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Voice【最果てから呼ぶ声】(Voice[that
is called farthest])
第6章
03
「めんどくせえ」
涌いて出てくる人の波にうんざりしながら、隣で同じように疲れ切った顔で立つ千紗にぼやく。
「何がよ。人混み? それとも知流さん達を捜すのが? 」
ちょっと頑張って神宮まで出てみたのは良かったが、予想以上に初詣客でごった返していたのは誤算だった。おかげで神宮に入る前に知流達とはぐれてしまった。隣には千紗一人。
正月は毎年こうだけど、携帯も繋がらない。それに加えてこの人込み。正直、動くだけ無駄のような気がしてきた。
ずっと千紗には怒られていたんだ。「何ぼーっとしてんのよ」って。
だって、仕方ないだろう。あんな知流見たら。澄未さんにあんな態度とられたら。カホだって……思わせぶりっちゃ思わせぶりだし。
「めんどくせえ」
他に何て言ったらいいんだよ。何もかもがめんどくさい。
「コタちゃんて、超暗い」
「わーってるよ」
「どうしようもないわね。ダッサイ。ばっかじゃないの? 」
「だよな」
俺の気のない返事に飽きたのか、再び携帯を手に取り、繋がらない電波にため息をつく。
「もう、何時になったら繋がるのよ! ……ねえ、知流さん、捜してくれてるよね? 」
「……うん。だと、思う」
彼女と一緒なのに?
「なによそれ。何よ、その言い方……。ムカツク。ああ、もう……」
まるで、呼吸すらも止まったかのように固まってしまった千紗は、人混みの中の一点を凝視していた。
「なんだよ。何つー顔、してんだよ」
何気なく、彼女の見ていた方を向いてしまったのが間違いだった。
「……めんどくせえ」
「まったくだわ」
お互いを見ることなく、頷くことなく納得しあった。
視線の先には父と知らない女。知らないはずなのに、今までの女と似たような感じがするのは彼の趣味なのだろうか。あの、俺に跨る醜い女。
「コタ! 良かった。携帯も繋がらないから、捜したんだよ」
最初に声をかけてきたのは知流だった。やっぱり、捜してくれてたんだ。それが少しだけくすぐったかった。彼の後ろから他の連中が着いてきていた。
「どうかした? 」
カホの不安げな声も、俺を少しだけ浮上させる。
「いや、なんでもない。いこっか」
俺も千紗も、それ以上は何も言わず、気味の悪いそっくりの笑顔で心を閉ざす。口にはもう、何も出さないけれど、何度も何度も繰り返す。
「なにもかも、めんどくせえ」
家に着いたときにはもう九時になっていた。さすがに眠かったので、カホを普段使ってない客間に案内し、千紗が部屋に戻ったのを確認してから、リビングのピアノの前にあるソファで横たわる。
眠いんだけど、強烈な吐き気と、腹の奥底から俺を突き動かす何かが、妙に俺を高ぶらせ、目を閉じていられない。
部屋には戻りたくなかった。眠れないことを知っていたから、わざわざここに毛布まで持ち込んでるのに、無理だった。
「気持ちわり……」
ついさっき目撃した二人と、昔うちに出入りしていた女。俺達の前の親父と、女の前の親父。あの女どもは確かに親父のモノだった。
「コタ、ここにいるの? 大丈夫、寒くないの?」
カーテンから透ける光を頼りに俺の姿を確認して、カホはピアノのイスに腰掛ける。
「何だよ。人の多い所に行って疲れたろ? 休んでろよ。腹でも減ったのか? 」
「違うわよ。……その、コタ、顔色悪かったし、部屋にいないみたいだったから」
何だよ。気付いてたのかよ。気付いてたくせに、みんなの前では言わなかったんだ……。だけど、心配してくれてた?
「うん、調子悪いかも。風邪ひいたかな? 」
わざと、毛布に身を隠して弱そうな声を出す。
「何よ。体調悪いのにはしゃいだりするから」
薄暗いけれど、毛布の隙間から彼女の表情がはっきりと見えた。唇に力を入れて、必死に表情を崩さないようにしてる。でも、目が少しだけ潤んでる。泣かないけど、泣きそうになるんだ、こう言うとき。
「熱とか無い? 」
ソファの前に跪き、毛布を退けて、俺の額に乾いた掌を重ねる。
「……うーん……熱はないみたいだけど……」
額から離れた彼女の右手を力ずくで引っ張り、毛布でくるむように抱きしめた。無抵抗の彼女を下に、ソファに押し倒して嘗めるようにキスをする。
知流の顔が思い浮かばなかったと言ったら、嘘になる。支えてくれる手が欲しく無かったと言ったら、それはただの見栄だろう。
支えてくれた彼の手から、何か奪っちゃいけない。醜い「女」の手ならいらない。
それでもどうしても、彼女に手が届くと感じたとき、自分を押さえることが出来なかった。彼女はきっと違うと、勝手にそう思ってた。
「ねえ、コタ。聞いていい? こういうことする、理由……」
彼女は判っているのか、判っていないのか、期待してるのか、恐怖してるのか。一つしかない、判りきった答えを聞きたがった。
「好きなんだよ、他に無い」
そう告げた声が震えてるのに自分でも驚いた。判ってないのも、期待や恐怖をしてるのも俺だよ。
「ホントに? 信じていい? だって、女の人、嫌いでしょう? 」
「うん。でも……カホは違うって思ったから。嫌いっつーか……信用できないだけで……だから」
そう彼女には言ってみたものの、「それ」は確実に俺を蝕んでる。だから、今まで「彼」の見るものだけをなるべく見ようとしてた。彼が見つめていた女だったから、カホのことをきちんと見るようになって、それで……
「あの……さ、こんなこと言った後でなんだけど、知流とは……? あいつ、イブの日に……」
そう言うと、彼女は少しだけ困ったような顔をして、しばらく沈黙していた。しばらくして意を決したように口を開いた。
「知ってたんだね、コタ。でも、卑怯かもしれないけど、答えられなかった。今も……。だって私……」
俺の首筋に手を伸ばし、抱き寄せ、優しく力を込める。
「誰かいるのか? コタか? 」
開け放たれた扉の向こう側から聞こえたのは親父の声だった。
なんでこんな日に、こんな時に限って帰ってくるんだよ。女と一緒にいたんじゃねえのかよ。
「どうしたこんな所に毛布なんか持ち込んで。部屋に戻ればいいだろう? 」
「……部屋、汚いから」
「その子は? 」
親父はどうやら、一応気を遣ってなのか、バツが悪いのか知らないけれど、入るのをためらっているようだった。
「……カノジョ……」
いや、まだ返事とか貰ったわけじゃないけど。こんな状況でそうじゃないって言うのも変だし……。親に見られるのって、なんでこんなに恥ずかしいんだ?
「ハジメマシテ。コタのお父さま? 」
「ええ、どうも」
こんな状況を見られたあとなのに、起きあがり、俺と少しだけ距離をとって普通に挨拶をするカホと、父親ヅラした親父が、俺のどうしようもない恥ずかしさを倍増させる。
「……親父、今日は家にいるのか? 」
「いや、これから仕事で大学に戻らなきゃならん。客が来ているかもしれんが、大抵研究室にいるから、冬休みの間くらい顔を出しなさい」
とりあえず返事をしたら納得したのか、たんに居心地が悪かったからか、そそくさと奥の方に入っていった。おそらく仏壇に向かったのだろう。帰ってきたときはきちんと手を合わせてから家を出る。妙なところで義理堅い。
「悪いな。なんか、こんな所見られちゃって。滅多に家になんか戻ってこないんだけど。でも、気にしてないみたいだし。それで、その、お前は? 」
彼女は何も答えず、黙って顔を伏せたまま俺に抱きつく。
これが答えなのか、「答えられない」ってことなのか、判らないけど。
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