Copyright 2006-2009(C) Erina Sakura All rights Reserved
このサイトの著作権は管理人:作倉エリナにあります。禁無断転載・転用
Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 続・序章 第5話 続・穴二つ 05/10
夜になったというのに、相変わらず空は、ただただ薄暗かった。飲み込まれそうで気持ちが悪かった。気持ち悪いと判っているのに、一人で部屋にいることが耐えられなくなって、ベランダに出た。
ベランダから外に出たら、今日みたいな目に遭う可能性はある。そう言ったのはサワダだった。イズミはそれを見ながら、また彼を笑った。仏頂面のくせに親切なサワダと、笑顔のくせに人を突き放すイズミ。随分慣れてきたけど、いや、慣れてきたからこそ、彼らの秘めているものを感じ取れるようになってきた。
最初のころより、彼らを信用してるし、疑ってもいる。
このバッジが何を意味するのか、オレは何も知らない。あいつらは悪いヤツらじゃないのも知ってるけど、オレが彼らにとって荷物にはなっても、利益をもたらす存在じゃないのも判ってる。だからこその距離感だと言うことも。だけど、あんな言われかたをしたら、気になるだろう。
オレに知られたくないこともたくさんあるだろう。オレだってあいつらの中に入っていけるとも思えないし、行こうとも思わない。だけど、分厚い壁を感じてるのも確かだし、それが怖いのも確かだ。
ティアスは、どうだろう。彼女だけは、オレを受け入れてくれてる気がしたけれど。だけど、触れることも適わないのに?
中庭の様子なんてほとんど分からないことは承知で、下を覗き込んだ。高くて足がすくみそうになっていたのは、最初だけだった。こんなコトはどうでも良いことなんだ、今のオレには。
一瞬、あの中庭の広場に人影が見えた気がした。不愉快で、吐き気がして、悔しくて震えているのに、オレは部屋を飛び出してエレベーターに乗っていた。この目で見ないと、現場を押さえないといけない気がしていた。
2階の窓から、二人いることを確認して中庭に向かった。出られるかどうかは判らなかった。だけど、通用口に立つ警備員にバッジを見せたら、案外あっさり通してくれた。
絶対、あれはサワダとティアスだった。だけど、違っていたら?オレはそれを望んでいるんじゃないのか?だから、確証が欲しいのか?
「夜中は魔物が出るぞ?」
広場へ向かうオレを止めたのは、ニイジマだった。風が強く吹いて、木々を揺らす。その揺れで、彼の姿を一瞬見失ったと思ったら、オレの横に立っていた。
「……お前こそ。ここをどこだと思ってるんだよ。お前は客人じゃないだろ?」
早く行かないと、いなくなっちゃうかもしれないだろうが。
「いや。明日辺りにでも、カナさんの部下としてこようかと思ってたんだが。オレ、こういう隠密的なこと苦手なんだよな、本来」
「出てきたしな」
「言うなよ、もう。さんざん怒られたし。そもそも、こういう仕事はコウタ向きなんだよ」
「つーか、部下としてって、そんな簡単なもんか?予定になかったのに。何とか言う別の人が来るんだろ?」
「西ニホン管理部のカツラ少尉相当官だよ。ほとんど研修生扱いだし、カナさんなら何とかするだろ」
なんとかってなあ。そう言う問題か?
「てか、なんでこんな所にいるんだよ。部下として来るのは明日以降だろ?急にいろいろ変わりすぎたら、またここの城の人たちが振り回されるし?」
「姫の護衛だよ。夜中に出歩くからさ。こないだもいたよ?」
そうなんだ。立派に隠密してる気がするけど。
「……ティアスは?」
「何、姫に用だった?あっちの広場にいるぞ。一緒に行く?」
邪魔しに来たのかと思ったら、そう言うわけでもないのかな。
「いや。用があるわけじゃないけど……。あの子、一人?」
「一人だけど」
見間違えか……もしかして一緒にいたのはニイジマってオチとか?
いや、それはないか。今日はそうかもしれないけど、昨夜は明らかにサワダだった。
「イズミ中佐とかに、見つかるだろ?こんな風に出歩いてたら」
「いや、もう開き直るしかないだろうよ。今まであの人がいたから見つからないようにって思うとホントに動きづらかったけど、もうばれてんなら、逆に気が楽だ。さっきなんか屋上で挨拶までしたっつーの」
「なんか、イズミの顔が思い浮かぶ……あいつホント、そう言うときは超笑顔で人の悪いこと言いそう」
「だよなあ。食えないよな。ただ……」
ちらっと、空を見上げた。その先には木が揺れているだけだったのだが。
「ただ?」
「『敵か味方か判らないから、仕方ないですよね』なんつってたけどな。まあ、その通りだと思うよ。今の状態では、オレもそうすることしかできないし」
「ティアスは、味方にしたがってたんだから、そう言えば良かったのに」
「いや、どうだろうな。必要ないし、必要なら姫が言うし。イズミ中佐自体は気にしてそうだけど、あそこの王子はそんなこと気にしてなさそうだったからな。『敵か味方か判らない』っつーのは、王子の受け売りだって言ってたからな」
他に誰もいない中庭を、ニイジマと二人で進む。
ニイジマがイズミに抱いた感想と、オレが彼に抱いた感想は、似て非なるものだった。オレは、あのイズミの考え方が不思議で、酷くミハマに依存しているようにしか見えなかった。だけど、ニイジマはそんなことは当たり前のこととして受け取っているように見えた。立場の違いなんだろうか。
広場のベンチに、ティアスは一人で座っていた。隣に誰か座っていたようなスペースを空けて。
「ユウト、どうしたのこんな夜中に?」
「あ、うん……。隣、座って良い?」
彼女は一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐに笑顔を見せてくれ、頷いた。だけど、彼女に触れられる距離までは近付かせてもらえなかった。ニイジマもいるし仕方ないかと思ったけど。
「あの後、サワダ議員に何か言われた?」
「え?あの後って?会ってないよ。すぐに部屋に戻ったし」
誰とも会いたくなかったって言うか。何も考えたくなくて、そのまま寝ちゃったんだよな。なんかここにいると、時間の感覚が狂うし。
「そうなんだ。目を付けられてたみたいだから、何か言われてないかと思って、ちょっと心配してたのよ。シンが間に入っていたみたいだけど」
良かった。やっぱりティアスは、オレのことを心配していてくれたんだ。立ち去ったと思ったけど、どこかでニイジマかセリ少佐が見ていてくれたんだ。
「気をつけてね。あの人のこと、全面的に信用するのは、なしだから」
「……ナイフ、向けてたから?あれって、オレが思うに、ティアスとあの人って……」
裏で手を組んでたって考える方が妥当だろう。それはおそらく、あの魔物の襲撃に関することか、ティアスの正体に関すること。
彼女はそのオレの心を読みとったかのように、大きく溜息をついた後、少しだけオレに近付いて囁いた。
「今日の襲撃は、仕組まれたものよ。あの人と、私の手でね」
「なんで?」
「それが、オトナシの意志だからよ。判る?猫がネズミを嬲るように、様子を伺っている」
最後にとって食ってしまおうと言うことか。
「なんでそんなことに、彼も君も、加担をする羽目に?」
「私は、ヤツの言うことを聞かざるをえない状況なのよ。私は捕らわれてる」
「無理矢理協力させられてるってこと?中王に?何でそんなこと」
「……国を、墓にすると脅されてる。それと引き替えに私はあそこにいる」
「それで、姫って……。だけど、それって」
少しおかしくないか?脅されてるって言っても、他にも方法があったんじゃないのか?それに、彼女の周りにいるのは、皆中央でそれなりの地位についてる軍人ばかりだ。
「正確には、もう半分握られてるんだけどね」
「握られてる?よく判らないよ。この国を墓にしようとすることと、ティアスの国は違うってこと?」
「そうね。少し違うかもね。中央と、この国と、私の国との関係のせいかな。私の国は、ニホンにはないの。人がもういなくなったと言われている大陸にあるのよ。北の話は聞いたでしょう?中央が北を封鎖してるのは、ここから人が外に出ていかないようにするため。だけど、あの先には国も人も存在している」
彼女の悲しい瞳が、強い意志に光る。淡々と、抑揚もなく話をしてくれているけれど、彼女の背負っているものが重いのは充分すぎるくらい伝わった。
「なんでオレにその話をしてくれたの?」
「どうしてかな?」
「……オレが、サワダ議員に目を付けられたからだろ?」
彼女は黙って微笑んだ。うそがつけない彼女に、オレは胸をなで下ろした。