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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと]

Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 続・序章 第6話 続・袖振り合うも多生の縁 09/10



「カナ、良いから……。スズオカ准将が話があるそうだから、彼と……」

 何か、突然お母さんが来た、みたいな態度になってるな。

「そう?」
「カナの役割、言ってあるから」
「動く気って?まるで、君が重い腰を上げたのを喜んでるみたいだね」

 ただただ、にこやかなミハマの態度に、わかりやすく反応したのはティアスだった。言葉には出さなかったけれど。こういうところ、可愛いよな。

「そうなんですよ」
「カナ!もう良いから……」

 シュウジさんを指さし(普段の彼女は人を指さすような真似はしないのだけど)、サエキ大尉を促す。それでも彼女の笑顔は優しげで、ティアスを見つめながらも、命令通りシュウジさんの前へ立つ。
  シュウジさんは彼女が美人だったからか、ちょっとだけ照れた顔を見せ、メガネをかけ直す仕草をしたあと、彼女と一緒に奥のデスクに向かった。

「でしょうね」

 ミハマは笑顔を絶やさぬまま、サエキ大尉の言葉に同意し、再びティアスを真正面から見つめた。バツが悪そうに、彼女はソファに座り直すような仕草をして見せた。

 それにしても、『重い腰』か……。
  サエキ大尉は、彼女が動くことを望んでいたけれど、彼女の腰は重かった。それはおそらく、「彼女が北へ向かうこと」なのだろうけど……なぜ?
  サエキ大尉が「ティアスが北へ向かうこと」を望む理由も、彼女がそれに対して腰が重くなる理由も、オレにはよく判らなかった。北に向かうことが難しいとは、ミハマ達も彼女も言っていた。だけど、「腰が重くなる」こととは別の話だ。サエキ大尉は彼女の意志に喜んだのだから。

 行きたくないのか、何か行きにくい理由でもあるのか?
  北を抜ければ、彼女の故郷に手が届くのに。どうして。

「テツは、随分久しぶりになるね。大陸に行くのは。ユノもだろ?」
「あんまり覚えてない」

 サワダの表情はほとんど変わらなかった。別に不愉快な顔をするでもなく、普通に答えただけだったのに、ミハマはそれ以上彼に話すのをやめ、ソファから乗り出し、後ろに立つイツキさんを見た。

「ユノは?」
「そうですね。私も、小さかったのであんまり覚えてないんですけど」
「……どういうこと?」

 ティアスが不思議そうな顔で、サワダとイツキさんを交互に見つめる。

「大したことじゃない。オレの父親に、昔、放浪癖のようなもんがあっただけだろ」
「意味が判んないし」
「テッちゃん!殿下がせっかく!」

 つってイツキさんは、後ろから思いっきりサワダの頭をはたいた。サワダは怒鳴るかと思ったが、そうせずに口を尖らせただけだった。

「ユノは……」
「私は小さいころ、母に連れられて、大陸からオワリに来たのよ。ただ、それを知ってる人は他にいないんだけど」
「……でも」
「母は、ニホンの人よ。父は知らないけど」

 ティアスはイツキさんの言葉を受けて、しばし、目を伏せた。
  彼女に言いにくいことを言わせて、申し訳なかったのかも知れない。そうだと思いたい。

「テツ。外にいるシンと交代してきてくれませんか?」

 シュウジさんに呼ばれ、サワダが席を立つ。隣でサエキ大尉が会釈をしていた。彼女に挨拶をして、ベランダに出た。
  しばらくして、交代でイズミが戻ってきて、サエキ大尉に挨拶をした。

「本当は、他の目的があるんじゃない?ねえ、ミハマ。世界が見たいとか、私を助けたいとか、それ以外にも」
「どうだろう」
「それって、サワダ中佐のため?」
「どうかな」
「だって、彼の父親は……」

 背筋が凍るかと思った。
  ミハマは笑顔を消したとは言え、極穏やかな表情のままだったのに。それだけのことがどうして怖いんだ?彼女を真っ直ぐ見ている、と言う点においては何も変わっていないのに。

 ……そうか。ミハマはずっと笑ってたんだ。だから。

「彼の父親には、大陸の血が混じってる」
「……どこか判る?」
「知らないの?知ってて、そう言ってるのかと思った。『東の果て』よ。だから、中佐が昔いたという国は、きっと『東の果て』ね」
「それ、テツには言った?」

 その台詞に、オレと同様に、彼女もはっと気付いたらしく、一瞬だったけれど、困った表情を見せた。
  彼女はサワダから、彼自身の話を聞いていたってことだ。ただ、彼女がそれに対して困った顔をする理由は判らない。オレは不愉快っつーか、突き落とされた気分だけど。

「……言ってない。確証が、持てなかった」

 何も言わず、彼女を見つめるミハマの代わりに、ミナミさんが彼女を責めた。

「おかしくないですか?サワダ議員にあなたの国の血が混ざってると、あなたは判ったのに。何を確証が持てないと?」
 
  オレには、彼女を責められない。多分、サワダがここにいたら、オレも関係ないことで嫌味の一つも言ってしまいそうだったから。それも、みっともないくらい責めるように。それに比べたら。

「血が混ざってるのは、確実なの。だけど、彼がどういう人か、確証が持てない」

 ミハマは、やっぱり黙って彼女を見ていた。笑ってはいなかった。ミナミさんが言葉を続けようとしたのを遮ったのは、シュウジさん達とデスクで話をしていたはずのサエキ大尉だった。

「申し訳ありません。うちの上司、言葉が足らないものですから」

 見かねてティアスの横に立ったサエキ大尉は、『上司』に対する態度と言葉からはほど遠かった。

「確証が持てないことを、当の本人に言って混乱させるほど、大佐は酷い方ではありませんから」
「カナ……」

 彼女はまるで、ティアスの盾にでもなるように、彼女の前に移動した。ニイジマがしたように。

「トージくんから聞いてたこの方達の話と、少しずれてるみたいだけど」
「ううん。トージの話であってるわ。それより、そっちの話は?」
「大丈夫よ。終わったから。そろそろ戻らない?」

 サエキ大尉もまた、ニイジマがしたように、オレをちらっと見た。なんか、求められてるってことかな。

「大丈夫よ。あなたの意志に従うから」

 念を押すように、ティアスを宥めるように、サエキ大尉は繰り返す。
  気のせいか、部屋の奥のデスクからオレ達を見ていたイズミが、少しだけ怖い顔をしたように見えた。


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