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W.E.M【世界の終わる音が聞こえる】 第2話(the heads) 11/11
どうしても溜息をこぼさざるをえなかった。それでもオレは、携帯をとりだし、オヤジに電話をかける。
「テッちゃん。人といる時はだねえ……」
コイツ、細かいことに五月蠅いな。
「あ、オヤジ?今日、何してんの?」
『何って、今日は出勤だと言ったろうが。休みは29日……いやあれ?何日からだっけ?』
オヤジの電話の向こうからは、たくさんの男性が騒いでる声が聞こえる。その中から『30日です』と答える声がいくつか聞こえた。一体何が行われてるんだ、この職場は。
『何か用か?用なら戻るが……』
「あ、いや。大したことじゃないんだ。今日の夜は家にいるのかな、と思って」
『そうか。悪い、連絡しようと思ってたんだが、忘れてた。ついさっき、東京出張が決まって、戻りは明日の朝だな、早くて。明朝、直帰して良いか?』
思わず返事してしまいそうになったが、電話の向こうの研究室の誰かに話しかけたらしい。遠くから『3時にミーティング入ってます』の声がかかる。
『戻れたら、明日の朝に戻るよ』
「忙しそうだな。相変わらず」
『そうでもないさ。年末だから、こんなモンだろう。それより、ティアスは?お前、仲良いんだろう』
「は?」
思わず大声を上げたオレに、真が目を丸くして見つめていた。
『なんだ、この間、家に泊めてただろう』
「いや、それは、たまたまで……。事情は説明したじゃねえか。関係ねえし。別に、そんな。つーか、何だよ、突然。何か関係あんのかよ!」
『何でそんなに喧嘩腰なんだ、お前は。いや、連絡とってるなら、オレの携帯に連絡するように伝えておいてくれ』
……意味が判らん。何でオヤジに?
「テッちゃん、どうしたの?急に立ち止まって。電話すんのは良いから、とりあえず歩いてよ。変だよ、こんな所で」
真にそう言われ、辺りを見渡したら、周りは家族連れやらカップルが仲良さそうに歩きながらフードコートに向かっていた。この中で立ち止まってたら、さすがに変かも……。
何食わぬ顔して、オレは再び真の横を歩き始めた。
「何で?」
『……「音無が連絡をよこしてきた」そう伝えればいい。賢木のヤツは、海外に出てって、彼女に連絡することすら忘れてるみたいだから』
「音無……?って、オヤジの友達の」
確か、プロのジャズピアニストだ。子供のころ、何度か会ったことがあるぞ。でも、オヤジの友達って、(オヤジ含め)勝手な人が多い印象があるんだけど。
『そうだ。ふらふらしてて、ちっとも連絡がつかん。どうしようもない』
「オヤジだって忙しそうにしてるから、結構お互い様な気がするけど」
『音無にもそう言われたよ。じゃあ、頼んだから』
そう言うと、電話を切ってしまった。
「……って、近っ!?お前、人の電話聞いてんなよ!」
いつの間にか、横を普通に歩いていたはずの真が、オレの携帯の声を聞くように、頭を寄せていた。距離近いっつーの、気持ち悪い。
「趣味悪いな」
「ジャズピアニストの音無って、音無悠佳(ハルカ)?あの、日本より海外の方で売れているという……」
つーか、日本ではほぼ無名に近いんだが。よく知ってるな、コイツ。
「いや、実際の活動は日本がメインで、ほとんど日本にいるらしいけど。日本語しか喋れないらしいし。よく知ってるな、お前」
「うん。紗良がそう言うの好きだからさ」
「ふうん。実際は、子供みたいなおっさんだけどな。子供過ぎて、日本だといろいろ問題起こしてて、関係者に嫌われてて売れにくい、みたいなことをオヤジが言ってたけど、良くわかんねえし」
「てか、テッちゃんのお父さん、そんな人と知り合いなわけ?すごくない?」
……すごいのか?いや、聞いたことないから判んないし。何か、オヤジの知り合いって言うだけで、素通りしてたな。ジャンルも違うし。
「どうだろ。でも、家の母親の大学の後輩らしいし。……すごいんじゃない?」
「テッちゃんのお母さんて、音大出なんだ。だからあんなでかいピアノが」
「言ったじゃねえか」
「いや、お嬢さんなら、嫁入り道具に買ってもらってもおかしくないかと」
「何かお前、発言がおっさん臭い」
「酷!テッちゃんて鬼!ドMのくせに!」
だからそれ、関係ねえって。
「ふうん。沢田ってドMなんだ。そんな気はしてたけど。そんな話してんなら、さっさと合流しろよ。オレ、疲れちゃったよ」
若干不愉快そうな顔をしながら、話に混ざってきたのは新島だった。いつの間にか、先を歩く御浜達に随分近付いていた。
「ティアスが、様子を伺いに来てたろ?」
「来てたけど」
「そん時に来ればいいのに。泉も、オレをあんな微妙な空気の中に放り込むな」
口をとがらせながら、真を責めた。真もまた、ヘラヘラしながらそれに答えた。
「いや、だって、判りきってるじゃない。大丈夫だって、相手は御浜だから」
「うーん……白神が、天然なのか、判ってるのか、判らんな。女の戦いは熾烈だよ。いや、戦ってるわけじゃねえか。柚乃ちゃんが怖くなったり、オレを睨んだりするくらいか。ティアス自体を嫌ってるわけじゃねえみたいだけど、白神がなあ……」
やれやれ、といった顔で頭を掻く。
「ティアスも判ってんだかどうだかって感じだけど」
「あんなにあからさまなのに……」
思わず、真と2人で顔を見合わせた。
「いや、気付いてるけど。どうなんだろうな。悪い気はしてないみたいだけど」
そう言って、何故か新島はオレの方を見た。
「オレに関係があるか?」
「関係してると思えば、そうなんじゃない?」
うう……真も新島も、好き勝手言いやがって。
「座ろうよ」
大声でオレ達を手招きする御浜。思わず真もオレも苦笑いしてしまう。
「うるせえよ。恥ずかしいから大声出すんじゃねえ」
「さっさとこないから」
呼ばれたのに、オレは彼の元に駆けよることを躊躇った。
真が動いたのに、オレは動けなかった。
それは多分、彼のせいじゃない。
もちろん、彼の隣にいる彼女のせいでもない。
自分でも判らないけれど、どうしてこんなに、気にしてるんだろう。
「沢田って、ホントに判ってないのか?」
「……何が?」
新島がオレの背中を軽く叩き、一緒に来るように促した。
「ティアスのこと、『状況判ってんだか』なんて言えるんかねえ?」
「だから、何だ。言いたいことあるならはっきり言えよ。つーか、言いてえんだろ?」
だって新島は、言いたくないことは口にもしない。
「オレは、お前らが気にするから、お前ら二人で出かけたり連絡とってることとか口にしないけど」
そう言いながら、彼は御浜を見た。
でも……お前らって……。
「そんくらいには、お前のことティアスも見てる」
聞きたいような、聞きたくないような。
「オレは、彼女の味方だよ」
彼のその潔さが、まっすぐさが、真正直さが、今のオレには辛かった。