きで……。つーか、もしかして毎日電話してる?あいつ。オレも似たようなもんだから、何も言えないけど。
「いま?ごめんね。友達きてるから。うん。そうなんだ。うん、連絡あったら知らせるよ。またね」
友達だって。誤魔化したよ、この女。いや、オレに気を使ってくれたのか?判らないけど、でも、助かった。
それにしても結局、誰に気を使ったんだ?御浜?オレ?それとも、自分の保身のため?
「沢田くんと連絡とれないって、心配してた。昼も、様子がおかしいから気になるけどね、なんて言ってたけど。おうちに連絡した?柚乃も同じこと言ってたみたいだし」
「そういや、してない。つーか、あいつはオレの保護者かっつーの」
溜息をついて見せたら、彼女はやっと笑顔を見せた。でも、オレは別のことが気になってた。
「そうやってしょっちゅう、連絡とってるんだな。会ってすぐのときから、かなりメールしてたみたいだし」
さすがに、会ってすぐ次の日に、情報交換もして、名前で呼び捨て合ってたのにはびっくりしたけど。
「うん。御浜は良い子だし。仲良くなれてると思うよ。沢田くんみたいに意地悪じゃないし」
『意外と、距離あるね、テッちゃんとティアちゃん。あの子、テッちゃんの顔みないし、沢田くん、なんて呼んで、よそよそしい感じ』
あれ?やっぱり、オレの自惚れなのか?ずっと、こんな距離感だったのに、そう言われると気になってくる。御浜も、真ですら、いつの間にかこの女と仲良くなってたのに、オレは1人、近づき過ぎちゃいけないって勝手に思いこみながら、彼女から一番遠くないか?
今のオレと彼女の物理的な距離はこんなに近いのに。精神的にも近い気がしていたけど、もしかしたら、こんなコトは彼女にとって当たり前なのかも知れない。
そんなこと、今さら言われても困る。
決して、彼女だけを見ているわけではないにしても、オレは、強く彼女に惹かれてる。まずいって判ってるのに、(もしかしたら判ってるからこそ)自覚したが最後、歯止めが利かない。
「……座れば?まだ、眠くないだろ?」
「そんな不機嫌な顔で言われても」
むっとしてるのか、照れてるのか、わからないな。それでも彼女は、オレの様子を伺いながら、ソファに座ったオレの隣に並んで座る。
「あと、御浜とか真みたいに、オレのことも名前で呼んでみれば?」
「え?」
また、真っ赤になってオレを見つめていた。何だよ、何でそんな可愛い態度なんだよ。もしかして恥ずかしくて、そう言うよそよそしい呼び方ってことか?
「なんか、ティアスにそうやって呼ばれるの、不自然だし」
悔しいし。
「……テツ?」
おそるおそるオレの名を呼んだ彼女との間は、さっきと同じように1人分空いていた。その距離を詰めることなく、オレは彼女の頬に手を伸ばし、顔を引き寄せ軽いキスをする。
少しだけじゃ足らない。ここまで来たら、オレはもっと、彼女との距離を縮めたい。そう思っていただけなのに。
彼女はオレの頬を思いっきりひっぱたいた。