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W.E.M【世界の終わる音が聞こえる】 第2話(the heads) 03/11
原付をのメットインの中に学ランだけ押し込んで、コートを着たあと、一瞬我に返った。
オレ、どうするつもりなんだ?
大体、『迷っちゃった』だけで、オレに助けを求めたわけじゃないし、もしかしたら御浜や新島にもメールしてるかもしれないし。
なんか、勢いだけで出て来ちゃったし、何で自分がこんなコトしてんのかよく判んないけど……。
昨日の新島とティアスの様子を見るからに、こう言うときに御浜に連絡するとは考えにくいんだよな……。仲はよいけど、頼ってないって言うか。ちょっとまだ、一線引いてるとこがあるって言うか。
それにしたって、オレの所にこんなメールを……。
とりあえず、新島に電話してみよう。連絡もらってるかもしれないし。
…………。
電源切ってやがんのか、あの男!相手はどんな女だ!言って見ろ!
しかたない。なんかものすっごく気が進まないけど、御浜にメールだ。
『あの後、ティアスからなんか連絡あった?』
たかが一文打つのに、こんなに気を遣ったことはないっつーくらい、気合いを入れたぞ。なんて当たり障りのない、完璧なメール。
『バス停で別れたきりだけど?どうかした?』
『何でもない。うまく引っかけたのかと思って』
よし、やっぱり完璧だ。妙な誤解も生まないし(多分)。さりげないぞ。
……って、何で御浜に連絡すんのにこんなに気を遣ってんだ、オレは。何もないんだから堂々としてりゃ良いんだけど、変な誤解を生んでもやだなあとは思うわけで……。
友達の彼女って、結構めんどくさいもんなわけね。
まあ、まだ彼女ってわけじゃないけど。
それにしても、予想通りというか……彼女は御浜には連絡してなかったか。多分、新島にはしただろうけど。(でも気を遣ってしなかったかも)
オレよりは、御浜の方が助けてくれる気がするけど、何でだ?
雨が強くなってきた。霙が顔に当たって痛い。コートの上から合羽を着込んで(意外と暖かくて良いんだ、これが)木陰に避難する。
「ティアス?お前、何してんだよ?どこにいるんだ?」
『ご……ごめん……。なんか、迷っちゃって、どこにいるか判んないの』
いきなり怒鳴ったからか、ちょっと声が小さくなっていた。子供かお前は。
「周りに何がある?畑だけ?道は?大通りある?」
『えっと、民家と……、遠くの木の陰に、大きな運送会社の看板が見える。トラックがたくさん走ってるけど、そんなに大きな道じゃない。工事してるみたい』
「バス停はどこで降りたんだよ?」
バス停と、彼女の見た景色で大体の場所は判った。確かに何も目印のないところだから、初めて歩いたら迷うかもしれないけど……そもそも何でバスを間違えるかな?天然ぼけか?
ホントに、誰かいないと生きてけないのに、無茶ばっかしやがって。
「どっか雨宿りできる所ある?雨が強くなってきたから」
『あるけど……。どうしたらいいの?私。道を教えて?場所判ったんでしょ?』
「うん、でも、お前、絶対また迷うから」
『あ、酷い……』
ちょっとむっとした声になった。なぜだか、彼女の表情が手に取るように判る。
昨夜話していて判ったけど、本当によく表情が変わる女だった。
「迎えに行ってやるから、待ってろ。近付いたら連絡する」
『え!?』
彼女が驚くのを無視して、オレは電話を切った。
雨と霙の中、原付を走らせた。
あの女は仕方がねえなあ、なんて思いながら。
ティアスは思ったより早く見つかった。彼女は随分歩いたらしく、かなり町中から離れた(といっても、芸大方面行きのバス自体が町中から離れたところも通るけど)所に来ていたので、他に何もなく、人がいそうな所が限られていたからだ。
彼女の目の前にオレが立ったときには、雨はやんでいた。
でも、空気はますます冷たくなっていた。
「世話かけさせんな!」
「沢田くん!ホントに来てくれたの?……あの、あり……」
「大体だな、お前一人じゃ何も出来ねえんだし、土地勘ないんだから、何で言われたとおりにしないんだよ。どうせ乗り換えのときにバスを間違えて、大学方面にいくヤツに乗ったつもりが、全然関係ないルートのヤツに乗ったんだろ?それか、うっかり乗り過ごして芸大通りで降りるつもりが、前熊あたりで降りたとかだろ。で、芸大に向かってたつもりが、逆方向に歩ってたってとこだな、この位置からすると。漫画かお前は!」
「不愉快だけど的確に人のミスを付いてくるわね……。せっかくお礼言おうとしてんのに、そんなに文句言わなくたっていいじゃない!」
顔を真っ赤にして怒るティアス。そんなに怒んなくても良いじゃん。
「一応、怒ることは怒っておかないと。良いから後ろに乗れ、雨がやんでるうちに移動するぞ」
「え?」
「迎えにきてやったんだから、当たり前だろうが。大学までならすぐだから」
彼女がオレの後ろに座ったとき、愛里のことが頭をよぎった。多分、オレがこの女と一緒にいたら、彼女は怒る。嫉妬なんかしてはくれないけど、オレは彼女の所有物の一つだ。
できれば、鉢合わせはしたくない。
「あの……ホントにありがと、沢田くん。ごめんね、来てくれたのに文句言っちゃって。授業中でしょ?今……」
「いいよ。どうせ、勉強する気なんかなかったし。明日は終業式だってのに、授業なんかする方がおかしいだろ」
「そうかしら?」
なんでだ?この女が『ありがとう』なんて言うたびに、ちょっと動揺してるぞ、自分。
彼女の手が、オレの腰に回る。そっと力を込めたのが伝わってくる。
彼女の手からまとわりついてくる何かを振り払うように、エンジンを掛け、走り出した。
「さっきまで、学校で何の授業してたの?」
「英語。まあ、元々苦手だし、良いって」
風の音と、カブのエンジン音に負けないように、声を張り上げて会話をする。
雨のやんだ田舎道は、他に人もいなくてのどかなもんだった。
なんか、こういうシーン、映画で見たことあるな……。
港町だったか、のどかな風景の中を、初々しい高校生カップルが、こうやって原付2ケツで走ってんだよな。最終的には悲恋なわけだけど、幸せな風景として。
まあ、それはないか。カップルでもないし、おしゃれスクーターでもないし。別に幸せな風景でも何でもない。
「良くないよ。私、英語なら得意だから。一応喋れるし」
「あー、そういや、向こうに住んでたっけ?でも、ベルギーって、英語?」
「ううん。場所によって違うけど……オランダ語かフランス語かな。私がいたところはオランダ語だったけど。でも、その前は英語圏の国にいたから、日本の高校英語くらいなら教えられるよ?」
そ、それはなんか……魅力的な話?
いやいや、試験勉強で良いんだから、別にそんなに真面目にやる必要はないって。ちょっと出そうなところだけ、やっときゃ良いんだし……。
「忙しそうにしてるけど、お前にそんな時間あるわけ?オレが勉強するのって、練習したあとだよ?」
「じゃあ、その時間で良いじゃない。今日のお礼に教える。何かさせてよ」
「良いよ、それであんたの気が済むんならね」
って、何オッケーしちゃってるかな、オレは。
それに、何でこの女も、オレに教えることをそんなに喜んでるわけ?
……まあ、いいか。別にやって損があるもんでもないし。
「ついたぞ」
話してるうちに、いつの間にか大学の中を走っていた。音楽学部棟の前で彼女を降ろす。
「ありがと。帰りは大丈夫だから……。また、連絡するね」
棟の中に入っていく彼女を見送る。思わず頷いちゃったけど……これで良いのか?
「まあ、いっか……」
オレ自身を納得させるために、そう呟いてみた。
空から雪がちらついてきた。天気予報通りだ。
ここに来るまで、雨に降られないで良かった。ホントにそう思った。
とりあえず、誰か知り合いに見つかる前に帰るかな……。なんか、妙に人がいないのが気になるけど。
「沢田くん……」
「何やってんだよ?ついさっき入ってったばっかじゃねえか。賢木先生は?」
「もー、あの人信じられない!昨日電話したときは、明日学校にこいって言ったくせに、教員室にも研究室にもいない上に、休みだって言われたの!しかも、大学も今日から冬休みだって!」
……うーん……。相変わらず適当だな、あのおっさんは。
それにしても、今日から休みだったのか。それで、愛里のヤツ、他の場所に行ったのかな?
「ティアス、とりあえず、戻る?ここにいても仕方ないし。学生がいないのに、部外者がいるのもな」
「戻るって、どこに?学校?」
「いや……今さら戻ってもな。早退って言って来ちゃったし。せっかくだし、どっか出かける?こっちの方、あんまり知らないんだろ?」
「うん。灯路んちの実家って子供のころに来て以来だから。でも大丈夫?まだ学校の時間なのに。私は一緒に行きたいけど」
「……いいって。どうせうちの学校だって、週末には休みに入るんだから。一日二日早くたって大丈夫だって」
「そう言う問題?いいけどね」
ん?これって、オレがティアスを誘ったってコトにならない?でも、ティアスも行きたいって言ったし。