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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 続・序章 第7話 続・選ぶと言うこと 03/10
距離にして3m。だけど、オレたちから彼女たちはすごく遠かった。
この人が言ってる、「君と同じことを言ってる奴」っていうのは、おそらく中王。
「会わせてあげるよ」ったって、それは無茶ってもんだろう。相手は中王だぞ、この国の支配者だぞ。いくら昔なじみだからって……。
いや、オレが心配することじゃない。要は、そういうことなんだ。彼はまだ、全然、中王含むあの支配者の仲間たちとそれくらいのつながりは持ってるっていう、明確な証拠だ。
「何それ、本気で言ってんの?」
「オレは、君のような女と違って、嘘はつかないよ」
彼女の頬を、ナイフで再び撫でた。不敵な笑みってやつがこんなに似合う人をオレは初めて見た。同じ顔してても、たぶんサワダには似合わない。こういう表情は。
「……いいから、親父、そのナイフを……」
「ちゃんと父上、と呼びなさい。人前なのだから。この女が誰なのか、おまえは判っててそれを言ってるのか?」
「親父こそ……その女が何者なのか、判ってるのに……」
一瞬、彼女が彼の方に振り向いた。ナイフの存在を忘れていたのか、頬を掠める。
「危ないな。君は状況が判ってるのか?」
淡々と彼女にそう告げるサワダ父の言葉に、彼女は再び彼にむき直す。
「サワダさん、あなたはやはり……」
カリン姫が動いた。それを制したのは、サワダ父ではなく、サワダだった。彼女の前に腕を出し、それ以上前に出ないようににらみつけていた。
「テツ……!!お前な!何考えてる!何でだ?!あの女は!!」
「いいから、おとなしくしてろ」
「誑かされたか!」
「誰が?みっともない嫉妬で当たり散らしてんなよ。あいつがそうだからって、オレも、ってか?単純だな」
オレは、カリン姫とサワダのやりとりなんかどうでもよかった。ティアスが、サワダとサワダ父を交互に見ながら、気にしてる様子の方が、よっぽど気がかりだった。
「アイハラ君。時間がないんだよ。仕方ないからこの女も一緒に連れて行ってあげるから、さっさと行こうか。穏便に言ってるうちに」
全然穏便じゃないけどね。ティアスにナイフ向けて、笑ってない目で笑顔をオレに向けるその様子は、人が悪いどころの騒ぎじゃない。
「……アイハラ。仕方ないから、ゆっくりいけ。親父は、たぶん本気でやるから」
ティアスの頬を掠めるナイフ。かすかに流れる血の痕。それに、相手がいくらサワダの父親とはいえ、自分の後見とはいえ、あの彼女が全く反抗しない。怪我をしてるのもかまわず魔物に立ち向かうような女がおとなしくしてる。
それって、何か理由があるか、抵抗できないかどっちかってことだよな。隙を突いたとはいえ、サワダ父は彼女からあっさりナイフを奪い取ってたわけだし。
いやだ。怖すぎる。でも、彼女をいつまでもこんな状況にしておく訳にもいかないし。
オレは黙ってうなずき、サワダの言うとおり、ゆっくりと彼らに近づく。
でも、中王のところに行くって言ったって、どうやってだ?もしかして、ヘリが宮殿に来たのって……。
廊下の窓が突然開き、強風が吹き込んだ。外には予想通りヘリがいた。
いつの間にか、黒い人影がサワダ父の後ろに立っていた。
「どの子?テッキ」
黒ずくめの上、顔を覆面で隠していたが、どうやら女性のようだ。彼女に促され、サワダ父は思わず立ち止まっていたオレをあごで指した。
「そう」
黒ずくめの女がオレに近づこうと、サワダ父のそばを離れた瞬間だった。同じく覆面をした長身の男が、ティアスとサワダ父の間に割って入った。男はティアスを突き飛ばし、サワダ父に持っていた鉈のようなものを突きつけた。
「……イズ……」
歓喜の声を上げようとしたオレを、横を駆けていったサワダが制した。そして彼はそのまま、突き飛ばされ、よろめいていたティアスの元へ駆けつけ、彼女を支える。
「中佐……」
妙にしおらしい彼女の様子に、サワダは少しだけ照れたような表情を見せ、彼女から距離をとった。
「ちょっと、どういうことよ」
黒ずくめの女性は(恐らく、サワダ父と同年くらいの女性らしい声だった)怒鳴りながらオレに近づくが、彼の様子を見て止まった。
「あー……悪い。やられたみたい」
頭を抱えるサワダ父に覆面の……つーか、中身は確実にイズミなんだけど……男が鉈を向ける。サワダ父がティアスにしていたように。
「気づかなかったの?そんな若造に?つーか、息子にやられてんじゃないわよ」
「悪い悪い。皺増えるぞ。とりあえず、いいからその子は連れてけ。オトナシに会わせたい」
「なら、さっさと何とかしなさいよ。じゃないと……」
もう一人、いる!
彼女もそうだったけど、もう一人黒ずくめの覆面男は、いつの間にかイズミの横に立って、彼の鉈を持つ手をつかんでいた。
「ちっ」
イズミはそれを振り払おうとしてるのか、少しだけもがくが、動けない。その隙に、サワダ父が、イズミの手を逃れようと動く。
その様子を見て、黒ずくめの女性がオレに再び向かってきた。
「ユウト、逃げなさい!」
ティアスがオレに向かってきてるのが見えたが、視界に黒ずくめの女も入っていた。早いよ!!!
やばい、捕まる!!
ガキイイン
ヘリの音に紛れて、刃がぶつかり合ったような、金属音が響いた。オレのすぐ目の前で。
「……なんだってこんな子供……」
カリン姫だった。オレの前に立って、黒ずくめの女性に向かって剣を向けていた。どうやら、とっさに剣を向けられ、彼女も剣を抜いたようだ。
「あらあら、カントウの姫君」
恐らく、覆面の中で彼女は笑ったのだろう。
彼女はまるで後ろ髪を払うように、カリン姫をなぎ払った。こんなにうるさいのにはっきり聞こえるほど、壁にひどくぶつかった音がした。
どうしよう、どうしたら。イズミは、あのイズミが、黒ずくめの男に捕まったまま、まるで蛇ににらまれた蛙のように動けなくなってるし。カリン姫は壁にぶつかったショックでなんかぐったりしてるし。
オレをかばったせいであんな目に。
「アイハラ、こっちだ」
その声に振り向くと、サワダがオレの右手をつかみ引っ張り、廊下を走る。一瞬、ティアスが視界に入ったけど、あまりにめまぐるしくて、風の音が強すぎて、オレには状況が全く判らない。もしかして、他にもいるんじゃないのか?
「テッキ、あんたの息子」
「そんなこと、気にするのか?」
サワダ父の声がどこからかする。あの女の声も。
目の前にいた。彼女はいつの間にか先回りをして、オレの手を引くサワダの目の前で、剣を振り下ろした。
「サワダ!!」
「中佐!!!」
ティアスの悲痛な声が響く。彼女の声に、オレは自身の叫びを思わず飲み込んでしまった
しかし、女の剣はサワダに向かって振り下ろされることはなく、
目の前で止まった。サワダはそれを目を見開いて凝視していた。まるで時間が止まったようだった。
女の足が、オレの右手をつかんでいたサワダの右手を蹴りつけた。この女、黒ずくめの服の分を少なめに見積もっても、かなり細いのに、何つー力だ!
「お前らがくると、結局力ずくになる。いいから、さっさと行こう」
形成は、完全に逆転していた。イズミの手を逃れたサワダ父は、いつの間にかティアスに刃物を向けていた。イズミが手に持っていたはずの鉈を。じゃあ、イズミは?
ヘリの待つ窓の前を見たけれど、彼はいなかった黒ずくめの男だけ。
……いや、彼は横たわっていた。男の足下で。
「残念。あの子が大事なのは、見てたら判るよ。いいからおとなしくしてなさい」
女はまるで、母親のような台詞をサワダにかけてから、彼をオレから引き離し、オレを引っ張ってヘリへ向かった。
先にティアスとサワダ父が乗り込んだ。
途中、ひれ伏せらていたイズミが、震えているのが見えた。
離れた場所で悲しくオレたちを見つめていたサワダの姿も。