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W.E.M【世界の終わる音が聞こえる】 第3話(the heads) 04/12
最低だ。オレってヤツは。何でまたしてもこんな所にいるのか。つーか、彷徨っているのか!!
気付いたら、地元の地下鉄の駅前を、またしても、……またしても、うろついていた。無駄にコンビニに入って雑誌を読んだりしながら、空が暗くなっていくのを眺めていた。いいかげん、する事もなくてコンビニを出る。この間彷徨っていたころのことを思えば、制服じゃないだけマシだろう。
しかし……オレってヤツは、どうしようもないな。何かいやなことがある度に、こうやって行くあてもなく、しかも自宅の近所をふらふらと彷徨うのか?いくら家に帰りたくないとはいえ。人と話をしたくないとはいえ。
もう、寂しいんだか、苦しいんだか、よく判らなくなってきた。ただ、心が重い。
「沢田くん、1人?」
オレは、何故か、彼女が歌っていた、このクラブの前に来ていた。彼女がいると知っていたわけでもないし、来るつもりもなかったのに。
「何してるんだよ。出かけてただろうが、お前は」
「夜は用があるから帰るって言ったでしょ?沢田くんこそ、途中でいきなり帰ったくせに、どうしたのよ?御浜が心配してたよ?」
この間の夜と同じように、ステージ用の衣装に身を包み、濃い化粧をしたティアスが、クラブの入口でオレに声をかけた。用って言うのは、ここで歌うことらしい。
「だーかーらー!あいつはオレの保護者かっつうの!!あいつの方が、よっぽど危ういくせに。お前、今日は1人なの?こないだはいただろ?佐伯佳奈子」
新島と彼女の話は、ティアスからも電話で聞いていた。ちゃんと会って、しかも2人きりで話すのは久しぶりだけど、彼女との間に壁は感じなかった。
「うん。今日もいるけど、中で準備してる。そうだ、こんや時間ある?」
「え?まあ、夜は」
むしろ暇ですが。帰りたくもないし。
「だったら、おいでよ。灯路もいるし」
「え、いや、まあ……」
彼女はオレの手を取り、引っ張った。乾燥した彼女の手は、思ってた以上に気持ちよかった。御浜の顔を思い出さなかったわけじゃないけれど、黙って彼女の手を握り返し、後ろについて扉をくぐった。
愛里に逆撫でられた心を、少しだけ撫でられたような、そんな感じだった。
多分、誰でもよかったのかも知れない。彼女が作った穴を埋めてくれるなら。
「終わったら、灯路と一緒に待っててね。部屋においでよ」
「うん。……て!?」
笑顔で言った彼女に、思わず笑顔で返してしまったが。何げにとんでもない発言してませんか、大胆だな。
「もちろん、部屋にはみんなで、ですよ?ちょっと期待するようなこと言ったからって、エライ態度が豹変してますな?」
後ろから、新島がわざとらしく肩を叩く。彼は1人で壁際に立っていた。
「豹変なんかしとらん」
「そう?にやけちゃって、変質者っぽかったけど?満更でもないんじゃん、やっぱ」
「無いって、オレには……」
愛里が……いるって言うのは語弊があるな。大体、あの女、オレのことを振り回したあげく、足まで揉ませといて、よりにもよって、オヤジと約束してたっつーのが……へこむ。
たまたまだよ。たまたま、オレの目の前に現れたのがティアスだった。それだけ。どうしてここに来てしまったのかは、オレにも判らないけれど。
「何だよ、にやけたり、暗くなったり、忙しいヤツだな。どこ行ってたか知らないけど、ティアスもああ言ってるから、待っててやれよ?」
「2人きりでもないくせに。大体、みんなって、誰よ」
「だから、オレと、ティアスと、彼女」
「カモフラージュ要員か、オレは!」
「ご明答。よくできました」
彼は悪びれない笑顔を見せる。要するに、新島と、その彼女である女優、佐伯佳奈子が一緒にいるのを誤魔化すための、賑やかし、というわけだ。確かに、年齢だけなら親子くらい離れてるし、彼女はいろいろめんどくさそうな芸能人だし、気を使ってるんだろうけど。
「何だよ、そのつもりかよ。自分のために人を振り回すんじゃねえよ」
そんなのは、愛里だけでたくさんだ。
「それをどう捉えるかは、お前しだいなんじゃね?無理強いはしないけど」
「結局どっちなんだよ」
「何が?」
「何がって、お前が」
ティアスが、オレに気があるようなことを言ったくせに。
「どうだろ。言ったのはオレだけど、ティアスはお前に何も言ってないし。気にしてるんなら確かめてみれば?そんな人生に疲れた顔してないで」
「疲れてないっつの」
「途中でさっさと帰ったお前を気にしてたのは確かだよ?着信履歴、残ってない?」
そう言われて、オレは港を出て以来初めて、携帯を手に取った。鳴ってるのは知ってたけど、見たくもなかった。
新島の言ったとおり、ティアスから着信があった。18時3分。このくらいの時間だと、もう御浜達とは別れて、この店で準備を始めているころだろう。携帯に残る彼女の名前を見ただけで、心が随分軽くなっているのを感じた。
「意外と判りやすいのな、沢田って。顔赤いし」
「うるせえな。赤くねえって!」
「いいけど」
彼は特に気を悪くしたような顔もせず、笑顔を浮かべていた。真と違って、新島は普段、常に笑顔を浮かべてるようなタイプじゃないから、ホントに機嫌がいいのか、この程度のことは気にならない程度に寛大なのか。
あとは、御浜から1件、オヤジから2件。多分、オレが港から地下鉄に乗るくらいの時間だった。
御浜は判る。ああいうとき、彼は心配している。その態度を見せるときと見せないとき、きちんと使い分けるのが、彼の優しさであり気遣いだ。十分承知してる。でも、こうしてティアスの傍にいることになった今は、ちょっとだけ後ろめたい。
オヤジは……。
「沢田、始まるぞ?今日はこの1曲だけだから」
「……ああ」
オレは相当暗い顔をしていたのだろう。新島はあえてそれを避けるように、ぎこちない笑顔でステージを指差した。その動きとともに、ホール全体の照明が落ちた。
ステージには、ピンスポを浴びるティアス。その後ろにはスポットを避けるようにピアノを弾く佐伯佳奈子。この間のようなバンド形式ではなかったせいか、佐伯佳奈子は余計に目立っていた。しかも、間の悪いことに、このクラブという場に似合わないスローテンポのクラシック。まだ、以前のようなロックなら良かったかもしれない。
ティアスか、佐伯佳奈子か、どちらの意図かはわからないけれど、勝負したかったのかもしれないけれど、選曲も相まって、ホールではティアスの後ろで弾く「女優」の話題で持ちきりだった。
聞こえてくる、心無い声を新島がどんな思いで聴いていたかは判らなかったけれど、彼が不愉快そうな顔をしているのが暗闇の中でも確認できた。でもオレは、逆に安心して、ティアスの歌を聴くことが出来た。
彼女の歌は十分すぎるほど、オレを惹きつけていた。それを、はっきりと自覚する。一瞬だけど、愛里のことを忘れられる程度には力を持っていた。だけど、この状況で歌うのは、彼女が可哀想にも思えた。
オレだけが、彼女を見て、彼女の歌を聴いてるような錯覚すら覚えたから。
「ありがとうございました」
ざわめきのなか、二人は袖に引っ込んだ。
「沢田、出ようか。外で待ち合わせてるからさ」
「そうだな」
不愉快そうな顔で、彼はそういうと、オレの顔を見ることなく、外へ向かった。
「カナさんはティアスを推して行きたいんだよ。少しずつバックを減らして、彼女が目立つように、彼女が好きなように出来るように。なのに」
オレに話しかけたのか、それとも独り言なのか。判断に困るほど小さな声で、彼は呟いた。オレは妙に安心して歌を聞いてしまっていたけれど、彼女だけを見てしまっていたけれど、それは、彼や彼の大事な女の意図とは、ずいぶん離れたところにあったようだ。
「カナさんが……」
普段の新島からは想像できないような、そんな真剣な面持ちで、彼は呟く。少しだけ、その様が切なかった。
オレはこんな風に、誰かのために思えるんだろうか。悲しめるんだろうか。
例えば、愛里のために。