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Voice【最果てから呼ぶ声】(Voice[that is called farthest])

第7章
01
 
「親父ィ!! 」

 走る俺に追いつけない次郎を置き去りにして、理学部の飯沼研究室の扉を押し開く。中には予想通り、親父と知流、そして麻斗と……カホ。

 奇妙だと思ったのは、まさに一触即発、今にも食ってかかろうとするカホと、それを前に出て制する麻斗の存在がまるでないかのように、静かに向かい合わせで椅子に座る親父と知流。

「……なんだよ、この状況。何で? 知流……」

 カホと麻斗の状況は判る。親父が「クロガネ」なら仕方のないことだ。でも、知流は。

「……止めに来たんだ。カホから連絡があって、もうコタの家にはいられないって聞いて、拓海さんがクロガネじゃないかって思ったから」

 俺の視線を、親父も知流も受け止めてはくれなかった。

「コタ、出て行きなさい。お前には関係のない話だ」
「……何で?! 」
「出てって……。お願い」

 彼女は俺の目を見ようとしなかった。

「コタ、大丈夫だから。俺、もう少しだけ話がしたいんだ。……麻斗、頼むよ」

 知流の言葉を受け、麻斗が動く。騒ぐ俺を軽々と持ち上げ、無表情のまま扉を出た。

「麻斗! 何しやがる!! そこを退け! 俺の親父だ! 俺の……」

 そこで一瞬、言葉に詰まった。彼女は俺から逃げたのだ。俺は彼女の言葉を何も聞いてない。
 あの時、カホも親父も、俺がいるからしらばっくれたのだ。彼女は俺を巻き込みたくないと言っていた。その言葉通りに。だからって……

「何で、知流なんだよ! 知流なら巻き込むのかよ。カホも、親父も……! 」
「子供じゃないんだから、なに我が儘言ってんだよ。コタちゃんが関係ないのは当たり前だろ? いま中にいるのは、『クロガネ』と、カホって言うどこかの国のお姫様だ。知流は彼女を拾った。そして、クロガネの真実に自分で近付いた」
「なんだよそれ、自分でって……? だって、さっきカホの電話でって……」
「確かにそれが決定打だったろうけどね。それまでにもいくつかそれらしい証拠は出てきてたんだ。知流がカホちゃんを拾った日の大学の出入記録、飯沼拓海の研究書、おおよそ理学部とは関係ない学部とのつながり、そこからのものの流れ。彼が地学部の研究生を取り込んで『彼女の世界』の鉱石を研究していた証拠もある。地球上にはありえない物質だと言うことも」
「ちょ、ちょっと待て。どこでそんな証拠を……」
「大学に忍び込んだり、イントラに無断侵入したりしてみた」
「軽く言ってるけど、犯罪のにおいが……。大体そんなこと、誰が出来るんだよ」
「俺。やってやれないことはない、ってね。まあ、慣れっこだったし」
「そこ、つっこむ所なんだろうけど、聞かないどいてやるから、とりあえず、そこ退け! 」

 力ずくで麻斗をドアの前からどかそうと両側からしがみつくようにして掴むが、体格差のせいかびくともしない。

「コタちゃんが行ってどうなるのさ。カホちゃんの説得が出来るわけじゃない、クロガネを説得できるわけじゃない。あの人達に何が出来る? 知流に任せときなよ、こういうことは」
「知流なら、出来るってのか? 親父の……クロガネの説得が。カホの説得が」
「少なくとも、コタちゃんや俺がするよりは、うまいこと言うでしょう? あの人がどんな人か、よく知ってるでしょうが。だからこそ、知流はあそこに座ってたんだろ? 俺達が来たときには、もうああして話をしていたんだ」

 それは確かに麻斗の言うとおりだろう。知流だから、あそこに座っていたのだ。いきなりやってきて、カホの関係者だと言ったところで、あの親父がそう簡単に話をさせるだろうか。さっきの知流の様子だと、ちゃんと話をしていたようだったから。
 でも、……そんなこと言われたって

「納得いかないって顔だねえ。カホちゃんのことは判るよ。単純に知流に嫉妬してんだ、お前は。知流の言うことを聞いて、コタちゃんの言うことは聞かない彼女の態度が不愉快なんだよ。……カホちゃんに何か言ったろ? 」
「いやっ! なにもっ……」
「イケると思って告ったりしたろ? 彼女はあからさまおかしかったし。何かあるとすぐ顔に出る。可愛いよなあ。……コタちゃんは可愛くないけど」
「イ……イケるとは思ってないけど……。今そんなことは関係ないだろうが。いいからどけっつうの。そんだけ判ってるなら……俺があの女の側にいてやりたいって思うことくらい……」
「判るよ」

 清々しい笑顔だった。しかし、一瞬にしてその顔は侮蔑の表情に化けた。

「でも、何とかなるわけ? お前があの子を好きだからって。相手が父親だからって。たかが血が繋がってるだけだろ? お前らに何してくれたよ? なのに、何とかなるとか思ってるわけ? 」
「何だよ……。わかんねえのかよ、相手が父親だからこそ……」
「判るわけないじゃん」

 彼が嘲っているのは、もしかしたら自分を捨てた親なのかもしれない。いつも笑い飛ばしながら自分の家庭の事情を話すけど……彼の心は深い深い谷底のようなものかもしれない。

「コタ! 置いてかないでくださいよ。受付に名前書いてかなかったでしょう。滅茶苦茶文句言われたんですからねー」
「なんだ、次郎さんと来てたの? コタちゃん」
「ああ、先に澄未さんに話を聞きに行ったから……」
「ふうん。コタちゃんてかなり無神経」
「なにが! 」
 
 ドガッ!

「なんだ? 今の音? おい! いいから退けよ!」

 麻斗をどかしてドアにすがりつく。中で何があったんだ? 何かが崩れる音……。

「知流! 」

 麻斗もまた、やはり心配になったのかドアノブを必死にまわすが、中から鍵をかけられてしまっていたらしく、びくともしない。

『ぅわぁつっと! 』

 突然扉が開けられ、俺と麻斗が勢いあまって部屋になだれ込む。その後を悠々と次郎が入ってきた。

「カホ! 」

 思わず、床に倒れ込んでいたカホに駆け寄り、抱きかかえた。
 扉を開けたのは知流だったようだ。立ち上がり、彼女を睨み付ける親父から目を離そうとしない。
 抱きかかえたカホの背中越しに、親父がゆっくりとこちらに近付いてくるのが見える。

「コタ、その女を離しなさい。先に動いたのはその女だ」

 知流も、そして麻斗も次郎も動かない。俺は……。

「コタ…退いて…。クロガネが…」

 手を伸ばしてくる親父を睨み付けながら、俺から離れようと力を入れる。
 どうして俺は震えてる? どうして……こんな時に動けないんだよ!
 どうしてこんな時に、昔のことを思い出すんだよ! 
 自嘲気味に笑いながら、裸のまま俺に馬乗りになって、悦ぶ女の姿を。
 開いたままの扉の向こうで、外の世界の代わりに立つ誰かを。

 そうだ、この女も親父のものなんだ。
  親父が追う女。親父を追う女。

 俺はその間に入ってしまった、またしても。

「離れて下さい」

 親父から目をそらすことなく、知流は俺達と親父の間に立った。

「手を出すな、と言ったはずだ」
「どうして? 俺は、カホとコタのために動いてるだけです。だから、離れて」

 カホが力無く俺を突き放し、立ち上がる。

「聞き分けの無い…。太陽の力は残しておきたかったが、仕方がない…」

 飛びかかるカホを、親父はあっさりとかわす。カホが、簡単にあしらわれていた。彼女だって十分動けるのに、滅茶苦茶だ。

「拓海さん! ダメだ! そんなこと! 」

 親父はカホの首を掴むと、床に押し倒した。彼女の顔が苦痛に歪むのと同時に、思わず目をそらしてしまった。

「ダメだって、そんな事…。カホを殺したら…。そこまでする必要がないだろ? 彼女があなたの邪魔をしなければいいんだろ? 何もそんな」

 親父は知流の方を見ながら、表情一つ変えずに話し始める。

「そうだな。殺す必要がない。それに、俺はこの聡い女が嫌いではない。敵にまわればこれほど邪魔な女はいないけれど、仮にも俺の姪だ」

 親父は口ではそう言っていたけれど、カホの首にかけた手にゆっくりと力を入れているのが判る。

「必要じゃなかったんですか? カホは」
「必要だとも。だからこそ生かしておいた。しかし、少し修正が必要になったわけだ」
「彼女にとっては国の存亡の危機だけど、あなたにとっては大したことじゃないはずだ。こちらできちんと生活してるんだから。なのに、なんでそんな事で、コタ達やカホを……」

 知流が俯く。俺のことなんか……知流が気にすることじゃないのに。彼の言葉のせいか、親父が一瞬、俺に視線を移した。

「なんでそんなに向こうでのことにこだわるんですか? 現実が、目の前にあるのに。だから、お願いだからひいてください」
「だめだ。退屈だと言っただろう? 君は執着する人がいると言った。しかし、俺にはいない。それだけだ。何も他に執着するほどの事がないんだよ」
「……執着してた人が、死んじゃったから? ……っクロガネ」

 苦しそうにそう言ったカホを、親父は睨み付ける。

『口ではクロガネを敵だと、始末しようと言うけれど本当はそうじゃないんじゃないかな。すごく無理してるって言うか』

 彼が彼女を表現したあの言葉は、的確だった。カホは親父を憎みきれない。非情に徹することが出来ない。
 そして、それはカホが彼に勝てないことを表していた。

「お前には関係ない事だ」

 震える体を推して、必死にカホに駆け寄った。親父と彼女の間に入って、彼女をかばう。
 微かに彼女が笑ってくれたのが救いだった。彼女の右手にそっと触れると、握り返してくれた。

「震えてるの? 」

 どうしてかは判らなかった。親父の方を見ることも出来なかった。

「コタ……、離れなさい。お前が間に入ることじゃない。関係ないんだ」

 親父の言葉を聞いていると、身体がおかしくなってしまいそうだった。親父と知流が、そしてカホが、どんな話をしていたかなんて知らないけど。それでも、あの人の言葉は充分すぎるほど痛かった。

 そしてその痛さは、俺に鮮明に記憶を呼び起こさせる。

 外の世界が広がる代わりに、親父が立っていた。

 知ってたんだ。

 声をあげる事無く、俺は俯いて涙を流していた。幼い子供のようでみっともない、と何度も心の中で繰り返しながら。

「拓海さん、手を…」

 知流が親父に近付こうと、一歩前に出る。その動きと同時に、親父は強引に俺を彼女から引き離す。握った手だけはそのままに。

「近寄るな。カホの命は今、俺の手の中にある事を忘れるな。カホもだ」

 カホが必死にもがいているが、どうやらうまく動けないらしい。力が入っているのが伝わってくる。

「コタを誑かして俺と取り引きするつもりだったのか? お前にしては充分考えてるじゃないか。体まで張って」
「違う! そんなこと……私は」

 彼女は、俺に何も言ってない。

「コタは、関係ない。何にも、……何にもないんだから」

 彼女は握っていた手を離し、親父に殴りかかるが、あっさりかわされる。

「勝てるわけがないだろう? おとなしくしてればいいんだ。生かしておいてやると言ってるんだ。何なら、こっちで飼ってやってもいい。全てが終わってからなら、戻してやるよ」
「それじゃ、何の意味もない! あんたこそ関係ないじゃない! こっちに家族もいるくせに、人の国を戦争に巻き込もうだなんて、どういうつもりよ、何がしたいの? 」

 親父はただ笑って、彼女を押さえつけた。

 捨てられたような気分だった。

「お前には何にもなくても……」

 ふと漏らしてしまった言葉に、彼女も親父も、そして知流も俺を見つめた。

「俺には、あるのに」

『コタって、女の人が苦手なわけじゃないんだよ。確かに、そんなに好きではないだろうけど……、自分が思ってるほど酷くない。君が怖いのは……』

 知流は全部知ってたんだ。判ってて、少しだけ距離を取ってくれてた。俺がこの人に嫌われることを怖がっていたことを。逃げて逃げて、記憶にまで蓋をしてしまっていたことを。

 俯いたまま、這うようにして彼女の傍に近寄り、抱きしめる。誰にも知られずにやっていたように。

「コタ、離れろ」

 俺はその親父の言葉を無視して、カホのほおに触れる。

「コタ、泣いてるの? 」
「泣いてない……。お前、なんでこんな事を。俺のこと利用するんなら、ここまで連れて来いよ。しらばっくれてんじゃねえよ。利用しろよ、ちゃんと」

 微かに、笑みを浮かべるカホ。

「あなたを間に挟みたくなかった。何もなかったことにしておきたかった。それはきっと、知流も一緒だわ」

 近付けず、少し離れた場所から俺達を見つめる彼に微笑んで見せた。彼の後ろには、いつの間にか麻斗が立っていた。

「バカな事を。カホは帰りたいために、お前にそう言っているんだ」
「たとえ、そうだったとしても、俺にはわかんねえんだ。俺は何も聞かされてない。ここに来ることだって知らなかった」
「コタ、それは……」

 知流が、沈んだ声で呟いたのが後ろから聞こえた。

「本当は利用されてたとしても、騙されてたとしても、……この女が例え誰のものだろうと、好きなんだよ! 」
「一瞬のことだ」
「一瞬だとしても! 」

 親父の一言に、俺は叫んだ。
 そして、顔をあげ、初めて親父の顔を真正面から見た。

「否定しないでくれよ。頼むから」

 俺も、逃げないから。

「カホは、コタが好きだよ、最初から。だから彼から逃げるように、あなたの所に来たんじゃないですか」

 知流の言葉に、彼女は俺から目をそらした。

「知流が言うことじゃないだろ? 」

 少しだけ目を伏せたけど、それでも彼を気遣う麻斗に、笑顔を見せていた。

「俺がひく必要はない」

 その時、ずっと後ろで眺めていた次郎が前へ出ようとしていたのだが、俺はそれを右手で制する。

「家に帰ってこなくなるほど、楽しいのかよ。あんたにはそんなもんしか大事なものがねえのかよ! 俺や千紗はどうでも良いのかよ!? ずっと放っとかれてたけど、俺はあんたのことちゃんと父親だって思ってた。だから、あんたのモンに手えだして嫌われたくなかった……。なのに、あんたは! 」

 「血が繋がってるだけ」なんて、思いたくなかった。

「コタ! 」

 麻斗の制止を振り切り、知流が駆け寄ってくる。カホが俺に手を伸ばす。
 カホの泣いた顔を、俺はその時初めて見た。涙でぐしゃぐしゃになった顔も、潤んだ目も。

「……クロガネ?」

 親父の手が、ゆっくりとカホから離れた。 

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