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Voice【最果てから呼ぶ声】(Voice[that is called farthest])

第8章
02
 
 多分、自分自身わかっていたのだろう。

 相変わらず俺を悪夢が襲い、それでも珍しくいつもより一時間以上早く目が覚めてしまった。空はまだ薄暗かった。

「カホ」

 期待してなかったわけじゃない。だから俺は、いるわけがないと知りながら客間の戸を開ける時、そう声をかけた。

 やっぱりね。

 心の中で何度もそう呟いて、自身をなだめる。…効果はゼロに等しいけれど。

 客間には、彼女のものは何一つ残ってなかった。いつもはあの、やたらでかいぬいぐるみだけが部屋の片隅に置いてあったのだが、それすらもない。邪魔になるだろうに、持って帰ったのかな。

「コタちゃん?どうしたの?」

 ちょうど、千紗が起きる時間だったらしい。少し眠そうな顔で部屋から出て来た所だった。

「別に」
「カホ、いないでしょ?」
「知ってたのか?」
「コタちゃん、知らなかったの?」
「言われなかった」
「昨日、帰るって言ってたから」
「そっか……」

 結局、最後まで俺には何も言わないんじゃないか。内緒にされるのも、気を使われるのも嫌だって言っただろ……。

「何も言わなかったのね、カホ。ちゃんと言ってあげないとわかんないよって言ったんだけどね」
「なにを?」
「カホは、いい加減なものならいらないんだって。ほら、あの人ちょっとなんか熱いとこあるでしょ?このまま中途半端にコタちゃんといるといいかげんになっちゃいそうだから嫌なんだって。コタちゃんと一緒にいたいけど、連れていくわけにも行かないし、ここに残るわけにも行かないから。ホントは連れて行きたいって言ってたけど、パパの二の舞いになるのが嫌だったんじゃないかな」

『ふざけてなんかない』

「なんだよ、そう言うことは……」

 先に言えって……。
 俺だって、中途半端になんかしたくない。

「コタちゃん」

 部屋に戻ろうとした俺を呼び止める。

「もっかい寝る。気分悪い」
「ダメよ。せっかく早起きしたんだから。二度寝なんかしたら、また学校休んじゃう。私、シャワー浴びてるから、その間にご飯炊いといて」

 そう言って俺の背中を軽く叩くと、先に一階に降りて行ってしまった。

 なんだよ、もう。泣く時間くらいくれよ。今ごろそんなこと言いやがって、千紗のやつ。昨日言えってんだ。

 仕方なく俺は階段を降りて台所に向かう。が、台所にはもう電気がついている。千紗は風呂に行ったはずだけど……?

「何だ、随分早いんだな」

 こ……腰が抜けるかと思った……。
 台所にエプロンつけて……親父が立ってやがる。
  おかしい。俺、夢でも見てるんだろうか……。

「なにしてんだ、親父?」
「何って、朝食を作ってるんだが。何かおかしいか?」
「いや、おかしいって。親父がこんな時間に家にいることが既におかしいし、台所に立つか、普通?」
「俺は、あれだな、男やもめってヤツだから、料理くらい自分で作る」
「間違ってないけど〜」

 おかしいって。俺、まだ寝てるな、こりゃ。

「なんで家にいるんだよ。珍しい」
「ここは俺の家だ。俺がいて何がおかしい。養われてる身でなに言ってる」

 いや、正論なんだが。ずっとここにいなかったのは親父だろ?

「忙しいんじゃなかったのかよ」
「暇になったんだよ」
「あっそ」

 思わず、笑みがこぼれる。
 なんだよ、親父。そう言うことかよ。

「何を笑ってる。俺は今日、朝イチで講議なんだ。少しは手伝え」
「はいはい」

 朝っぱらから、味噌汁に焼き魚……。似合わんな−親父に。

「こう言うの、一人で作ってたの?」

 千紗に台所に立つなと言われる俺でも、味噌汁を注ぐことくらいできる。

「時間のある時はな。朝は食べないと身体がもたんだろう」
「変なの」
「何も間違ったことは言ってないだろう」
「おっさんくさいな」
「悪かったな。でも、まだ35だ」
「おっさんだろ」

 変な感じだ。
 俺たち、ずっと一緒にいなかったはずなのに、あんなことがあった後なのに。
 なんで普通に喋っていられるんだろう。

「てっきり、一緒に来るかと思っていたが」
「何が?」
「カホと」

 そうか、昨夜帰ったんなら、親父はついさっきまで会ってたってコトになる。

「……関係ない」
「知らなかったのか」
「予想はしてた……けど」
「要するに置いていかれたんだろう。それだけの関係だ」
「置いていかれたわけじゃ……」

 結果的にそうなっただけで……。

「あれ、パパがいる。もしかしてこれ、パパが作ったの?」

 千紗はいつの間にか制服に着替えていた。

「毎日は作らんぞ。時間のある時だけだ。それより、仏前にご飯をあげといで」

 器を千紗に手渡す。なんで俺には攻撃的な口調なのに、娘にはそんな優しいかな。

「以前はほとんどしていなかったのに、最近はよく線香をあげにいってるみたいだな。コタか?千紗か?」
「……カホだよ。毎日この時間になると手を合わせにいってたんだ」
「そうか」
「驚かないんだな」
「別に。あの女らしいといえば、らしい……」

 仏壇なんか気にもしてないかと思っていたのだが、思ったより親父がよく見ていたことに驚いた。
 ただ、それ以上に親父の方がカホのことを知っているんだな、と思うと少しだけ不愉快になった。

「なあ、親父……」

 時間がないのか、親父は先に食べ始めていた。
 食べ終わると急いで出かける準備をはじめていたので、俺はそれ以上続けることが出来なくなってしまった。まだ、聞きたいことがたくさんあったのに。

「パパ?もう出かけるの?」

 千紗が戻ってくるころには、出かける準備が終わっていた。

「今日は何時頃、帰ってくるの?夕飯は?」
「9時には戻ってくる。夕飯はここで食べるから」
「はい。いってらっしゃい」

 千紗に見送られて親父が出かけていった。
 いや……何というか……。

「千紗、お前ってさ、すげえよな」
「何が?」
「何がって……。親父にさ」

 何時頃帰ってくるの?なんて……。帰ってくるかどうか判らんだろうが、あの親父は。

「そう?パパが、家にいるつもりなら、何も言わないだけよ。当たり前のように接するのが家族でしょ?まあ、ご飯が作ってあるのには驚いたけどね。あとは、家に女をいれないように、きつく言っとかないとね」
「強いな、お前」
「コタちゃんが弱すぎるのよ。パパくらい、図々しくてもイイと思うけどね。カホたちの話を聞いたら、とんでもないことしてるじゃない、あの人。それなのに、普通に家に戻って来てるんだから」
「それは……」

 俺が、親父に訴えたから……。そうだと、思いたい。

「でも、コタちゃんが言わなかったら、コタちゃんがいなかったら、きっと、カホは帰れなかったって。パパも、手を引いてくれなかったって……そう言ってたよ。だから」
「……そうか」

 俺も千紗も、まだ完全に納得したわけじゃない。普通にあの人を受け入れられるし、家族として一緒にいられるのも嬉しいけど。それでも、まだ時間はかかるだろう。

 それでも、きっといつか、この生活が当たり前になる。時間がかかっても、いつかきっと

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