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Voice【最果てから呼ぶ声】(Voice[that is called farthest])

第2章
01

 大学に着いてすぐにトイレに駆け込み、透明な胃液を吐けるだけ吐き戻した。
  三つ設置してある水石鹸入れは、相変わらず空っぽで(来るたびにこのざまなので、おそらく手入れをしていないのだろう)無性に腹立たしかった。仕方なく水だけで手を洗う。

「コタ、いつまで洗ってんの? 」

 治療中のあの女を待ってるはずの知流が、様子を見に来てくれたらしい。彼のこの台詞を聞くのは、もう何度目だろう。

「ん、もう少し」
「……手が赤いよ」

 笑顔の圧力をかけながら、俺にハンカチを差し出した。仕方なく水を止め、受け取る。

「あの女はいいのかよ。心配なんだろ? もしかして一目惚れってヤツ? 」

 冗談半分で言った一目惚れって言葉は、スルーされた。本気も、もちろん半分だけど。

「心配だよ。でも、大丈夫だって言ってたし。それよりコタの方が心配だけどね。カホとなんかあった? 」
「別に。いつものことだよ。女は信用できない」

 蛇口に手を伸ばしたが、知流の手がそれを制する。

「それより、お前こそ、あの女となんかあった? だいたい、何であんな怪しい女なんか拾う羽目になったんだよ。普通じゃないだろ? あの格好と言い、ケガと言い……しかも敵がいるんだろ」
「次郎に聞いた? 」
「ああ。それに、そのクロガネっつーふざけた名前の奴と間違えられて、襲われた」
 それで、と少しだけ困ったような顔で彼は頷いた。あの女と俺と、どっちをフォローしてくれるだろうか。
「その人、彼女の叔父なんだってさ。しかも、異世界から来たみたいだよ。漫画みたいだよねえ」
 いつもの穏やかな笑顔のまま、特に何の感慨もなく、極普通にそう言ったので、冗談かと思ったけど……。
「……どこからだって? 」

 知流が、この状況で冗談なんか言うわけがない。どんなに突拍子のないことでも。
 たとえ、それが誰かの嘘だとしても、彼が捏造したものじゃない。

「……たぶん、この大学のことじゃないかな。拾ったの、ここのすぐそばなんだ」

 十二月に入っているので、大学には学生がほとんどいないそうだ。もちろん、病院には人がいるし、教授達は医学部含め他の学部にもいるけれど、今回は校舎にある次郎用の研究室に治療用の設備(の一部)を準備したらしいので、ここにもほとんど人はいない。それでも一度トイレの扉を開けて外を確認してから、彼は早朝の出来事を話し始めた。

 今日の早朝(ちょうど俺がランニングに出る前くらいだろう)まだ薄暗い中を知流は家に帰るために大学の前を通ったそうだ。この夜の早い遅刻魔が、こんな早朝にどうしたのかと思えば、麻斗に引きずり回されていたらしい。奴は受験生のはずなのに。

 よろめきながら大学の正門をこそこそと出てくるあの女と出会い、ケガをしてるのに気づいて声をかけた。最初、知流は救急車を呼ぶことを強く推したのだが、女が「追っ手が来るから」と拒否したそうだ。仕方がないので彼は自宅まで連れ帰ったというわけだ。

 追っ手についてしつこく問いつめた結果、女の口から「クロガネ」という名前が出る。その男は女の叔父にあたり、彼のたくらみを女が知ってしまったために追われることになった。彼女の体にある刃物の痕は、クロガネの仲間がつけたものだそうだ。ここまでなら、まだわからんでもない。多少ハードボイルド風味だ、ちょっと憧れる。

 ただ、ここからの話が突拍子もない。女が言うには、自分は「一番目の太陽の国」の第一王女(要するにお姫様ってことか? )で、クロガネはその叔母の婿にあたる。しかし、外部の人間であるクロガネは、実はこの大学のどこかにあるゲートでつながる異世界(どうやらこの大学のある世界のことのようだ)からやってきた侵略者で、国にクーデターを起こそうとしているらしい。

 しかし、クーデターと言っても、王族であるクロガネが「一番目の太陽の国」に対して起こすわけではない。国とは言ってもすべての世界を統括する「天」という存在に支配される植民地のようなものだそうだ。だから、その「天」に対して起こそうとしているそうだ。しかし、「一番目の太陽の国」の力で「天」に勝てるとは考えられない。圧倒的な戦力差がある。やるだけ無謀、国民に迷惑をかけるだけだと女は言う。それ以前に、たとえ「天」がどんな存在であろうとも、その支配下にある「国」が逆らうことなど考えられないのだそうだ。まさしく「天」に唾吐く行為だから。

 女から直接聞いた知流の受けた印象では、その絶対者というのはその世界の住人にとってまさに絶対の存在であると。

 女はその国の姫の義務として、計画を知ったからには阻止しなければいけないのだと言った。彼を調べている内に、彼が自分の世界の住人でないこと、なにやら特殊なゲートを使っていること、それでこちらの世界と自分達の世界を行き来していると言うことを知った。一人ではなく義兄とともに行動していたので、今まではそんなに危険はなかったのだという。しかし、女は彼を追いつめたつもりで深入りし、彼の作った組織の者の手によって返り討ちにあってしまった。

 その後、クロガネは計画について知っている女を、こちらの世界につれてきたのだという。

「敵とは言っても……、血のつながりが無いとは言っても、近くにいた顔だからね。彼はカホを殺さずにいたみたい。ただ、彼女はそれではまずいと思って、彼の元を飛び出した。計画は阻止しないといけないからね。そして、建物の中を彷徨って、出たのが…… 」
「この大学の門ってこと? てことは、女の話が全て本当だとしたら、クロガネは十中八九この大学内の人間ってことになるな。その、本当かどうか怪しいゲートもな」

 知流はいつもの少しだけ困ったような笑顔を見せると

「俺もさすがに信じられなかったけどさ、いきなりそんな突拍子もない嘘をつくのは危険だし、俺には彼女が嘘をついてるようには見えなかったから」
「ああ、惚れた弱みって奴ね」

 すっげえ、顔赤い。こういう所がわかりやすくて、思わずからかいたくなるんだよな。

「ち……違うって。自分は絶対違うって言うくせに、人の話はどうしてそっちに持って行きたがるかな? 」
「だって、俺は女嫌いだから。興味もないし。でもお前は正常な男子として、今まで人にとやかく言うばっかで、自分はまだ誰ともつきあったこともないって言うんだからさ」
「イヤ、俺はね、こうじっくり見極めたいわけ。でも、コタの場合はさ、嫌いだからあえて相手の嫌がることするわけでしょ? そう言うの、コタのためにならないと思うよ、俺は。今朝だって、電話したとき…… 」
「違うって、あれは向こうの方から俺としたいって…… 」
「はいはい。だからって、その気もないのにヤッちゃうのはコタでしょうが」
「いや。据え膳食わぬは……」
「思ってもいないこと、言わなくていいって」

 鏡越しに俺を見つめる。背も、体格も同じくらいなのに、俺の方が喧嘩も強いのに、彼と一緒に並ぶ俺は、酷く弱々しくてみっともなかった。
 普段からにこにこしてて、人に逆らうような台詞も、楯突くようなことも口にしない。ただ、口にしないだけで彼自身の意志はおそらく、今までに出会った誰よりも強く、はっきりしている。彼の容姿は、彼自身に対する評価を誤らせる最大の要因になっている。

「いきなりこんな話を信じろって言うのが難しいし、……コタが女の子を信用できないのも知ってるからさ」

 彼は何も押しつけてこない。
 俺の攻撃的な部分に対しては、しょっちゅう咎めるけれど、弱い部分に関して、責めるような麻斗似はしない。攻撃的な部分もまた、自身の弱さ故のものだとわかっているけれど、弱さの種類が違うのだと彼は言う。
 他の誰からも聞くことのできない、重くて麻斗っ直ぐで、ともすれば熱苦しい言葉は、すっかり乾いてしまったこの身体には少し負担が大きいけれど、それが妙に心地いい。

「とりあえず、ここでは誰が彼女の敵かわからないから。もうすぐ治療も終わるみたいだし、次郎の話だと思ったより傷はひどくないけど、本当なら一、二週間は入院させたいところだって。でも、ここに置いておくわけにはいかないから……」

 彼女のためだ、と。

「騙されてたらどうすんだよ。あんなの作り話で、ただの家出少女かもしれないぞ。ケガしちゃったけど、カネ持ってなかったとかさ。ヤらしてくれるかも知んないけど」
「あのすごいケガで、どうしてそういうこと出来るのさ。ていうか、何でそっちにばかり話を……」
「他にないし。わりとかわいいし。あの女」
「なに言ってんだよ。……でも、コタまでそんなこと言うの、珍しい」
「脅えてたからな」

 女を嘲った俺の笑顔が不愉快だったのか、彼は大きな目をさらに見開き、睨み付けていた。

「……もういいから。戻ろうか。コタも、大丈夫そうだし」

 そう言われて初めて、簡単に落ち着いてしまっている自分に気がついた。

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