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1日5分!空き時間に読む連載小説 wing of fragment -FT恋愛,FT学園,BL,学園恋愛,携帯向-
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Voice【最果てから呼ぶ声】(Voice[that is called farthest])

第2章
05

 女が何者なのか、事情を知らない麻斗のために、女自身の口から説明がされた。知流に聞いていたので俺は多少、免疫が出来ていたが、それでもかなり突飛な話だった。もちろん、麻斗も疑い深く女を見つめていた。

 女はその雰囲気に敏感に気付いていたのだろう。少しだけはにかんだような顔をすると、隣に座る知流の顔を見ないようにして、はっきりとこう言った。

「いろいろありがとう。知流がいなかったら、ただじゃすまなかったと思うの。本当はこのお礼をしたいけど、私、戻らなくちゃいけないから、もう行くよ」

 言葉を選びながら、一言一言ゆっくりと告げた。この雰囲気から逃れるためでも、感謝していないわけでも、彼がイヤなわけでもないと。そう伝えたいのは女の口調からもよく解った。ただ、伝え方はうまくないなと感じたが。

「そのケガでどこに行くんだよ? 救急車だって呼べなかったくせに。こっちのこと、何も知らないのに? 」

 事実、女のケガはひどいように見えた。次郎が言うには、あと三週間はおとなしくしていた方がいいという話だった。知流に笑顔を見せてはいるが、痛みに囚われて流れる汗や、耐えきれずに歪む表情は隠しきれないようだ。だいたい、いま座っているソファにだって、しがみつき、転がり落ちるように座ったというのに。

 そんなことに、知流が気付かないわけがないのに。

「その体ではどこにも行けないだろ? その……治るまでここにいたら? 」

 こらこら。それはさすがにまずいだろ。

「み、知流さん。それはちょっと、あれよ。この家には……」

 さすがに気になった千紗が口をはさむが、知流は彼女には笑顔で答えただけだった。

「うん、父さんもしばらく病院から戻ってこれないみたいだし、隣に次郎もいるし。ちょうどいいでしょう? 行く所がないこと、解ってるんだろ……」

 女の話が本当ならね。
 知流のその、遠慮がちな態度が無駄にならなければいいけれど。

「出てくって言ってんだから、出て行かせればいいじゃねえか」
「だめだって、コタ。そんなこと言うと、ホントに出てっちゃうからさ。俺、ほっとけないよ。こんな大ケガをして、行く当ても、戻る当てもないくせに、追い出すことは出来ないよ。大体歩けないし、敵に会った時に戦えないだろう? 」
「……そうだけど。でも」
「俺がいいつってんだから、いいの。何も気にしなくていいから。それにここなら大学に近いから、戻る方法を探せるかもしれないだろ? 」

 知流の押しの強さと、圧力を兼ね備えている笑顔に、女は思わずと言った感じで頷いていた。
 良いけどさ……。そんなに気に入ったか、この女が。

「良いね、エロいね、楽しそうだねえ」

 にやにやしながらさも楽しそうに想像することは、誰でも一緒だよな。麻斗の言い方はおっさんくさいけど。

「……あのさ、麻斗。なに考えてるか一目で判るような顔しないでよね。そんなんじゃないってば」
「えー。だって、この微妙に広い家でほぼ一人暮らしの血気盛んな高校二年生と、こんな若い女の子が一緒に暮らして、何も無い方がおかしい。そんなの、若さが足りない。ねえ、コタちゃん」
「俺に同意を求めるな。て言うか、若さか? 」

 隣で千紗が睨んでるじゃねえか。勘弁してくれ。

「……カホも、そんな目で見ないでくれる? 大丈夫だから……。隣に次郎もいるって行ったろ? 何なら、しばらく次郎が家に泊まり込むとか」

 次郎が何か言いたそうに口を開いていたのだが、それを無視して麻斗が間に割って入った。

「えー。この人の方がイヤらしい感じがしない? 妄想とかすごそうだし」
「……あなた、失礼ですよ。ほとんど話もしたことのない私に対して。なんか恨みでもあるんですか」

 次郎のもっともな言い分に対して、麻斗は特に悪びれることもなくこう言い放った。

「澄未に近付いて喋る男はみんな敵だと思ってるから。どんな小さな芽でも、悪い芽はとことん摘む主義なんだ」
「関係ないじゃないですか。私は研究室の助手で、彼女は学生ですよ? 」
「でも、俺の見てないところで、どんな態度してるかなんて判らないですよねえ? 」
「しませんよ」
「麻斗、そいつは十年間、彼女のいない三十代だから、たぶん大丈夫だ。相手にされん」

 さすがに見兼ねて、フォローを入れてしまった。ちょっと、麻斗の食いつき具合は異常だからな。やりすぎは逆に引かれると思うけど。

「ありがたいんだか寂しいんだか判らないフォローですね……。ちなみに九年と十ヶ月です」
「なんだっけ、次郎さんだっけ? 見かけかな? 性格かな? そろそろ落ち着いた方がいいんじゃないですかねぇ」
「別に出来ないわけじゃなくて、作らないだけです……」

 思いっきり性格と見かけのせいだと、たった今、つっこまれたばかりだろうが。これ以上はさすがにかわいそうなので言わないけど。
 知流も一緒に笑ってはいたけれど、目はずっと女を見ていたし、その先にいる女もまた笑ってはいたけれど、どこか遠くを、外の世界を見つめていた。

「あ、ごめーん。ちょっと携帯かけてくる。そこ通して」

 千紗は、扉にもたれていた俺と次郎の間を抜け、廊下に出ていった。別にここで喋ればいいものを……男かな? 

「ええと、姫君、でよろしいでしょうかねえ。どちらにしろ、あなたのケガは年末まで三週間は安静にしてもらわないといけないわけですね。医者としてあなたには私の目の届くところで療養していていただきたいのですが……事情をお聞きする限り、私の職場にいることは難しそうですね? 」

 女は黙って頷いた。

「この子は多少強引な言い方をしたかもしれませんが、あなたにとっても、我々にとっても、あなたがこの家にいることは、いま現在とれる最善の策だと思います。……ええと、そこのでかい人」
「なにそれ、俺のこと?! あんただって十分でかいじゃんよー! 」
「あなたねえ。一回り年が違うんですよ? もう少し目上の者を敬いなさい。良いから、知流に話があるんじゃないですか? 」
「はあ? ……まあいいけど」

 知る限り、麻斗は非常に勘のいい男だ。それはもう、良すぎて迷惑というか、あまり一緒にいたくないくらい。ただ彼が敵に回らなければ、こんなに楽なことはない。
 嫌々ながらも、次郎が言っていることが判ったのだろう。適当に理由を付けて知流を連れ出していた。次郎がいかにこういうことに疎くても、知流があの女に異常なほど入れ込んでしまっているのは、火を見るより明らかだ。これは、彼なりの気遣いだろう。
 それとも、女に何か言うのを知流に遮らせないためか。
 話を聞かれるのはかまわないけれど、この場にいて欲しくない。

「あなたは話が分かる方だと思っています。ですから話をします。良いですね? 」

 女はやはり黙って頷いた。神妙な面もちで。

「姫がこの世界にいると我々は非常に迷惑なわけです。その理由は判りますか? 」
「……とばっちりを食うから」
「そうですね、それもあります。あなたがいたら、我々もあなたの敵に狙われかねない。おそらくあの大学にいるであろう、あなたの敵は、私にも近い人物でしょう。それから、もう一つありますよ」

 まるで、教え子を相手にする年老いた教師のような振る舞いだった。まだ若いのに。

「この世界はあなたが思うほど甘くないと言うことです。平和に見えてもね。いえ、平和だからこそかもしれません。あなたの話を信用するしないは別として、どこの誰とも判らぬ者の面倒に関わるのは得策じゃない」
「そうね。私もそう思う」

 ただ黙って頷くだけだったのに。女は麻斗正面から次郎を射抜いた。そして、自らの状況を全て忘れたかのような、清々しい笑顔を見せる。

「だから……」

 出ていくのだと。……彼女は、さっき確かにそう言ったのだ。
 次郎は少しだけ気圧されていたようだった。あえて言葉を続けない女に何も言わず、ただくわえた煙草の煙を追うばかり。

「次郎さん。あなたが知流を心配しているのは判ってる。私がここにいるべき人間じゃないのも、ここに存在しえない人間だと言うことも判ってる。それに、たとえ信じてもらえなくても、私はこことは違う世界から来たの。そんな女を拾うのはただ面倒を抱えるだけだってのもよく判ってる。だから、彼はああ言ってくれてるけど、あなたから……」
「……当てとか、あるのかよ? 」

 認めたくないけれど、彼女の態度に嘘は感じられなかった。だから、どうしてもそれを確認しておきたかった。

「言ったっけ? 私、あっちから連れてこられた時、気づいたらさっきいたような『研究室』にいたのよ。暗かったし、ほとんど意識がなかったから、場所はよく判らないけれど。そこにはクロガネがいたの。あなたのような白衣を着てね。王宮では文官のフリ、組織では傭兵上がりの戦士。とんでもない男だわ。だから、また大学に戻れば、何食わぬ顔してどこかに彼がいる。何とかなるわよ」
「俺に間違えて飛びかかってくるくらい緊張感のある相手に会って、どうしようって言うんだよ、そのケガで? お前、頭悪いんじゃねえの? 」
「いちいちムカつくわね……」

 そう言うけれど、さっきのように俺に食ってかかることはなかった。

「姫君、先ほど私が言ったでしょう? この家にいることが現段階では最善策だと。幸い、この家には知流だけです。あの子をあなたがどう思ってるかは知りませんが、彼は信用に値する人物ですよ 」

 彼女はただ作り物のように微笑むばかりで、頷くことはなかった。

「正直、面倒ですね。人ひとり懐に入れると言うことは、並大抵のことじゃないわけです。それでも、あの子はあなたを捨てられない」
「……そう。その気持ちはありがたいけど、あなたの方が正しいと思うわ」
「でしょうね。だからこそ、あなたはあの子の気持ちに甘えられない。まあ、あの子のことは三日もいれば判りますよ。しばらくは動けないでしょうから。 私もここに通うことになりますしね」
「入試の準備で忙しいんじゃないのかよ? 」
「あなた達こそ。期末テスト目前でしょうが。成績が下がって、飯沼先輩に何か言われるのはイヤですからね」

 次郎はそう言うけれど、父はきっと、何も言わない。

「……たぶん、言いますよ」

 俺の気持ちを見抜いたように発せられたその言葉が、余計に痛い。

「姫君が思ったとおり、思慮深い方で助かりますよ」
「そうかな。もしかしたら、ものすごく悪い女で、ケガが治るまで潜伏してるだけかもしれない。あなたの言う『面倒』にも色々あると思うわ。信用しない方がいいんじゃないかしら? 」
「良いんですよ、元々信用なんかしてませんから。知流を呼んできますよ」

 こみ上げる笑いを必死に押さえてるのがカンに触ったのか、さすがにかなり顔を歪ませて次郎を睨み付けていた。

「……待てって、俺も……」
「待って、小太郎! 」

 この状況から逃げようと扉を開けようとしたところで、呼び止められる。

「……俺の名前……? 」
「知流に聞いたの。あの……さっきはあんな風に怒鳴っちゃったけど、一応、謝っとこーかなあって……」
「何を? 」
「だって、小太郎は私のこと助けてくれたのに。間違えて襲っちゃうし、いくらむかついたからって怒鳴っちゃうし、なんかずっと機嫌悪そうだから、怒ってるのかと思って」

 まだ幼かった頃の千紗が必死に「パパが、パパが」って喚いているのを思い出した。泣き出しそうなのを必死に我慢して、顔をくしゃくしゃにして。彼女の顔は俯いていてよく見えなかったけど。

「お前は怒ってないわけ? むかついてんじゃないの? 」
「むかついてるよ。そんな態度されたら。当たり前でしょう? 」

 謝ってるのも怒ってるのも、どちらも本気っぽく聞こえる。大抵、謝ってる女の態度ってのは嘘っぽさがついて回るもんだけどな。よっぽどうまいんかな、この女。

「せめて、こっち向いて喋ってくれても良いんじゃないの? 何がそんなに気に入らないのか知らないけど」

 めんどくせ。さっさと部屋から出ちまおう。

「このケガだから、何も出来ないよ? 私」

 彼女の言葉に思わず、ノブに掛けた手を止めた。

「何もって、何が? 」
「わかんない。でも、小太郎は私のこと怖がってるみたいだから。助けてくれた時も脅えてたみたいだし、今も……」
「そりゃ、あんただろ? 俺や麻斗はともかく、知流や次郎はあんたを助けてくれたんだ。もう少し信用してやっても良いと思うけど。何をそんなにびくびく脅えてんだか」

 振り返り、初めて彼女の顔を麻斗正面からまともに見た。まっすぐ、射抜くような瞳が妙に印象的だった。負けじと俺も睨み付ける。

「そうだね、知流は……。時間がかかるかもしれないけど、大丈夫よ。嫌な思い、させないようにするから。でも、次郎さんは? さっきも私のことは信用してないって言ったでしょ? 私も、それくらいで良いと思うんだけど」

 彼女は目を伏せる。正直、睨み付けていたとはいえ、女に見られているのは苦痛なので、思わず息をもらす。

「ああ……。あれは、お前は信用してないけど、知流を信用してるってことじゃねえの? でも、あんなこと言ってたけど、割とあんたのこと気に入ってると思うけど、あいつは」
「そっかな。でも、小太郎が言うならそうなんだろうね。私、あの人にも感謝してるのよ。何とか隠してるつもりだけど、どうしてもこんな態度しかとれないから。もちろん、小太郎にも感謝してる。どう言ったらその言葉が信じてもらえるか判らないけど」

 ちょっと、重いな。この女の言葉は。簡単にはすまされないような。
 でも、その重さが、なんだか知流の言葉のようで、俺には妙に心地良い。

 あの時、知流と彼女が妙に似合ってて、なおかつ浮いて見えたのはこういうことなんだな。彼らの「重さ」はあまりにこの世界に似合わない。二人の持つ世界は少しだけずれている。

「そんだけ言われりゃ分かるっつーの。バカにすんな」
「ちょっ……! どうしてそう言う言い方しかできないわけ? もっと他に言い方はあるでしょうが! 」

 また腹を押さえてるし。

「あんたさあ、言おう言おうと思ってたけど、バカだろ? 」
「誰がバカよ! 失礼だわ。訂正しなさい。それから、あんたあんたって言わないでよ。名前を呼んで。それから……」
「まだあんのかよ。要求の多い女だな」
「ちゃんと、私を見て」

 油断した。

 これは完全に俺の油断だ。こんなことってあるか? 彼女は……カホはただ顔を上げて、俺を真正面から捕らえただけだ。それだけのことでこんなに簡単に。

「……判った」
 脂汗を流しながら微笑むこのバカな女に、手をさしのべようと前へ進んだ。

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