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Voice【最果てから呼ぶ声】(Voice[that
is called farthest])
第3章
02
その日を境に、俺の生活は一変する。そう思った。
しかし、実際には何も変わらなかった。
朝、まだ薄暗い内に起きてランニング。シャワーを浴びて朝食をとって、まだ半分寝ぼけてる知流を連れて学校へ行く。適当に学校で過ごして、部活に顔を出すことなく、やっぱり知流と一緒に家に帰る。
ただ、帰る家が知流の家になっただけだ。そして、その彼の家にカホがいる。たったそれだけのこと。
彼女の存在は苦痛にはならなかった。
もちろん、最初は千紗に無理矢理連れられて、嫌々ながら通ってた。なるべく彼らを二人きりにしないように、朝早くに行って、夜遅くに帰る。時々は俺が泊まることもある。ちょっと朝早くなっただけで、なにも変わりゃしない。
千紗が心配していたほど、俺は彼らの間に何か起こるとは思えなかった。
「ねえ、コタ。この字、なんて読むの? 」
彼女が知流の家に来てから二週間。オレ達のテスト勉強につきあっていたのも効果があったのか、いつの間にか普通に本を読むほどになっていた。テレビも知らなかったくせに。(彼女の世界では、一体何が娯楽だったのか)
意外なことに、彼女が興味を持ったのは、俺が持ってくる格闘技のビデオや雑誌だった。今はケガでほとんど動けないけれど、もしかしたら熊を一撃で倒すような女かも……。
「マンジ、だよ。ちなみに卍固めって言うのはこう……」
言いながら、逃げようとしていた知流の首根っこをつかみ、引き寄せて華麗に卍固めまで持ち込む。
「ま、待ってコタ! 痛いってば痛いって! しかも今どき卍固めって! 」
「バカにしたもんじゃねえぞ? 」
「へー。じゃ、これは? 」
ベッドから下りて、技をかける俺の目の前に雑誌を開いてみせる。腕の中では知流がロープを探している。
「おう、これはサソリ固めと言ってだな」
すかさず技を切り替え、手本を見せる。
「なんで関節技ばっかなんだよ、痛いってもー」
そりゃ、カホの持ってる雑誌が「プロレスの間接技特集」だから。読んでるページが悪いな。歴史的なフィニッシュ・ホールドのオンパレード。
「やらしてやらして☆」
「お前なあ。まだケガしてるだろうが」
危険だぞ、この女。やっぱ治ったらとんでもなく乱暴な女になるかも。
さすがに知流も危険を察知したらしく、一瞬、力を緩めた隙に俺の手から抜け出し、扉まで逃げた。
「俺、お茶いれてくる。千紗もそろそろ帰ってくる頃だろうし」
以前の知流なら、俺と女を二人きりにするなんてこと、絶対にしなかった。
彼もまた、千紗のように「大丈夫」だと言う。きっと、俺はそれくらい普通にしていられるのだろう。現に、カホといるのは苦痛じゃない。女といると言うよりも、男と一緒にいる感じに近い。彼女をきちんと女として扱ってるのに。
俺なりにその理由を考えてみたことがある。趣味があうとか、女っぽくないとか、存在が主張しすぎないとか。
「もうケガなんか大丈夫だってば。えっと、左手を地に……」
とりあえず俺を地に伏させようと、後ろから首を押さえ、布団の上に押し倒そうとする。
「だから、かけるなと言うに」
パジャマがわりに着ているTシャツの袖口から、ちらっと見える包帯が痛々しい。なるべくそこに触れないように、他にも服の下に傷があるのを知っているから、そこにも触れないように、彼女から逃れる。
「……怖い? 」
馴れ合ってるように見えても、平気なように見えても、心に残る小さな棘が痛い。
彼女は何もしないのに、俺に何を強要するわけでもないのに、身体はまだ、微かに恐怖に震える。何に脅えているのかもはっきりと思い出せないのに。
「お前こそ」
彼女と一緒にいて苦痛じゃない理由は、おそらく彼女が少しだけ俺と似ているからだ。
人には知られたくない、このかっこ悪い部分。強がってみせるくせに、その実、恐怖している弱い自分。その部分を彼女も持っている。だから彼女は
「私は、怖くない。コタは優しい。女が嫌いなくせに、女の私を看護してくれたじゃない」
そう言いながら、俺に手を伸ばすのをやめる。
そのたびに、俺は今まで俺に手を伸ばし、自らの元へ無理矢理引き寄せ、俺を奪う女を思い出す。
「知流に言われたから仕方なく、だよ。それに、そんなの言い聞かせてるだけじゃねえか。男が怖いんだろ? じゃなきゃ知流と話すときのあの距離はなんだよ」
お見合いじゃねえんだから。一緒に暮らしてんのに、あれじゃ何もあるわけがない。
「怖くない。知流も優しい。本当よ。一緒にいて楽しいし。コタも……」
あまりにストレートな彼女の言葉に、傷む胸を何度もかきむしる。ひどくもどかしい痛みが、風船を針でなでるような、ふわふわとしていてちくりと痛いような。
「お前は、俺が怖がってるのを、判ってる。だから、そうやって手を引っ込めるんだ」
いっそのこと、割れてしまった方が楽だろう。
「最初から、そうだった。お前は、俺がお前に脅えてるって言ったんだ」
「コタも、そう言ったじゃない。私が怖がってるって。でも、今は怖くないもん」
「俺だって」
「嘘よ、そんなの」
彼女の手がゆっくりと俺の首筋に伸びてくる。
四年前の光景が、薄暗いもやのかかった心の中で、はっきりとその姿を表し始める。
しかし、現実の彼女は、過去の女とは違い、俺の後ろに回ると薬のにおいのする腕を首に絡ませ、力を込めた。
「……く、苦しいんですけど」
身体は柔らかくて気持ちいいっつーか……。いや、その前に落ちるかも。
「……なに、してんの? 」
いつの間にかお茶を持って扉を開けて立っていた知流が、部屋に入れずに呆然としていた。なんか、誤解してる気がする。
「スリーパーホールド。タイガーマスクがね……」
そりゃ、チキンウィングだ。技をかけながら俯いてしまったので、俺にも、きっと彼にも彼女の表情は見えてない。耳元で囁かれているような、そんな状態。
今のはどう見たって、後ろから抱きついてるように……見えるよな、やっぱ。
「プロレスも良いけど、ケガしてんだから」
「もう大丈夫だって、知流にもかけてあげよっか」
悪魔かお前は。どうしてそんな笑顔が出来るかな、この状況で。女は怖い。
こんなこと、知流にも、だなんて……。
「……えっ?! 」
新鮮な反応だな。まっ赤になっちゃって。何を期待してるのかバレバレだけど、そんな期待が出来るところが可愛いよな。
「いや、良いよ……。痛いし」
「痛いって言うか、苦しいかな。こう、落ちそうって言うの? 」
「……冷静だね、コタ」
「知流こそ、何をそんなに動揺してんだよ」
わざと判るように、声を上げずに笑ってみせると、顔をさらに赤くしてむくれる。
おもしろすぎる、こいつ!
「だって、後ろから……だ、抱きつくって言うか」
その知流の言い回しに、カホも少しだけ照れたように頬を染める。
「冷静に決まってっだろ? こんなの、慣れっこだし。今さら今さら」
恥ずかしがる彼女の顎を手のひらで包むように掴み、無理矢理こちらを向かせると、持ち上げたまま親指で彼女の唇をかすめる。
音速のグーパンの後をゆっくりと、ほどけかけた包帯がひらひらと宙を舞う。
にもかかわらず、「殴った手は痛くないのか? 」なんて考えてる。
「さ、最低! 出てって! 」
その言葉に、俺は笑顔(のつもり)で部屋を後にした。
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