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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 続・序章 第5話 続・穴二つ 06/10
彼女の国はあの大陸にあるという。一時期、それを疑ったこともあった。
『空から来る魔物を統率する力を持った一族が住んでると言われてますね。その昔、中王正規軍によって追放され、奥地に追いやられたそうですよ。ですから、危険なため、現在はこの北の門という場所から先は許可がなければいけません』
あの、シュウジさんの言葉が、知識が本当なら。彼女はあの魔物達を統率する一族だと言うことになる。魔物の襲撃に関わっていると言ったのは、彼女自身だ。
でも、それにはサワダ父も関わってるし、中王の手引きもあった(と思う)。彼女が襲撃の実行犯ではないと信じたい。
『こっちの砂漠は?』
『かつては生き残りがいて、ニホンとも国交がありました。しかし、その国の跡地は中王に支配され、閉鎖されています』
……たぶん、こっちだ。こっちの国ならつじつまが合うぞ!ティアスが襲撃の実行犯の可能性も低くて、中王に協力をせざるを得ない、悲劇の姫君的シナリオの!!
だって、あんなに優しくて良い子なのに。あんな悲しそうな顔をさせてるのには、絶対そう言う理由があるはずだ。
オレのその思いに答えるように、彼女はオレを気遣い、「疲れてるみたいだから早く寝たら?」と声をかけてくれる。確かにオレはすごく疲れていたし、辛かった。それを彼女が見ていてくれたと思ったら、それが嬉しくて仕方なかった。だからオレは、彼女の言うとおり、部屋に戻ることにした。
疑問が残っていないわけじゃない。どうして彼女はわざわざここにいるのか。ニイジマと話をするためだとしても、不自然だろ?オレは確かに二人いるのを見てる。
どうしても腑に落ちなくて、オレは彼女たちに中庭を廻ってから戻ると告げ、その場を離れた。
遠ざかっていく彼女たちを、振り向いて確認したが、ニイジマは座ることなく、彼女のそばに立ったままだった。それが、彼のあり方だと思ったら、ますますオレの不信感は募っていった。
広場を抜け、表玄関につながる、木々の生い茂る遊歩道を歩いていく。きちんと整備されていて、美しい庭だとは思う。
二手に分かれた一方の道の先には、温室らしきものもあった。オレのいた時代のティアスが、植物園の話をしてくれたことを思い出していた。沢田は一緒だったらしいけど、二人じゃないって言っていた。でも、そんなことは、どうでも良いことなんじゃないかと、その時もそう思っていたし、今もそう思う。
この時代のあの二人が一緒にいる、あの姿の衝撃に比べたら。
温室の入り口付近に、人影が見えた気がした。オレ、うろうろしていたら、もしかして怒られるかな。守衛には止められなかったけど、見ないフリして通り過ぎよっと……。もう一方の道を進み、玄関の方へ向かう。あっちから宮殿に戻ることって出来るのかな?でも、なんかティアスのいた方に戻りにくいしな。
「くぉら!何してやがる、こんな時間に」
「うわ!でた!」
温室の前の人影が消えたと思ったら、イズミがオレの横に立っていた。コイツ、ホントに怖い……。
「てか、イズミこそ何してんだよ!」
そう聞いてから、コイツがいるときは、ろくなコトはないってことを思いだして嫌な気分になった。
「仕事だよ。さっさと戻るぞ。うろうろしてるんじゃねえよ」
イズミがオレの背中を突き飛ばす。そのくせ、彼の視線はオレではなく、温室の方に注がれていた。
「サワ……」
「静かにしろ」
思わず声を出したオレの口を、イズミが無理矢理塞ぐ。オレも彼も同じモノを見ていた。
温室から出てきたのはサワダと、サトウアイリ。木々にかすみそうな距離から見ているにも関わらず、存在感のある彼女と、消えてしまいそうなサワダが、妙に印象的だった。
「……あれも、内緒?」
「うーん……」
仲睦まじいとは言いがたい二人の様子を伺いながら、イズミは悪巧みをしているときの顔を見せた。
「本人以外はみんな知ってるからね」
「本人。あの本人?」
サワダが消えてしまうんじゃないかと、本気で心配してしまうくらい、彼の存在感はなくなっていった。サトウさんとの力関係によるものだろうか?
でも、オレの知ってる沢田は、佐藤さんに頭が上がらなかったし、その理由もわかりやすいものだった。先生だったし、惚れてたし。それ自体は本人含めて周知の事実だった。ティアスでさえもそう言っていたから。
「良いから、行くぞ。うっかり見つかっちゃったらバツが悪いだろ?」
イズミに押され、その場から逃げるように立ち去る。
でも、本人以外みんな知ってるって言うのは、どういうことだ?あの二人がこそこそ会ってるってコトをか?それにしては、護衛部隊のサトウアイリに対するあの嫌悪感と言ったら無いだろう。いや、それ以前に矛盾だらけだし。
ティアスも、これを知ってるのか?だってこんな時間に(明るいけど)わざわざ中庭で危険を冒して会う必要のある関係なんて言ったら……。
「そう言えば、中庭って、魔物が来るってこと?今日だって、来たんだろ?」
「え?ああ。今日くらいのレベルのヤツだったら入ってこれるかな。でも、この辺りには来れないよ。結界の張られている範囲が決まってるんだ」
その言葉を指し示すかのように、イズミは玄関の方へ向かうのに、あえて遠回りの道を選んだ。
「じゃ、危ないんじゃんよ!こんな所で密会とかしてるけど。なんで全体に張らない?!」
「地形とか、形とかで決まってるんだよ。あと、あえて隙を作ってある部分もあるし。テツは知ってるから、そんなところにはわざわざ行かないって。それにしてもお前さ……」
「なんだよ?」
なんか文句があるってか、これ以上!?
「方言、酷いよね。だからとりあえず、中王関係ではないと判断されたんだけどさ」
「酷いって!?」
いや、なんかプラスの方向に働いたみたいだけれど、だけどなんか失礼!
「そうでもないって!イズミも酷い!多分。しかも今、関係ないし!?」
「いや、じゃんだらりん、うっさいからさ」
「つーか、方言残ってんの?」
「残ってるだろうよ。中王が現れてしばらくの間、各地は隔絶された状況だったらしいから。まあ、何百年も前のことだし、オレにはよく判らないけど。妙な反作用みたいなもんだと理解してるけど」
「反作用……?中王が、昔のものを排除しようとすることに対すること?」
あからさまに「喋りすぎた」と言った顔をした。だけど、オレに対してではなかったらしい。彼は辺りを見渡し、オレに顔を近付け囁く。
「だっておかしいだろ?何でこの国は、わざわざ昔のものを残そうとするのか。だって、中身はきちんと進化してるのに、外側だけ。文化としておかしいだろ?あの地殻変動以前とは、環境そのものが変わってるのに」
「……どっちが、反作用だよ。中王が古いものを排除しようとすること?それとも……」
判らなくなってきた。この時代、この世界で何があるのか。あの地殻変動以来、何があったんだ。
オレは、あの地殻変動以前の人間だ。地殻変動も知らない。
どんなに地殻変動で、未来が判っているとしても、それでも、少しの時間でも、オレは元の時代の方がいい。
だけど、彼女の存在が、オレの心をここに残す。
「どっちだろうね。オレには、あんな風に人の上に立って、人民の頭を踏んづけようとしてる奴の気持ちなんかわかんねえさ」
「つーか、中王って幾つなんだよ。おかしいだろ?」
「今の中王は多分、サワダテッキと変わらんはずだけど?まあ、あの人は侵略者だからな。本来の中王とは違うって言われてるけど……オレには一緒にしか思えねえな」
もしかしてオレ、結構重い話をイズミから聞いてる?
「なんだよ。にやにやするなよ、気持ち悪い」
「いや、イズミのくせに、親切だな、と思って」
「……話しすぎたな。何か哀れだったからな」
哀れって……。オレのどこが?!哀れって言うなら、今さらだろうが!オレがここに拾われたときに、もっと大事にしろよ、もう!
「そういやさ、お前、最初からニイジマ中尉を知ってたよな」
「え?まあ、知ってたっつーか……」
「そっくりさん。お前曰くの『お友達』の中にいたってことだろ?写真持ってたし」
「でも、違う人なんだろ?」
「もちろん。だけど、そっちのそっくりさんなら判るんだけどさ、ニイジマ中尉も方言きっついよな」
そういえば。何かやっぱりオレの知ってる新島と混同してしまうから、気にならなかったけど、確かにこっちのニイジマがそうだとしたら、おかしいかも。気にしたことがなかっただけかもしれないけど。
「カントウの人じゃないってこと?」
いや、そもそも、ティアスの側の人でもないってことだ。ティアスはだって、あの大陸から来たって言ってたんだから。
「まあ、出身はそうかもね。しかも結構長いことオワリにいたんじゃねえのかな。そうなると、ティアちゃんの出身も怪しくなってくるな。明日になれば判ることだけど」
ティアスはどこまで、コイツらを信用してるんだろう。敵である可能性を8割だと言った、コイツらを。
オレは、彼らよりは信用されてる。それで良い。