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Voice【最果てから呼ぶ声】(Voice[that is called farthest])

第4章
01

 珍しく次郎が「今日でここへ来てから、ちょうど三週間ですね」なんて笑顔で、まるで本当の医者のように患者を気遣ってみせるから、俺も彼女もそんな彼を笑い飛ばす。
  それくらいにはここに馴染んでいるのに、まだ三週間しか経っていないんだと思うと妙な感じだった。

 からかわれたのを誤魔化すように、事務的に彼女の治療の経過を述べ、俺に怒りの矛先を向け始める。

「ところで、コタ。まだお昼ですけど、学校はどうしました? 」

 きたよ……。この説教魔人が。かわせるときにかわしとかないとな。

 カホの横たわるベッドの下に脱ぎ散らかしていた学ランを引き寄せ、わざと次郎の視界に入るよう、揺らして見せる。

「今日は終業式なんだ。お前が来るちょっと前にここに来たばっかりなんだな、これが」
「終業式って? 」

 本当に、訳の分からんことばかり質問してくるよな。お前の世界にはないのか?
 (学校はあるらしいが)

「今日から学校が休みってことだよ」
「……一日中、ずっとここにいてくれるってこと? 」
「……え? 」

 なんだよ。次郎もいるのに、なんで俺を見るんだよ。

「お、俺だって、毎日知流の家にいるわけじゃねえぞ。休みなんだから……」
「友達、いないじゃないですか。コタといるとナンパも出来ないから」
「いるっつーの! 失礼な」
「そうですね、つきあいが悪いだけですね」

 くそー……ああ言えばこう言う……。

「いないの? ここに」

 ベッドの上から俺を見下ろすカホの目を、どうしても真正面から見ることが出来ない。

「コタは友達いないから、ずっといますよ。でも姫君、この子は意地が悪いでしょう、女性には。動けないから暇なんですね。知流はちゃんと一緒にいてくれますよ」
「コタは別に意地悪じゃないよ」

 彼女は俺を優しいと言ってくれる。俺の行為を意地が悪いとは言わない。彼女の言葉は真実に近くて、時々辛い。

「そうですか? 」
「仕方がないことよ」
「仕方がなくても、我慢することが大人になるってことですよ」

 そう言った次郎の顔は、酷く大人びて見えた。俺を責めるわけでも、諭すわけでもない、その口調がそう見せたのだろう。

「……知流、だろ? ここにいてほしいの」
「別に、暇なだけよ。変な風にとらないで」

 乗り出していた身体を引き、枕を抱え込み、ベッドの上で壁にもたれかかる。たった五十センチなのに、ずいぶん遠い。

 誰にも言えないけど、最近のオレ達は、身を寄せ合えるほど近いのに。

「知流はどうしました? 」
「おじさんのお見舞いだって。結局、正月も戻ってこれそうにないんだろ? 」

 戻ってきそうにないという意味では、うちの父親も一緒だけど。

「そうですね。病院にいる分には元気なんですけどねえ、おじさんも。三が日くらいは戻ってこれると思いますけどね。……その間、姫はどうしましょうかねえ」
「知流はなんて言ってるんだ? 」

 彼女は何も聞いてないらしく(そもそも三が日が何時のことかもよく判っていないらしい)ただ首を横に振るばかり。代わりに次郎が答える。

「あの子のことだから、普通におじさんに紹介しそうですけどねえ……」
「……何て言って? 」

 ああ、嫌な予感ばかりが脳裏をかすめる……。おじさんの寿命を縮めそうで……。

「……まあ、拾った、とか。大怪我してた、とか。正月だと一ヶ月くらいですか? 一緒に暮らしてた、とか。敵に追われてるとか追ってるとか……」
「世の中さ、つくべき嘘ってあると思うぞ」
「黙ってることは黙ってるじゃないですか。嘘は嫌いみたいですけど。ただ、黙ってることの範囲がねえ。姫のことを考えたら、追い出すことはしないでしょうし」
「家にいれば? どうせ親父は帰ってこないだろうし。俺か千紗の部屋にいれば、たとえ帰ってきたって気付きゃしねえよ。帰ってきたって、ずっといるこたないだろうし。千紗がいた方がお前も過ごしやすいだろ? 」

 これは千紗が言ってたことだ。恋人でも家族でもない男と二人暮らしは、生活していく上で大変だろう、と。いくら知流が気を使える男だからと言っても。彼らを二人きりにしたくないのもあるけれど、彼女も大変だろうから、なるべく顔を出すのだとも言っていた。

「……コタが、良いって言ってくれるなら」

 抱えてる枕で顔が隠れてよく見えないけれど、赤くなってるようにも見えた。隠してるのかな。
 こういうのって……彼女は、俺のこと。

「姫には随分優しいですね。女性には嫌味しか……」
「次郎さん、余計なこと言わないで」

 ベッドという食物連鎖の頂点から睨み付けられた次郎は、底辺に這い蹲るように視線をそらす。

「……姫、怖いですよ、その顔」

 それでもまだ何か言えるのか。完全に飲まれてたくせに。

「……煙草、吸ってきます」

 そそくさと部屋から逃げるように出ていく。そういえばカホが来てから、何故か千紗がここんちを仕切っちゃってて、台所の換気扇の下以外では煙草が吸えなくなったもんな。怪我人もいるし。

「逃げちゃった。そんなに怖い? 」
「迫力はある……。大体、次郎はお前のことを可愛い女の子と思ってるからな。騙されてんだ。十年、女がいないし」
「騙してないわよ。可愛いでしょ? 」
「自分で言うな」

 女って奴はよ……。
 ベッドに腰掛け、片隅に座る彼女の前に移動する。

「次郎の奴、驚くぞ。こんなもん、隠し持ってるなんて知ったらな。お前の世界はどうか知らないけど、こっちはこんなもん持ってたら犯罪だっつうの。めちゃ使い込んでるじゃねえか」

 枕の下からナイフを探り出す。

「危ないってば。知ってるわよ、それくらい。よくニュースでやってるもの」

 俺達が学校に行ってる間、する事がないとはいえ、テレビばっか見てるのもなあ。最初は画が出るだけで驚いてたくせに。

「知流は、知ってる? 」
「知ってるんじゃないかしら。言わないだけで。そう言う人よね」
「……そうだな」

 彼女は、俺のこと。
  ……そう思うこともあるけれど。知流に対する彼女の言葉を聞くと、その考えは簡単に握りつぶされる。
 そして、不愉快な重みがのしかかる。幼い俺に跨る女のような。

「三が日って、いつ? 」
「正月の三日間だよ。新年の……。今日が二十日だから、再来週かな」
「早く、出かけても良いって言ってくれないかな、次郎さん。そしたら、こんなに迷惑かけることもないね。だって、コタは優しくしてくれるけど、知流や千紗達の話を聞いてたら、コタの側にはいちゃいけない気がするよ」
「……いやじゃない。もう、怖くないって言ったろうが」

 ナイフを見つけたあの日。少しだけど彼女を近く感じた。俺の持っていた壁のようなモノが消え去った気がする。
 彼女に感じていたウソや偽りのような物が、疑いが、消え去った。
 オレが心の奥に持ち続けていた棘を、はっきりとこの目で見た。

 だから、俺が彼女に手を伸ばし、彼女がその手を受け取ったのは、極自然なコトに思われた。

 最初は、ナイフを握っていたであろう両手に。軽く触れるだけで目も合わせられなかった。手を握るのに三日かかった。

  でも、それからはすぐだった。

  肩に手をまわし、抱き寄せた。腰に腕を絡ませ、触れ合わせられる所を全て重ねた。思ったより小さい彼女の身体は、簡単に俺の腕の中に収まる。

 でも、頬を寄せ合ってもキスはしないし、抱き合っても服は脱がない。
 夜の公園でホテルに入るか迷いながら触れ合うカップルより、ずっと中途半端だ。

 それでも、今はただ、この行為が純粋に気持ちいい。だから今日も、彼女の抱える枕ごと、彼女を抱き寄せる。

 ただ、この行為を彼女はどう思っているのか。

 彼女は抵抗しなかった。抱きしめると、俺の身体にしがみつくくせに、全然関係ないことばかり喋る。誰かが来れば、少しだけ顔を赤くするけれど、知らない顔して俺と距離をとる。触れてなくても、彼女はこのことに関して何も言おうとしない。

 そして知流にも言っていない。知流がカホのことを好きなのなんか、見てれば判るし……もしかしたら、もう伝えてるかもしれないのに。

 自分から手を伸ばしたのは初めてだし、彼女から誘ってきたわけでもない。それでも彼女の行為が、俺に手を伸ばしてきたくせに、平気で親父に愛想ふりまいてたバカな女どもと同じだと言うことが引っかかる。
  知流の存在と同じくらいに重く。
  それでも、この行為をやめられない。まだ、服を着てるから大丈夫、なんて言い訳しながら。

「知流……いつ帰ってくるって? 」
「さあ? 大学病院だから、そんなに離れてないしな。週一で見舞いには行ってるし、すぐ戻ってくるだろ。……なんだよ、寂しいのかよ」

 何故か俺を一瞥すると、抱えていた枕をどけて、俺の首筋に顔を埋める。
 やっぱ、俺のこと好きなんじゃねえの? こいつ。それとも実はとんでもない男好きで、今までの女と何ら変わりがない、か……。

 傍らに転がるナイフで、いっそ刺されていた方が楽だったのかな。

「……知流は、優しいよ。大事にしてくれてるの、判るんだ。コタのことも大事にしてるし 、気を遣ってる。気を遣ってることを判らせないように気を遣ってるのは、あの人の尊敬すべきとこだと思う。さっき、次郎さんも言ってたけど、あの子は嘘はつかないけど黙ってる。言うべき人間を選んでる。選ばれたら、やっぱり嬉しいよ。知流が言うなら判るもの」
「そうだな」

 さすがに、本人には照れくさくてそんなこと言えないけど。つきあい長いし。
 彼の言葉は重い。重さはやはり負担になるけど、負担になるから彼に近付かない人間もいるけど、俺にはその重さが心地良い。でも、やっぱり言えない。
 カホの背負う何か重たいモノは、知流の言葉の重さによく似てる。

 初めて二人が一緒にいるのを見たとき、似合いすぎてて不愉快だったことを思い出した。

「……知流のこと、好きなんだろ? 」

 好きになっても仕方ない。あいつは優しい。好きな人には特に。

「そうかもしれない。一緒にいると安心できる」

 知流の顔を思い出すと、ここで彼女を抱きしめることが出来なくなる。彼女の肯定の言葉と同時に、思わず背中に回していた手を引いた。
 しかし彼女は俺の首筋から頭を動かそうとしない。

「でも、嫌じゃなかった。どういうつもりかなんて考えたくもなかった。女嫌いだって、ただの嫌がらせで女を抱くからって。みんなが言うけど聞きたくなかった。時々コタのそう言う部分が見えてたけど、もう見ないフリしていたかった」
「なに言ってんだよ。何が嫌じゃないって? なんで急に俺の話なんか……」
「寝てるときにキスされたの、嫌じゃなかった」

 誰かが階段を昇る音が聞こえたので、俺達はいつものように距離をとった。

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