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Voice【最果てから呼ぶ声】(Voice[that is called farthest])

第8章
03
 
 しばらくの間、俺は敢えてカホのことを口にしないようにしてた。

 正直、彼女がいないことがこんなに辛いとは思ってなかった。口にすると、その辛さは増すばかりだ。

 毎日のようにきちんと家に帰ってくるようになった親父も、千紗も、それぞれの思惑は違うだろうが、彼女のことを口にしない。千紗は多分、俺を気づかってくれているんだろうけど……親父は謎だ、相変わらず。まあ、家に帰ってくるようになっただけマシなんだけど。

 次郎はどうやら入試の関係で大学が忙しいらしく、しばらく連絡がとれなかった。

 澄未さんもまた、俺を気づかってか、彼女のことを口にしなくなった。いつも一緒にいる麻斗が、無神経に彼女の名を口にすると、睨み付けていたくらいだから。

 知流……は、どうだろう。
 俺自身のためと言うのもあるけれど、彼のためにも、俺は彼女のことを口に出来ないでいた。
 彼とならこの思いを共有することができたのかもしれないけれど……、しかし、そんなことができるわけがない。それが俺の自惚れに過ぎないことは、よくわかっている。

 カホは、俺のことを好きだと言って、そのことを知流にも告げているのに。もう、あの女はここにはいないのに。何を俺はこんなに知流に遠慮してるんだろう。

 そう思ってはいたけれど、それでも、彼が彼女のことを簡単に口に出来ない内は、俺が彼女のことを笑って話せない内は、知流にその話をするのはやめようと思っていた。

 だから、俺と知流がカホについて、彼女がいなくなってから初めて口にしたのは、三月の終わり、終業式の日だった。
 知流が突然、彼女の名前を口にした。

「カホは、コタには挨拶して帰ったの?」
「え?」

 随分暖かくなったとは言え、まだ屋上は風もあったし、肌寒かった。風の音がうるさくて、彼の声を聞き取るのがやっとだ。

「だから、カホが帰った日。コタには何か言ってったのかって。俺は、何も聞いてなかったんだ」
「なんで?だって、あの日『もう帰ったかと思った』って言ってたくせに」
「うん。拓海さんに話を聞いて、あの人はカホを向こうに帰すつもりだって言ってたから。でも、まだいたから……」
「あいつは、俺には何も言わなかった。朝、気がついたらもういなかったんだ。親父には何も聞いてない。……聞くつもりもないし」

 知流は、ただ黙って俺を見ていた。

「千紗には言ってったみたいだ。あいつが帰った後で、話を聞いた。……俺は……カホとの別れ際に、ひどいことを言った」
「ひどいこと?」
「カホは自分に執着するなって。そう言ったんだ。でも、そんなのおかしいだろ?だから、ふざけんな、って」
「そう。でも、彼女なりの気遣いなんだ。そうやって、自分から引くことしか知らない。コタだって同じことをするくせに、判らないんだ」
「そんなこと、今さら……」

 ちゃんと聞くって、言ったばかりだったんだ。もう嫌だったんだ。自分だけが何も知らない。それが、たとえ彼女の気遣いだったとしても。俺が彼女に同じことをしていたとしても。

「ホント、今さら」
「うるせえな……わかってるよ」
「俺にはそんなこと、しなかったんだ。最初からずっと、コタのことばかりだったんだ。俺、知ってたんだ」

 知流は、微笑んだままだった。泣いてるかと、思ったのに……。

「知ってて、彼女の心の隙間につけ込んだのは、俺だよ」

 彼は、嘘をつかない。
 それを俺はよく知ってる。言わなくてもいいことは言わないけど、だからこそ、彼の言葉は真実だ。

「なんで……なんで今さらそんなこと」

 ゆっくりと、知流が俺に近付いてくる。
 一歩近付くたびに、心臓が傷むのが判る。

「カホがコタのことばっかりだって、知ってたけど。俺はあの子が好きだよ」
「判ってるよ」
「でも、コタのことも好きだよ」
「気持ちわりいな」

 冗談じゃないのも、そう言う意味じゃないのも判ってるけどさ。

「だから、俺、カホの所に行こうと思ってる。拓海さんには貸しもあることだし、一回くらいなら連れてってくれそうじゃない?」
「貸し?」
「コタのことだよ」
「……うーん……。お前、何したんだ」

 知流は黙っていた。言えないってコトかな?

「だからね。コタ」
「何が『だからね』なんだよ」
「俺と一緒に行こうよ」

 彼の言葉と行動が、俺を動かす。

 あまりにもまっすぐで、重たくて。時々苦しいけれど。

「……俺と一緒に?あの女、俺が好きなんだよ?」
「知ってるよ」

 俺の冗談に、冗談ぽく笑って返してくれた。

 彼は、こんなにも簡単に俺を救っていた。
 ただ俺が、それに気付かなかっただけ。

 俺は、以前と変わらず、夢を見る。

 最後に親父が出てくることはなかった。
 以前みたいに女に極端にひどいことを言わなくなった。
 知流にも澄未さんにも、少し優しくなったと言われた。それでも。
 俺は、以前と変わらず、夢を見る。

 冷や汗をかき、胸を掻きむしり、声にならない叫び声をあげて目が覚める。

 何も変わっちゃいない。夢に出てくる誰の顔も判らないまま、俺はただ恐怖し続ける。

 彼女がいなくなったからだ。

 そう思ってた時もあったけれど、彼女がいた時だって、夢を見なくなったわけじゃない。

 何も変わっちゃいない。
 でも俺は、気付いていなかっただけだった。

 今どんなに苦しくて、どんなにもがいていて、どんなに変化していないと思っていても。
 多分、変われてる。
 今みたいに、いつかきっと、気付くときが来る。

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