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Voice【最果てから呼ぶ声】(Voice[that is called farthest])

第5章
02
 
 港にある遊園地に着くまで、渋滞にはまったりしながら、結局たっぷり一時間かかってしまった。
 その長い時間、俺と小泉さんはたくさんの話をした。もちろん、最初は小泉さんが一方的に話をするだけだった。元々、人と話すのがあまり得意な方ではないのだろう。懸命に場をつなぐために、ぎこちなく喋っているのが判ってきて、俺も少しずつ話をするようになっていた。
 突然、港に行こうと言いだしたのには、それなりに理由があったらしい。

 昼は歯科助手のバイトをしていて、麻斗と約束していたのはバイトが終わる九時。しかし、突然バイト先の医師が倒れ、急遽仕事がなくなってしまい時間が出来た。医師の彼女から、行けなくなってしまった今日のクリスマスイベント限定の遊園地の入場券までもらってしまい、せっかくだから麻斗と行こうと思って連絡したのだが、つながらない。とりあえず帰ろうと思ってこの辺りを走っていたら、俺がいるのが見えたので声をかけた、と言うわけだ。
 しかも、一度研究室で話をしただけの俺に声をかけた理由が

「君は、子犬が捨てられていたら拾って帰る? それとも飼えないからと見捨てる? 」

 と言うわけだそうだ。よりによって、子犬……。しかもその話をされて、カホと知流のことを思いだし、余計ブルーになってるし。
 彼女は俺の様子を二度見に来ていたらしい。その場を微動だにせず、生気のない顔をしているのを見兼ねて声をかけたんだと。一応、知り合いだし。

「飯沼くん、次はあれに乗ろう」
「えー! 小泉さん、あれ、超高いって。あり得ないって。おとなしく花火見ようよ」
「見ようとしたら、真
っ先に飽きたのは君だろう」

 夜の遊園地なんか初めて来たけど、クリスマスなのも手伝ってとんでもない数のカップルがいた。でも、花火で異常なほど人がやってくるため、園内は入場規制されているのと、みんな今の時間は花火を見ているため、アトラクションは結構がらがらだった。

 元々そんなに花火になんか、俺も小泉さんも興味がないので、空いてる乗り物に片っ端から乗ってった。その間もお互いに写真とったり、腹がおかしくなりそうなくらい笑ったりと、妙なテンションのまま時間は過ぎていった。自分でも不思議なくらい、彼女に対する抵抗のようなものは感じなくなっていた。バカみたいにはしゃげる。

 花火が今までにないくらい華やかに空を彩るころ、少し疲れたのか彼女は落ち着いて花火を見るために観覧車に乗ろうと言い出した。別に花火を見る気はなかったが、彼女の提案に賛成した。

 小泉さんはカホとは違う。でも、平気だ。ここに連れてこられるまでは、いつものように怒りとも悲しみとも憎しみともつかない、しかし決して良くはない衝動のようなものを抱いていたのだが、彼女はそれを消してくれた。

 カホのようにお互いに怯え合うことで得た、奇妙な連帯感ではなく、彼女の場合は、ぎこちないながらも、辛抱強く(天然ボケ気味なので何処まで本気か判らないが)受け入れてくれた感じがする。こんな人もいるんだな。

 まるで……、

「なんかさ、小泉さんって、千紗みたいだな」

 観覧車の中で向かい合わせに座り、さっきまでよりは多少落ち着いて話をする。

「千紗? ああ……この間も一緒にいた、君の妹か。姉弟のようだってこと? 」
「うーん……そうかもな。でも、特別な人なんだろうな。あんまり、抵抗がないっつーか……」

 彼女は少しの間だけ沈黙し、一度何かを言いかけて飲み込み、再び息を吐き出すように話す。

「女性が苦手なのに、ってこと? 」

 黙って首を縦に振った。

「特別なんかじゃないよ。誰だって同じさ。私が特別だというなら、私はもっと……」

 彼女はそう言うけれど、十分特別な人だろう。黙って立ってればモデルみたいだし、頭だ
って良い(T大は次郎やうちの親父が先生だったりするけどレベルはかなり高いはず)し、家は空手道場をやってて、そこの師範代(小泉さんは、麻斗がやればいいことなのに彼が面倒がるからと言うが)にもなってる。その上、優しいし。ただ、それが伝わるには時間がかかりそうな人だけど。

「いや、私のことなんかどうでも良い。麻斗にも聞いたことがあるんだ、君のこと。飯沼先生の息子は……」
「親父の話は良いから」
「……ごめん」

 あれ? そんなに強く言ったつもりはなかったんだけどな。なんか、退かれてるな。

「いや、たんに私が君のことをよく知らなくて、あの飯沼先生にこんな大きな息子さんがいるなんて知らなかったから、そうやって説明してくれただけで」

 必死に弁解するように捲し立てる彼女の様子に、思わず苦笑い。

「……親父、大学ではどうなの? 」
「え? 君のお父上は立派な方だよ? 講義もおもしろいし……人気があるよ。家でもそうじゃないのか? 忍田さんに話を聞いたりしないのか? 」
「帰ってこないよ、うちの親父。三ヶ月……半年に一回くらいかな? こないだ久しぶりに電話がかかってきたけど。カホを連れてったときに、顔合わせたからかな? 次郎は、あの人の家庭での顔を知ってるからさ、俺のことで……」
「君のこと? 」

 さっきまでひっきりなしに上がっていた花火の音が、徐々に少なくなってくる。もうすぐ花火も終わるのだろう。観覧車も地上に着いてしまったが、パスを見せてそのまま乗り続けた。

「女遊び。ひどいんだな、これが。ま、この顔だし? 仕方がないっつーか」
「……似てるけど、似てない」
「なんだよ。顔だけは自慢なんだぞ」
「人生、狂ってるじゃないか。少なくとも飯沼先生は、人生楽しんでるように見える。あの人は、君のような表情はしないだろう……」

 そう言って、彼女は俺から目をそらした。言いすぎたなって顔、してる。普段、無表情にも近い強ばった顔してるのに、こういうときは分かり易すぎるくらい申し訳なさそうな顔をする。彼女自身、自分の言ったことをイチイチ後悔してそうだった。

「大学でも、そうだろ? 」
「……いや」
「小泉さん。良いって、知ってるから」

 何も言わず、ただ黙って頷く。ホントは確信がなかった。次郎も言ってくれないし。でも、そんな気はしてた。……悪いとは思ったけど。

「マシになったんだよ、あれでも」

 自虐的な表情してるだろう。知流が俺のことを、よくそう言っていたから。

「俺達が小さい頃なんかさ、親父の愛人が家ん中うろうろしてた。しかも一人や二人じゃない。いつ頃からだったのか覚えてないけどさ、母が死んで、しばらくの間は母の妹が来てたんだけど、彼女が忙しくなって家に来なくなってからは、知らない女が俺達の世話をしてた。でも、その女達もその内、父に相手にされなくなって、しょっちゅう入れ替わるようになってた。でも、俺達はまだ幼かったから彼女たちと親父の関係なんて、よく判らなかったんだ」

 黙って、真剣な眼差しで俺を見つめる小泉さんになら、話しても良いような気分になってた。彼女はやっぱり特別だと。そう思ったから。

「いつか、俺も千紗も大きくなって、分別も付くようになってた。その女達が、一体どういう存在なのか、知るようになっていた。それでも俺達は黙ってた。何か言っても仕方のないことを知っていたから」

 ほとんど固まってしまっている小泉さんを少しでも笑わそうと思って、俺も何とか笑顔を作ってみたけど、笑えなかった。再び観覧車は地上に着いてしまったが、二人同時にパスを差し出し、乗り続けた。

 終わるかと思っていた花火は、まだ続いており、しばしば彼女の整った顔を照らす。

 あの子も可愛いし、目の前にいる彼女も綺麗だ。どうにかしてやりたい欲望がないわけじゃない。こういうのを下心というのだろうか? こんなにも女に復讐してやりたい、憎たらしいと思っているのに、そんな欲望が自分にあるのがおかしくて。矛盾した自分は、なんて気持ちが悪いんだろう。

 「彼」にも、そんな矛盾は話せない。あまりにみっともない、自分は。

「親父は、母が亡くなってしばらくしてから、家に帰ってくることが少なくなった。おそらく、外でも仕事しているとき以外は捕まらない人だったんだろう。だから、女達は自分のアピールも兼ねて家に転がり込んで子供の世話をする振りをしてた。でも、ただの寂しい女たちだ」
「飯沼くん……君が……」

 彼女が振り絞るように出した声を無視して、俺は続けた。

「いつだったか忘れたけど、まだランドセル背負ってたころだったのは覚えてる。夜中に部屋の扉が開いたんだ。千紗が寝ぼけて入ってきたのかと思ったけど、違った。その時、家にいた女が忍んできたんだよ」

 ふと顔を上げた彼女と目があった。俺はおそらく、笑っていただろう。

「あの人にそっくりね、と」

 頭を抱える仕草をして、目を伏せた。その動作があまりにゆっくりで、時が止まったような錯覚に陥る。しかし観覧車が回る音と、花火が鳴る音は響き続ける。

「女は俺に跨った。ただ、自身の欲望を満たすために。でも、俺は親父の愛人と寝たんだ。訳の分からないまま、なすがまま……。それでも身体だけは気持ちいいんだよ。終わった後は『こんなもんか』って思ったけど、あまり覚えてない。微かに記憶に残っているのは、少しだけ開いていた扉の向こうに、外の世界が広がっていたこと。俺は『助けて』と手を伸ばしてた。でも、その先には……」
「……なに? 」
「判らない」

 彼女がまるで自分のことのように思い悩む姿に、自身も、彼女もいたたまれなくなって

「もう五年も前のことだしさ、あんまり覚えてないんだよ。ただ、女が苦手っつーか、憎たらしくてさ。だから、最初小泉さんにもやな態度だったろ? 判ってんだよな……」

 しかし彼女は俺の言葉を最後まで聞くことなく、目を見ることもなく、喋り始めた。

「その、女嫌いを悩んでいたのか?ゲーセンで最初に君を見かけた時、すごく思いつめた顔をしてたから、驚いた。気になって戻って来たら、まだその顔のままでいたし……」

 気になって戻ってくるほど、酷い顔してたのかよ。

「違う」

 自分に言い聞かせるように、彼女に告白する。

「友達がいるんだ。仲は良いと思う。あんまりそう言うのに興味のない奴だったんだけど、初めて好きな女が出来た。それって嬉しく思わないといけないと思わない? 」

 知流を知る彼女に、あえて彼の名は出せなかった。

「いけないことはないが、応援してやりたくなるもんだな」
「でも、そいつの好きな女ってのはさ、むかつくし、うるさいし、大雑把で、乱暴で、格闘技が好きで、すぐに人で試そうとするめちゃくちゃな奴で……でも時々すごく可愛いし、俺が女に怯えてるのを知って気遣ってくれるくせに、彼女自身も怯えてて……。気付いたら、いつも彼女に手を差し出してた」

 彼女は真直ぐ俺を見つめたまま、静かに頷いた。

「態度も口も悪いとか、むかつくとかさ、言うんだよ。そのくせに、俺のこと気にして、他の奴を怒ってさ。しかも下手なんだ、もっとうまいこと言えばイイのに。真正面からぶつかることも出来なくて、でも、感情を抑えきれてなくて。そう言うとこ不器用で……」

 そこまで言って、やっと気付いた。それを彼女が言葉にする。

「君は、その友達と同じ女の子を好きなんだ」
「……うん」

 素直にそれを認めた。女なんてみんな一緒だと思っていたけれど、彼女は違った。

「彼女は、特別なんだ。俺の持つこの『良くないもの』を理解してくれる。俺なんかを、優しいって……」
「特別な人なんか、いないよ。特別だとしたら君にとってだけだ……きっと。それに君は女が憎いとか、嫌いだとか言うけれど、きちんと一人の女性を女性として見られるじゃないか」
「……そうかな。なんか、勘違いじゃ、ないかな? 」
「いや。だって君は、知流くんのことを気にしながらも、彼女を好きだって思ってる。彼のことだって好きなくせに。君は本当に、彼女を好きなんだよ」

 彼女の言葉に、少しだけ気が楽になる。でも、やっぱ相手が知流って、ばれてたわけね。

「じゃなきゃ、あんなに悩まないだろう? ……ホントに子犬みたいだな」
「ええと、俺、一応人間の男なんですけど……」
「でも、私に拾われた子犬なんだ」
「へえ……。麻斗は何も言わないの? あの、こうるさいストーカーが。『人間の男』なんか拾っちゃってぇ」

 あんまり真面目に彼女が言うから、思わず茶化したくなってしまって。

「ま、動物を拾う分には、麻斗も何も言わないからな。かわいそうな子犬だし」

 真面目な顔のまま、そう言った。

「うわ−、ありえねえ。子犬みたいな男についてくなよ。大丈夫かよ、あっぶねえな」

 何だか気恥ずかしくて、誤魔化すようにそう言ってた。

「大丈夫だ。そんな目にあう前に、麻斗が間に入ってしまうからな。おかげで彼氏なんか出来やしない」

 腕をくんでため息をつく。

「麻斗のこと、どう思ってるわけ? 」
「出来の悪い弟」

 間髪いれずそう答えた小泉さんに、思わず大爆笑。麻斗のやつがこれ聞いたら悔しがるだろうなと思うと……はっきり言って超嬉しい。

「でも……あいつが私のことを思ってくれてるのを知ってるんだ」

 花火に照らされた小泉さんの顔が、一瞬、別人のように見えた。

「知ってる? 」
「ただ、私は彼の思いにまだ答えられない」

 だから、彼の思いを知りながらも、それに目を閉じるのだと。

「麻斗は、何も言わないの? 」
「言わないよ。……君こそ、彼女に伝えないの? 」
「いま伝えたら、滅茶苦茶になっちまうよな。もう、知流が告った後だし。あの女が何て言ったかは知らないけど」
「悪かったな、余計なことまで聞いて……」
「いや、小泉さんに話したから、俺わかったんだ……。なんでこんな気分悪いのか、全然わかんなくってさ。感謝してる」
「そう、それなら良いけれど」

 彼女はぎこちなく微笑んで、照れたように、困ったように俯いた時、彼女の携帯がけたたましく鳴り響く。

「……もしもし? 」

 俺の様子を伺いながら、申し訳なさそうに携帯に出る。気にしてくれる人って少ないよなあ。

「あ、いいって……気にしないで」

 その声が聞こえてしまったらしく、俺にまで聞こえるくらいでかい声で携帯の向こうの男が雄叫びにも似た声を上げる。

『澄未! 男の声ぇ! どこにいるんだよ、バイトの時間なのに。随分静かだし、おかしい。何やってんだよ! 』

 さすがに困っているな。何と言うか、あまり動じない人だから、珍しい姿だ。まあ、いく らなんでもこんなに取り乱す麻斗に対して「男と二人で観覧車に乗ってます☆」なんて言えないよな。
 こみ上げる笑いを抑えながら、返事に困る小泉さんから携帯を奪い

「もしもし、俺だ」
『コタちゃん!? なんで澄未と……』
「いいだろ、今デート中。二人で観覧車に乗って、花火見てた」
『なんで?! よりにもよってコタちゃん?! 澄未に手、出したら……』
「デートなんだから、出すに決まってるだろ? 」

 電源を切ってやった。
 ケータイを手渡すと、彼女は電源がきれたまま鞄にしまった。

「いやがらせだな」
「普段いじめられてるから、ささやかな仕返し。でも、デートじゃない? 男と女が二人きりで夜中に観覧車乗ってたら。嘘は言ってない」
「そうか、初デートと言うやつだな」

 彼女がやっぱり真面目な顔をして言うので、精一杯の笑顔を作って隣に座った。

「……なんで、隣? 」
「デートだから」

 一つ飛ばして隣の箱を指差す。中ではカップルが見えてないと思っているのか、それとも見えても平気なのか、そのまま本番を始めそうな勢いでキスをしていた。

「……ああいうものか」
「みたいだな」

 表情はそのままに顔を赤くした彼女を、なんの抵抗もなく可愛いと思えた。

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