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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 続・序章 第6話 続・袖振り合うも多生の縁 10/10
伝令係が扉をノックした音に、ミハマは苦笑いを浮かべ窓を見た。空の色が、少しだけ暗くなっていた。
オレがここに来たばかりのときには、見ることができなかった空の色だ。冬に向かって、少しずつ夜の色が深くなっていくと言っていたから。
扉に向かおうとしたイツキさんを制し、ミナミさんがゆっくりと立ち上がり、扉へ向かった。
「殿下。王が、カントウの姫君と夕食を一緒にとのことです。19時から」
ちらっと腕時計を確認しながら、彼女はそう告げた。
「ずいぶん、話し込んでしまったね。随分、暗くなってるし」
「……未だ、明るい」
思わずそう言ってしまったが、最近はますます寒くなってきたし、以前より暗いことは確かだ。オレが慣れないだけ。
「夜が明るいのは、夏の間だけですから」
フォローのつもりでシュウジさんはそう言ったのだろうけど、逆効果だ。
オレはいつになったら帰れるんだろう。この人達、このままホントに北に行っちゃったら、オレが戻る手段は誰が探してくれるんだ。
「ユウトのいたところは、違うのね?」
「……もちろん。そもそも、夏はこんなに寒くない。大体、白夜のある国だってそのはずだ。行ったこと無いけど」
微笑む彼女を見ていると、どうでも良いような気もしてくるけれど。
「また、時間をくれるかな?こんなに大げさにはしないから、もう少し話したい」
彼女は微笑んだまま、オレからミハマに視線を移し、見つめていた。
「なに?」
「また、時間をくれるんだね」
「どうかな」
ティアスの言うとおりだ。ミハマは彼女に時間をくれている。余裕があるのか、それとも。
「カントウの姫君を待たせては申し訳ない。今日は戻ります」
わざとらしく立ち上がった彼女に、全員の視線が注がれる。他の連中の目にどう映っていたかは判らないけれど、オレの目には、随分堂々として見えた。
彼女について、オレとサエキ大尉も部屋を出た。
「ありがとね、ユウト」
ミハマが用意してくれた部屋から出て、扉を閉めたとき、ティアスがそう言ってくれたのだけが、オレにとっての救いだった。だけど、結局オレは何もできなかった。ただ彼女の隣で聞いていただけ。彼女を助けたのは、彼女の隣に立つ、彼女の部下だった。
だから、救いだったけど……彼女の気遣いが重かった。
「どうするんだよ」
サエキ大尉が立ち去った後、部屋に戻ろうと歩き出した彼女に声をかけた。
「何が?」
「これから」
「だから、何?」
笑顔で答える彼女の顔に、初めてずるさを見たような気がした。だけど、そんなことはどうでも良かった。
彼女の心に引っかかるために、なんでもしたい気分だった。
「冗談よ。もう少し、考える」
「考える?」
「結論は、もう出てるんだけどね」
彼女は大きな声で「イエス」とは言っていないけれど、でも、そうするのだろう。彼らとともに、北へ向かう。だったら、オレはどうしたらいい?
部屋に戻る気にもなれず、迷った挙句、屋上へ向かった。誰かいるかもしれない、そう思ったけれど、オレにはどこにも行き場所がない。
あの場所は、彼らに与えられた場所だけど、唯一どこかとつながってるような気がしていた。
オレの、思い込みかもしれないけれど。オレは彼らと同一ではないのに。
「何してんだよ、こんな所で」
「そっちこそ」
案の定、先客がいた。少し長めの黒髪をたなびかせながら、薄闇の中、彼はオレに煙草を差し出した。
屋上のフェンスにもたれかかったまま、鬱陶しそうに髪をかき上げ、煙を燻らせている。彼に近づくため、ゆっくりと歩み寄る。時間をかけて。
「サワダだけ?」
「ああ。下で吸うと、また煩いからさ。めんどくさいだろ?」
「同感」
ここにいたのがサワダだけで良かったような、悪かったような。彼の気遣いに、少し安心しているけれど、だからこそ、申し訳ない気もしている。
「シュウジがさ」
「うん」
「気、使ってたぞ?」
「わかってるよ。不器用な人だし。子供に気を回させてどうすんだよって感じだよな」
笑い飛ばしてやったこと、ばれてないといい。薄闇が、オレの取り繕った笑顔をかき消してくれたらいい。
シュウジさんも、サワダも、オレに気を使ってるのなんか知ってる。だから余計に、オレは辛い
そしてそれ以上に気を使う理由と気の使い方が、ちらちらと見えているのが。
彼らがオレから何かを隠すのは、「気を使っている」からだ。
「サワダ、火は?」
「ああ……」
彼はあわててポケットを探る。
「……前みたいに、つけて見せて」
「見せもんじゃねえぞ」
一歩、オレに近づき、以前のようにオレが咥えた煙草をつまみ、火をつけてくれた。
「すげえな。何のトリック?」
「トリックじゃねえよ」
彼は何の感情も動かさずに、あっさりとした返事だった。もう少し、驚いて見せたほうが良いのか?
「魔法とか、そういうもの?」
「ちょっと違うな」
「……サワダしかできないのか?」
「そういうわけじゃない。人によって解釈の仕方が違うだけで、根本的なものは一緒だ。……中央の楽師も、長けている。だから、あの地位にいる」
「魔物を簡単に倒していたのも、これができるから?」
「そうだな」
さすがにオレの様子を不審に思ったのか、彼は顔を覗き込む。
「何だよ、急に?」
「別に、イズミがいないから、教えてくれるかと思って」
「そうか。……シンの気の使い方って、遠まわしって言うか。餌を与えるより、釣り方を教えるタイプだからさ。まあ、その意味のわからない奴をせせら笑ってるところはあるけど」
「やさしいのか、やさしくないのか?」
どんなスパルタ先生だよ。
「やさしくは……ないかな。けど、アイハラのこと、少し見直してたし」
「あれで?」
「仕方ない。シンにとって、本当にこの小さなコミュニティが全てだから」
腫れ物を触るように扱われていた印象とは、ずいぶん違っていた。サワダはイズミのことをそう言うけれど、イズミと二人のときは、彼がサワダに気遣ってるようにしか見えなかった。
サワダはやさしいと思う。
ミハマもやさしいと思う。
もちろん、シュウジさんもやさしいと思うし、ミナミさんやイツキさんもそうだ。
……多分、イズミもやさしいんだ。
だけど、そのやさしさはみんな種類が違うし、オレには届いていない。
だってオレは、やっぱりイズミのいる、サワダの言う小さなコミュニティには入れていない。
「カリン姫、待たせて良いのか?もう時間ないんじゃないか?」
「ああ。あの女は、むしろオレは要らないんだよ。ミハマのためにもね。言ってることは、『ごもっとも』だし」
話を変えるつもりで、余計な話をしてしまったのだと、後悔した。
「シンが言ってた。今のアイハラは、オレを見てるみたいで『かわいそう』だって」
「オレが、サワダみたいって事?」
「そう。だったら、確かに『かわいそう』だな。ま、あいつの言うことは当てにならないけど。あの女のことも、同じように言うんだから」
「……ティアス」
こんなうす闇の中でも、彼の顔色が変わったのがわかる。
「お前、あの女を信用してる?」
だけど、彼の表情を、真意を、読み取れない。まっすぐ見つめてくるくせに、なんだか見下ろされてるような気もするし、哀れまれてるような気もする。
「……してるよ」
オレも、即答できなかった。
「馬鹿だな。あの女はずるいよ?信用したら、負けだ。利用される」
「ミハマだって、信用してた」
「そのために、オレたちがいる」
「サワダだって」
一歩、彼が近づく。
「まさか。するわけがない」
煙草を消し、オレの横を抜けていく。彼は笑っているように見えた。