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W.E.M【世界の終わる音が聞こえる】 第1話(the heads) 01/11
沢田鉄人。
この無駄に強そうなのがオレの名前。
この名前をつけてくれた母親は妹を生んですぐ死んでしまったので文句も言えない。
「テツ!ホントにここにいた」
「…御浜。お前、学校は逆方向だろ?」
スタバには珍しく、店外に喫煙席がある。ここが毎日のオレの通う席だった。
御浜はオレん家の隣に住む、いわゆる幼なじみってヤツだ。高校から学校が変わったので、学校帰りにこうして会うことは、めったになくなった。
…はずなんだが。
「オレ、真に呼ばれて来たんだけど、知らない?」
「そんなこと、学校じゃ言ってなかったぞ」
真はオレのクラスメートだけど、なぜか御浜のことを気に入ってるらしく、よくつるんでる。
「御浜!いたいた。…って、テッちゃんもいたの?」
「お前がわざわざここに御浜を呼び出したんだろうが。オレは大概ここにいる」
「はいはい。あの美人のピアノの先生待ってんでしょう?愛里ちゃんだっけ?」
っとに、こいつは見た目に違わず、思っきし軽いな。なんで真面目が歩いてるような御浜と仲がいいんかな。
「ちゃんづけするような年齢かよ、あの女が」
「あら、言ってくれるじゃない、テツ?」
「げ、愛里…」
「カフェミスト、ディカフェのトール。テツの奢りでね」
緩く内側にカールした長い髪を揺らしながら、こんなセリフを吐いてるとは思えないような、爽やかな笑顔でオレを顎で使う。
目線だけでオレを席から立たせ、愛里は代わりにそこに座った。
いやいやレジの列に並ぼうと動いたオレを、真が止めた。
「オレも何か買ってこよ♪御浜、何がイイ?」
「キャラメルスチーマー、ショートね」
「了解っ。相変わらずお子様だねぇ」
御浜に対して小さく敬礼っぽいポーズをとって、オレの背中を押した。
「見かけだけなら、お前が御浜をパシらせてそうなんだけどな」
「うわ、言ってくれるね、テッちゃん。オレ、こう見えても尽くすタイプよ?」
「…うそくせ」
ディカフェは他のドリンクより時間がかかるので、後から注文した真が先に両手にドリンクを持ってオレの横に立った。
「今日、相原とか新島は?一人なの珍しくない?」
「あー、知らね。別にいつも約束してるわけじゃねえし。お前だって、いつも勝手に人の横に座ってんじゃん」
「ナマイキに男子高生が毎日のようにこんなとこ通ってっから、付き合ってやってんだよ」
「知るかよ。コーヒーは好きだけど、スタバは愛里の指定なんだよ。別にそのまま大学なり家なりくりゃ良いのにわざわざ…」
「付き合ってあげてんだ」
「そうだよ」
「ふーん。テッちゃんてさ愛里ちゃんのこと相当好きだよね」
「………
…ばっかばっか!んなわけあるか、ばっか!」
「…今どきそんな真っ赤になって否定する方がハズカシイヨ…。もしや今までフリー?せっかく親にイケメンさんに生んでもらったのに」
あー、もううるさいこいつ!愛里のことなんか御浜にしか言われたことないのに。
「テッちゃん。ディカフェ出来たって」
鬼の首をとったみたいにへらへら笑いやがって、ちくしょ。
「わーってるよ!」
「子供だな。言わなきゃ何も変わらないのに。一生シロート童貞だな☆」
「うるさい。良いから愛里にんなこと言うんじゃねえ」
真は大抵のヤツがたじろぐオレのガンツケにビクともせずにヘラヘラしたまま、
「よもやテッちゃん、自信がない?大丈夫じゃね?テッちゃん見映え良いし、年上受けするから、意外とイケそうじゃね?仲良いし」
「うるさい。ダメなもんはダメなんだよ」
「言い訳つけてビクついてるだけじゃん?」
「あいつ、親父の女なの」
さすがの真も黙ってしまった。
「…まったまた~、愛里ちゃんそんなタイプゃないでしょ?大体、テッちゃんのお父さん、いくつよ?」
「35。金あるし、こんなでけーガキが二人もいるようには見えないし。奥さん死んでるし。24の院生なんてヨユーでしょ?オレ、親父にそっくりだし」
「…自信過剰だよ。冗談だろ?」
「御浜に聞けば?ほら、冷めるから早く行こうぜ」
冬空の下、緑色の木枠の窓の向こうで、ピアノを弾くあの白い手で煙草を持て遊ぶ彼女を、誰にもバレないようにそっと見つめた。
オレにとって、母親のようで、姉のようで、何よりはじめて好きになった女。
ずっと彼女は家に通い、オレにピアノを教えてくれた。
彼女が家に通う理由が他にあると、オレが知ったのはいつだったか。
それでもオレは、愛しい者を撫でるようにピアノを弾き、いつか、いつもとは違うことが起きることを期待しながら、彼女をあの席で待ち続ける。
楽しいことなんて何もない。
世の中希望なんて何もない。
そう思いながら、何とかなると期待しているオレがいる。
期待してるから、オレを絶望させた彼女にしがみつける。
今のオレの世界にはあのピアノしかなかった。