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Voice【最果てから呼ぶ声】(Voice[that is called farthest])

第2章
02

 壁に掛けてあった時計の針は、既に十時を回っていた。すぐに終わらせるつもりで着てきた学生服が、徒になったような気がする。ほとんど人がいないとはいえ、ここでこの格好は目立ちすぎる。
 そろそろ終わっている頃だろうから誰かに会う前に戻ろう、と言う知流の言葉に従って、小走りで廊下を急ぐ。次郎の研究室はもうすぐだ。

「コタ! こんな所で何してる? 学校はどうした」
「……親父。何で? 」
「当たり前だろう。ここは俺の職場だ。それより、授業中じゃないのか? 」

 ここ二、三ヶ月、家に帰ってこなかったくせに、こんな所で会っちまった。この大学の理学部で講師をしているのだから、ここにいるのは当たり前だけど……腑に落ちない。

「……そっちは、東堂くんだっけ。忍田くんの甥だったかな? 」

 息子の十年来の幼なじみくらい、ちゃんと覚えとけよ。何度も会ってるだろ? それに次郎とは従兄弟だっつーの。年は離れてるけど。
 否定も肯定もせず、穏やかに笑顔を振りまくだけの知流の方がましだろう。

「ああ! 申し訳ありません、先輩。ちょっと私用で来てもらってたんですよ」

 助かった。ちょうど次郎が俺達を呼びに出てきたところだったのだろう。彼なりに頑張ってこちらに駆け寄ってきた。

「ああ、そう。君にはいつも世話になってるから。仕方ないね」

 あくまで笑顔で圧力をかける。父親としては当然らしいけど、この人にそれをする権利はないと思う。
 こんなに近くにいるのに、家に帰ってこないだなんて、家出した子供と一緒じゃないか。それとも、大人が帰ってこないのは、家出じゃないとでも? 金さえ払っていれば、子供にとやかく言う権利があるとでも?
 ……別に、構わないけれど。金は出してもらってる、生活はさせてもらえてる。学校にだって通ってる。それがどんなに恵まれたことか、わからない年齢じゃない。だから、仕事が忙しいんだか、別宅があるんだか知らねえけど、俺が気にすることじゃない。気にしていいことでもない。彼に権利があるとは思えないけれど、仕方がないことだと納得できる。次郎に当たっていいとは思えないけど。いくら在学時代の後輩だからって。
 さほど珍しい存在ではなかったらしいのだが、親父は二浪してT大の理学部に入っている。現役で医学部に入った次郎とは一緒に大学にいたことがある。次郎は『こちら側』にいると感じているので、俺達からすれば妙な違和感がある。

「すみません、すぐに学校に送りますから」

 嘘もうまいし笑顔もうまいけど、次郎の目には脅えにも似た色が見えた。それと、少しの羨望と嫉妬。

「そう、悪いね。ところで、今、医学部は休みに入ってて学生はいないはずでは? 」

 廊下側に一枚だけある小さな磨りガラスの向こうに、何人かの人影が動くのが見えた。次郎を手伝っていた人や千紗も含めて何人かいたはずなので当たり前だが、あまりいい状況じゃない。

「ええ、ちょっと。いろいろありまして。先輩、これから講義じゃないんですか? オープンカレッジの。来年には助教授になるって噂も聞きましたし頑張ってくださいね」
「……それは、そうだが」
「では、二人とも、そろそろここを出ますから。行きましょうか」

 知流は黙って微笑み、親父から目を離せない俺を引っ張り、次郎の後をついていく。態度は柔軟だけど、有無を言わさない。

「コタ。進路相談会の案内が来てたけど……」
「忙しいんだろ? いいよ」
「そうか」

 それだけ言い残して立ち去る親父の姿を、俺が見届けることはなかった。

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