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W.E.M【世界の終わる音が聞こえる】 第1話(the heads) 08/11
正直、練習には身が入らなかった。
今日は大学ではなく、愛里の家でのレッスンになったのもあるかもしれない。
大学で、他の人が出入りしてる環境の方が、ずっと良い。
でも、ちゃんと指が動いた。
それだけでも、何だか助かったような気がした。
愛里が……オレが指を動かせないって知ったら、どんな顔をするだろう……いや、してくれるだろう。
想像できない。
まっすぐ、家に帰る気にもならなかった。
愛里の家は、大学に近いけれど、オレの家からはちょっと距離がある。だから、いつも帰りは送ってくれる(8時過ぎるとバスがないし)
でも、今日はまだバスのある時間だったから、オレは彼女の気遣いを断って、一人で帰った。
そのまま、終点である地下鉄の駅前で降りた。
もうすぐ万博が始まるとかで、工事をしてるし、店が減っていた駅前だが、残っていた本屋に入って立ち読みした。
でも、すぐ閉店時間になり、ふらふら歩いて、コンビニに入る。
……いま気付いたけど、なんか、この無駄にふらふらしてる感じって……!
うう、考えたくない。
何、町中さまよってんだ。マジか自分?
せめて、さまようなら、着替えてくればよかった……てか、その前に、さまよってる場合じゃねえだろ。
コートを着てるから、学生服は隠せるとして……このいかにも学校指定のバッグはヤバイだろ、この時間。
大体、オレが家に帰らない理由がわかんねえ!なんでこんな所でふらふらしてんだ。ピアノが弾けないからか?!
……って、答えでてるし。
もういいや。家に帰ろう。ピアノの前にいなきゃ良いわけだし。それに携帯もなってた気がするし……
着信履歴が15件て!まだ11時なんですけど。別に行方不明になったわけでもないし。何だよ、誰だこれ?
もしかして愛里?
期待する自分の妄想力が悲しくなるな。御浜8件、真4件、新島2件、オヤジが1件……。御浜、電話しすぎだろ。それに真や新島からって珍しい。
そう思ってたら、コンビニの前で御浜から着信。少し躊躇したけど、取らないのもな。
『テツ。レッスン終わった?もう家に帰ってる?』
あれ?家にいないから電話してきたかと思ったけど、この様子だと御浜も家にいないな。
「いや、駅前のローソンにいるけど。お前こそどこにいるんだよ」
『真と新島くんと一緒に、駅前のクラブにいる。テツも呼ぼうと思って何度も電話したんだけど』
何、そのメンバーでクラブって。てか、それでこんな何度も……。
なんか、予想が出来たぞ。
「もしかして、ティアスが出るから?」
『そう。よく判ったね。テツもおいでよ。なんか、知り合いのコネで歌わせてもらえるって言って、喜んでた。ブルースだって言ってたけど』
「一人で歌うの?」
『なんか、その知り合いの人のバンドがいて、特別プログラムって扱いで一曲だけ歌うって』
なんだそりゃ。
そんなむちゃくちゃな話、あるかよ。
その知り合いのコネってヤツは、相当強力だな。また、愛里が聞いたら関係ない話なのに怒りそうだ。
『場所が判らないなら、そこまで行くよ。もうすぐ始まるから……』
「あー、良いよ。オレ、もう帰るから」
『いや、一緒に聞こう』
いきなり、後ろから腕を捕まれる。
「御浜……!」
「何、制服のまま?ちょっとまずいかなあ?」
心臓止まるかと思った。
道理で、周りが静かなわけだ。地下鉄も止まり、飲み屋も少ない駅前の深夜は、ほとんど人がいない。
「せっかくここにいるんだから、ちょっと覗くだけでもよくない?この近くだし」
「いや、オレ、こんな格好だし」
「一曲だけだよ」
オレの腕も掴んだまま、強引に引っ張っていく。
「やだって!何でそんな無理矢理……オレは別にあんな女の歌なんか……」
ここまで拒絶してんのに、無視かよ。
なに考えてんだ?
「テツ、そんなに嫌がる理由が判んないや。別にティアスのこと嫌いなわけでもないし、怒ってるわけでもないのに。そこまで拒否しなくても良いと思うけど。それに、ホントは聞きたいんじゃないかな?」
御浜の力なんか、すぐに覆せる。彼の腕を逃れるのなんか簡単だけど、そうしようとは思わなかった。
御浜には、理由がある。……多分。
「昨日、あの女の態度、悪かったんだぞ?お前は知らないだろうけど」
「新島くんに聞いた。佐藤さんが怒ってたって。テツにフォローしといてくれって頼まれた」
何もしてない顔してその気遣いは何だ、新島。
「愛里は……怒ってる。今日も、新島の姿を見かけたから、またあの女がうろついてるんじゃないかってカリカリしてた。オレのこと、なんか言われたのが、相当いやだったみたいだし」
でも、それって、自分のことを言われたからだよな。
「そんなの、テツには関係ないし」
確かに、そうなんだけどさ。
愛里のことは、オレには関係ない。
って、何げに酷いこと言ってるって、御浜。それは……へこむよ、オレは。
いつの間にか、裏通りにあるクラブの目の前についていた。御浜はオレの腕を引っ張ったまま、階段を下りていく。
「……大体、あの女は何がしたいんだよ?昨日はロックで、今日はブルース?」
「聞けばいいじゃん。聞いてから文句言えば?彼女みたいに」
チケットは?もしや顏パス?
扉を開けると、ホールはざわついていたが、奥の方に用意された舞台に、ティアスが立っているのが見えた。
「後ろでキーボード弾いてるの、女優の佐伯佳奈子じゃねえ?」
「だれ?佐伯佳奈子って?」
「しらねえの?とし行ってるけど、2時間ドラマとかでてる……。ほら、こないだ深夜の音楽番組でちょっと喋ってた」
なんか、バンドに有名人がいるらしく、ホールからしきりに佐伯佳奈子って名前が聞こえてきた。
「テツ知ってる?佐伯佳奈子って。周りがなんか騒いでるけど」
「うーん、どんな顔か知らんけど、オレが知ってる佐伯佳奈子って女優は、クラシック雑誌にコラムを書いてる」
「その人かなあ……?オレ、あんまりテレビ見ないから判んないんだよね」
本人かどうか知らないが、奥でキーボードを弾いてる年輩の女性は、周りがかすむほど華やかな女だった。
中心に立つ、ティアスを除いては。
昨日とはうって変わって、落ち着いた感じのタイトなブラックドレスだった。
キーボードのソロから、曲が始まった。
「あ、御浜!いたいた。ホントにテッちゃん連れてきたんだ。すげーね」
「あれ?新島くんは?」
「一番前」
「そうなんだ。さすがに、あの人数を割って、今さら前には行けないな……」
彼女の歌は、力強く、心地よかった。
原曲は確かにブルースだった。けれど、アレンジがされていた。
彼女の歌の持つ世界は、まっすぐな一本の光のようで。
アレンジされた曲の持つ疾走感に、彼女の声も昇っていくようで。
ヤバイ……、ちょっと、好きな声かも。
「ティアス、綺麗だと思わない?」
「まあ、舞台映えする子だよね」
「そうじゃなくて、歌ってるところが」
「何、御浜ってそこがよかったわけ?」
「……だから、いまそう言う話をしてるんじゃなくて!」
聞いたら、またオレはこうして彼女に引き込まれてしまうんじゃないかと思って怖かったんだ。
だって、それは愛里を裏切ることにならないか?
彼女が育てたオレのピアノを否定したティアスを、オレが認めるだなんて。
彼女の歌が終わっても、ホールはざわついたままだった。
バンドが舞台からはけてる最中も、音楽が流れ、踊り始める。
「テッちゃん?終わったよ?何ぼーっとしてんの。てか、制服じゃん?!」
「え?あ、真、いたのか」
「ずっといたっての。ティアちゃんに挨拶して帰るけど?」
ティアちゃんて……ああ、ティアスのことか。何なんだよ、その軽い呼び方。
「来るだろ?テツ」
「いや、先に帰るよ」
「なんで?すっごい真剣に聞いてたくせに」
オレはやっぱり、御浜にはかなわないかもしれない。
改めて、そう思う。