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W.E.M【世界の終わる音が聞こえる】 第2話(the heads) 01/11
朝7:00。何故か「月光」で起こされた。
何でオレ、リビングのソファにもたれて寝てたんだ?
ピアノを弾いていたのはティアス。オレを起こしに来たのは柚乃だった。
「テッちゃん、今日は走んないの?大体、いつ寝たのよ、こんな所で。真冬なのよ?風邪ひくわよ?」
布団になるものが何もなかったからか、オレはティアスの着ていたコートにくるまっていた。
昨夜、結局ティアスとオレはずっと話をしていた。
一応客間も用意したし、風呂にも入った。だけど、リビングに戻って、ピアノの前で話をしていたら、いつの間にかここで寝てた。
清々しいほど、やましいことは何もない。
そして、オレはうっかり寝てしまったというのに、俺と一緒に話していたはずのティアスは、朝からピアノを弾く程度には元気だった。
「いや、もう、走ってる時間とかないし。……眠いし。今日休もうかな」
「私は止めないけど、パパは今日、帰ってくるわよ?」
「……顏、洗ってくる」
「朝食の準備、手伝うよ」
ティアスは柚乃のあとについてキッチンに向かう。何でそんなにタフなんだ。
なんか、すっげーくだらないこと話してた気がする。いつ寝たのかも覚えてないし。
『良いよ、今くらいの声なら。それより、続き、歌って。聞きたい』
あの時から、オレは確実におかしくなってる。
何であんなこと言ったんだか。
顔を洗って、制服に着替えてから、リビングに戻る。
そう言えば、最近朝は練習曲ばかり弾いてた気がする。
彼女が昨夜歌った、モーツァルトの子守歌の楽譜を探す。たしか昔、弾いたことがある。
彼女の歌を思い出しながら、指を動かす。
「朝から子守歌で寝かしつけてどうすんのよ?ご飯出来たよ?」
リビングまで呼びに来てくれた柚乃の後ろで、ティアスが微笑んでいた。
彼女の微笑みが、少しだけ照れくさい。
「なんか、すごく優しい。沢田くんのピアノ」
「つまんなかった?」
「ううん。すごく良かったよ。私はああいう、感情的なのが好きだな。すごく丁寧だし」
優しい?感情的?丁寧?
ホントは、今のオレは、指が動いただけでも驚いていたのに。
「ティアス、今日はどうするの?家に戻るの?」
「ううん。芸大に行って、賢木先生の所に顏出して、受験の話をしようと思って」
「受験?」
箸と茶碗を持ったまま、オレの顔を見る柚乃。
そういや、そんな話、オレもすっかり忘れてたし。
「試験を受けるとかって新島から聞いたけど。学校とか行ってんの?」
「ううん。でも、高卒認定は持ってるから。来年の入試を普通に受けるよ。推薦枠があるって、賢木先生は言ってくれたけど、あの大学、ただでさえ人数少ないし」
「そだな。声楽なんか、たぶん5人くらいしか入れないはずだしな」
昨日、芸大に行って、ちょっと考えが変わったって感じだな。
「受験しないかもしれないし。なんか、大学に入らなくても良いかなって思って」
「なんで?てか、お前、何しに日本に来たの?兄ちゃんがベルギーで探してんだろ?」
「あ、それはね……」
呼び鈴が鳴る。多分、御浜だ。
たまにこうして呼びに来るけど、今日は絶対来ると思ってた。
「オレ、出るわ」
もう食べ終わっていたので、片づけを任せて玄関に向かう。
やましいことは何もないけど、心苦しかったので、というのもある……。
「ティアスとちゃんと仲良くしてた?」
「お前はお母さんか!別に、フツーだよ、フツー。柚乃とキッチンで飯食ってるよ」
フツーフツーと言いながら、必死にフツーに取り繕う自分は、もういっぱいいっぱいだ。
「今朝、ピアノ弾いてたね」
「……月光は、ティアスだよ?」
「でも、子守歌はテツだろ?珍しいね、朝、練習曲じゃないのを弾くのって」
「たまたま楽譜があったからだよ」
ティアスの顔を見に来たであろう彼を、彼女の元へ案内する。
「今日、鉄城さんは?」
「出張だって。……柚乃はいたぞ」
「別に何も言ってないのに……」
……なんか、墓穴を掘った気がするな。
余計なこと言わんどこ。でも、誤解されても嫌だしな。
「急な出張だったんだね。いつもは前日かその前には判るのに」
「そういえば、そうだな。まあ、親父が何してるか、俺もよく判ってないし」
そう言えば、御浜が家に来る時って、大抵親父がいないときだな。まあ、フツーは家に親とかいたら気い使っちゃうから、嫌かもしれないけど。ティアスも、親父がいない方が気を遣わなくて良いって言ってたし。なんか親とかにいちいち説明すんの、めんどくさいし。
御浜って、そう言うタイプじゃないけどね。
「ティアス、今日は何か用事がある?」
キッチンにつくなり、朝食をとるティアスに声を掛ける。ほとんど変わらない、柚乃の微妙な表情の変化に、オレは背筋が凍る思いだ。うちの妹は本気で、怖い。
「あ、ごめん。御浜のメール、今朝見たばっかなんだ。今日は大学に行くつもりだから……」
「あ、いいよ。そんなの気にしないで。また、連絡する。昨日みたいなことあったらまた呼んでよ」
「うん。ありがと」
御浜のためには、こいつらを二人にしてやった方がいいのか?
「テツ、今日はバス?バスなら、そこまで一緒に……」
「……いや、今日は愛里の試験が近くてレッスンないから、原付で行く。バスだと時間かかるし」
朝の通学時間ですら、巡回バスしかないんだぞ?一時間に二本だぞ?私立みたいにスクールバスくらい出せっての。
「そっか。じゃあ、ティアスにはバスの路線はオレが教えるよ。新島くんと連絡付かないんだろ?」
「ありがと。今まで移動は灯路に頼りっぱなしだったから、どうやって移動して良いかわかんなかったんだ。助かるよ」
こいつら二人を見てる方が、よっぽど恥ずかしいっつーの。
なんというか、不愉快だな。
人の幸せって、妬ましいっつーか……。
「じゃ、バスの時間あるから、オレ行くね。ティアスも、バス停まで案内するよ」
そう言って、二人は慌ただしく出ていった。
「テッちゃん……気を遣ったんでしょ?あの二人にって言うか、御浜さんに」
「何を?」
「一緒にバス停まで行けばいいじゃない。芸大なら、テッちゃんの学校の方向じゃない。何も、二人で一緒に行かなくても」
「いや、でも、ティアスだって、こっちに来たのが先週だって言ってたから、御浜が案内してやんのは別に良いんでない?」
「それが余計な気遣いだって言うのよ」
「なるようにしかなんないって」
「うわー、テッちゃんのくせに、なんかヨユーの発言。知ったかぶった発言。嫌な感じ。そんな、なるようにしかなんないような経験ないくせに」
何その、妹のくせに、人をバカにしたような発言は。
しかし、御浜がいなくなった途端、嫉妬に狂いまくってるな。
「お前、ティアスのこと嫌いなの?」
「全然?嫌いじゃないわよ?借りてきた猫みたいで」
嫌味たっぷりじゃねえか、お前は。
「ねえ、何で、ティアス?」
「何が?」
柚乃の質問の意図がよく判らなかった。