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Voice【最果てから呼ぶ声】(Voice[that is called farthest])

第7章
05
 
「思い出したんだ」

 彼女を家に残し、知流を学校の屋上に呼び出した。まだ冬休み中だから、誰もいないのを判っていて。

 屋上に吹く風は、地上に吹くそれよりもずっと強くて。冷たくて。

 壁際に座り込んで、俺はゆっくりと、自分の中の何かを、自分にはっきりと理解させるように、目の前に座る彼に告白する。 

「俺は、人から何かを奪うことで、大切な人から、何かを奪うことで、快楽をえた。奪うことは、罪だよ。それが人間なら、なおさら」

 知流は、風にさらされながら、黙って俺の話に耳を傾ける。

「あの時、俺は確かに、平気な顔して俺に跨がる女が不愉快で仕方なかった。吐き気すら覚えた。でも、俺は少なくとも、あの女を欲しがっていたんだ。目の前にある快楽に負けたんだ。怖くて、気持ち悪くて、それに、この人は親父の女なのにって言う心苦しさがあって、それでも、俺はあの女を欲しかった。しかも、そのことがよけいに快楽も、罪悪感も、恐怖も、不快感も増していったんだ。おかしくなりそうだったよ」
「そう」
「それだけですめば、良かったんだ。俺は、この小さな罪悪感を人知れず抱えて生きていけばいい。普通に女作って、いつか結婚して子供作って、まともに人を好きになれるはずだった。女だって色々いる。こうやって跨がってくる女ばかりじゃない。そう思えたはずだったし、現に、俺はわかってるんだ」
「でも、わかってても赦せないって言ったのは、コタだよ?」
「うん。そうなんだ。理屈でわかってても、赦せなかった。そんなの、信じられなかった。理屈じゃないんだよ、そういうのは」
「…そうだね、仕方のないことだ」

 知流は、大きなため息を一つついた。
 俺は、そんな彼に思わず苦笑いする。

「思い出したんだ。親父の所へいって、親父の台詞を聞いた時に。あの時、俺が本当に怖かったのは、あの女じゃない。確かに、…少し怖かったけど、そんなの比べ物にならない」
「なに?」
「親父だよ。俺は、あの時親父への罪悪感に苛まれていたんだ。そこに、彼女が俺を気づかってゆっくりと手をのばす。『どうしたの?』なんて言ってな。それすらも、ことが終わった後の俺には不愉快だったから、俺はその手を払い除けようとして、気付いたんだ。開きっぱなしの扉の向こうに、親父が帰って来てることに」
「そこに、いたの?」
「一瞬だったよ。俺は、そのことを、ずっと忘れていた。いや、忘れようとしていたんだ、あまりのことに」

 ゆっくり、深呼吸をする。

「要するに、俺は責任転嫁をしたわけだ。俺のせいじゃない、ましてや親父のせいでもない。この女が全て悪い。また、間の悪いことに、俺に寄ってくる女にろくなのがいなかったしな」

 そういって、俺が笑い飛ばすと

「それは、コタの態度にもよるよ。コタが、そんなふうにしか女の人を見てなかったから、そういう人ばかりが近寄って来るんだ。違う?」
「…そうかもな。ただ、俺が人のものを奪うことで快楽を得てるのは、今でも変わってない。現に、俺はお前の女をとったわけだから」

 知流は、黙っていた。俯いて、何も言わない。

「大罪故の快楽だ。俺は、最初からお前がカホのこと気にいってたの、わかってたんだ。わかってて、俺はあの女を欲しがってた。お前に遠慮するって自分に言い聞かせながら、俺はあの女に手を伸ばした。お前らが二人で俺を待っててくれたクリスマスの夜に、俺はカホに何したと思う?」
「コタ」
「お前らが、好き合ってんのを知ったから、だから、知流…」
「コタ、黙って」

 静かに、でも、非常に強い彼の言葉が、響く。

「そんな話なら、俺は聞かない」
「ホントのことだよ」
「コタ。コタがカホから貰ったのは、そんなものだけ?そんな、一瞬のもののために、コタはカホに執着してるの?違うだろ?」

 彼は、俺を真直ぐ見つめる。いつものように。

「昔のことと、今のこと、一緒にしたらダメだよ。今のコタは、昔とは違うんだから。お父さんの言葉で思い出したって言っただろ?今まで、ずっと忘れてて、突然?違うよ。コタが変わってなきゃ、そんなの思い出せない。誰のおかげだよ」

 俺は、少し考えて。

「……お前だ」
「それと、カホだよ。あんまりコタが辛そうな顔ばっかしてるから、彼女はずっと気にしてた。自分みたいでほっとけないって」
「……」
「俺を怒らせたかったの?あんなこと言って。どこまでホントで、どこまで嘘かなんて、わかんないと思ってた?」

 知流は微笑む。

「悔しいから、何も話してやらないつもりだったんだけどな」
「意地わりい。お前、いつも笑ってるくせに、時々めちゃくちゃこええぞ」
「それは、コタが後ろめたいからでしょ?俺のせいじゃないよ」
「……そうだな」

 そう、結局は俺のせいなんだよ。俺が苦しんでるのは。自業自得。

「なあ、俺、お前のこと信用してていい?」
「いいよ。カホのこと以外ならね」

 知流は悪びれずにそう言った。

「怒ってるだろ、お前!」
「怒ってはいないよ」
「じゃあなんだよ…こええな」

 知流は、俺を見て笑うばかり。

「怒らずに聞けよ。俺はな、夢を見るんだ」
「夢?」
「そう。いつものやつだよ。俺は、昨日わかったはずなのに、それでも夢を見るんだ。最後に親父がでて終わり。目がさめると相変わらず、心臓がおかしくなるくらい早く動いてて、汗でべとべと。隣ではカホが心配そうに俺を見る」
「なにそれ、惚気?てか、もう一緒に寝てんの?ホントに?コタ…」
「だから、怒るなって。つまりだ…。あいつが横にいて、そうしてくれるのに、俺はこんなことをくり返す理由もわかったのに、どうして恐怖が拭いきれないんだ?俺は…」

 咽がからからになる。

「俺は、大罪故の快楽に浸っているだけで、本当に彼女が好きなのか?」

 彼女を抱き締めていると、穏やかになる。でも、俺の夢は終わらない。

「くだんね」

 あまりに知流らしくないその台詞を、知流は自分で言って、自分で笑ってた。
 俺の口調を真似したつもりだったんだろうか…?

「そう、くだらない。なに言ってんのって感じだよ。そんなにすぐに治るわけないのに。そうやってさっきも言ったろ?突然理解して、突然納得して、原因わかったから治りました、なんて。今まであんなに苦しんで来たのに、そんなに簡単に治るわけないだろ?」
「そ……そうかな?」
「うん。そう、むかつくな、なんか。カホのこと、ちゃんと好きだよ、コタは。だからそうやって少しずつ、変化がでてきたんじゃないの?」
「ああ」

 思わず、笑みがこぼれる。

 やっぱり、ちゃんと知流は、知流だった。
 自分の言葉より、彼の言葉を、彼の純粋な心を信じたい。

「俺、お前のこと信用するからな?イイか?」
「どうぞ、カホのこと以外ならね」

 そう言って笑う彼を、信じたい。

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