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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと]

Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 続・序章 第5話 続・穴二つ 01/10



 セリ少佐は、ティアスの言葉をどう受け取ったのか、再び外を見つめていた。

「なんで、彼ほどの人が表に出てこないんでしょうね?この間、港に出てきたヤツの時も彼の動きはめざましかった。欲を出してもいい気がしますけど」
「……サワダ中佐のように、ってこと?」

 どうやら彼が高く評価しているのは、サワダではなくイズミのようだ。そう言えば、港であの二人が人間離れした戦いを見せていたときも、セリ少佐は見ていたんだったな。

「そうですね。逆に、サワダ中佐は目立つのを嫌がるタイプに見えましたけど。立場上仕方なく、と言った風に見えます」
「でしょうね」
「逆に、イズミ中佐は上層部からの自身の扱いに対して、不満を持っているように見えましたけれど」
「それは間違ってないかもね。だけど、表に出てくる必要がないってことを、彼は何より理解してる。だから、今の状態に彼は自ら収まっている」

 彼と彼女の言葉を受けたからかもしれない。それに、サワダがケガをしているからかもしれない。だけど、港での戦いの時より、イズミの強さを感じることが出来た。
  カリン姫が捌ききれなかっただけの数より多い、液体のような、人型のような、不定形故のスピードの速さの魔物達を、改造した小型のボウガンで次々に片づけていく。

「武器の改造も、彼が行っているのですか?」
「ほとんどね。ただ、スズオカ准将の力も大きいみたいよ?」
「ああ。あの……。でもあれ、見つかったらまずいですよね?」

 よく見ると、イズミの持つボウガンは、ただ「ボウガン」の形をしている拳銃のようでもあった。この世界で歴史の研究が禁止されてるのは知ってたけど、もしかして武器も制限されてるのか?

『本当の理由は?』
『抑制のため』

 なんでセリ少佐は「まずい」って言ったのか。この人達は、監査に来る立場のはずなのに。
  中王の目的を、吐き捨てる彼女は。

『ユウトは、私の味方でいてくれるよね』

 彼女は一体、何を考えてる?オレはどうしたら?

『ごめんね。多分、振り回されていると思うけど』

 それに、ミハマ……は……?
  今、オレ、結構とんでもない会話を聞いていて、とんでもない立場に立たされてる気がする。
  オレも振り回されてるけど、でも、ミハマも振り回されてないか?オレはこんなに話を聞いてるけど、あいつは知らないんじゃないのか?
  それに、ミハマが信用してるイズミやサワダだって……。仮に、あいつらが本当にそう言うように、ミハマのために全て行っていたとしても、それが全て彼のためになるとは限らないんじゃ?

「……ユウト、心配しないで。大丈夫よ?」
「え?」
「あなたを世話してくれてる、ミハマに恩を感じているんでしょう?だから、彼が心配なんでしょう?」

 また彼女は座り込んだまま、オレの腕に触れた。

「……うん。でも」
「大丈夫よ、悪いようにはしないわ」

 なんか、引っかかる言い方だけど。大丈夫なのかな。でも、彼女の味方でいるって、オレは言った。

「白か黒かなんて、はっきり割り切れるものじゃないでしょ?」
「うん」
「だから、みんなたった一つ、拠り所を求めてるの。それが、例えば神様だったり、お金だったり、他の人だったり、自分だったりね」
「……拠り所?」」
「そう。例えば、サワダ中佐やシンの拠り所は、ミハマよね。私にもそう言う存在はあるし、そこにいるコウタにも、拠り所はある」
「ティアスじゃなくて?」

 その問いに、彼女は黙っているだけだった。

「でも、姫も今は、オレの拠り所ですけどね」
「そう?」

 彼の台詞が気遣いなのか本音なのか、オレには判らなかったけれど。ティアスは少しだけ嬉しそうにしていた。

「コウタ、良いから」
「え?でも?」

 僅かに体を動かしたセリ少佐を、ティアスが制した。彼の疑問の言葉とほぼ同時に、中にサワダが入ってきた。オレ達と距離を保ち、入口近くに立ったまま、こちらを見ていた。

「……セリ少佐」
「この方を責めるおつもりですか?」

 この人、直球だな……。突然そんなこと言われたら、戸惑うか、反射的に怒るか。サワダはどっちだ?

「……責めるしかないだろう。ただ、判断はオレがするわけじゃない」

 サワダはサワダで、直球で攻撃してきたセリ少佐を無視して、ティアスを見ていた。

「コウタ。この人、判ってたのよ?」
「え?」

 思わず、声を漏らしてしまった。だけど、誰もオレの方を向くことはなかった。だって、ティアスは今、サワダが彼女のことを知ってるって、そう言ったんだぞ?それって気付いてたってことなのか?それとも……

「だけど、確実な証拠があるわけではなかった。そうでしょう?」

 サワダは、彼女の言葉に頷きもせず、ただ彼女を見つめていた。

「……シンのことは……」
「シンはシンで、あなたが疑う以上のことを言わなかったから、痺れを切らした。そうじゃないの?」
「それは……拡大解釈以外の何者でもない。オレは、そんなつもりじゃないし、そんな綺麗なことを言うつもりもない」

 彼女から目を逸らし、吐き捨てるように言った彼を、彼女は真っ直ぐに見つめる。

 なんだよ、これ。ティアスのこの態度。なんなんだよ。

「もうすぐ、ミハマ達が来る。どうせお前はカリンにも疑われてた。ただ、何者かはっきりしただけだ」
「……はっきり?」

 彼女の苦笑いに、サワダは溜息をつく。彼が、空いた壁の入口から、こちらへ近付いてくることはなかったけど。

「はっきりしてる。お前が、あの中央の楽師だってことは」
「名前も、顔もない女の、何がはっきりしたというの?」
「ここに、お前という存在がいれば充分だ。名前なんかあろうと無かろうと。顔すら必要ないかもな、ミハマにとってみたら」

 いや、顔は……見えてるし。なんかもう、サワダはミハマのことばっかり言ってて気持ちが悪いな。依存しすぎだっつーの。

「ミハマも、最初から気付いてた?あなたが気付いていたころから」
「いや……しばらくしてからだと思う。多分」
「なんで、私だって思ったの、あなただけは最初から。私は楽師としては、あなたの前では戦ったことはなかったのに」

 彼女がここに来たとき。魔物に襲われ、サワダが彼女を助けたとき。彼は彼女のことを「戦える」からこそ「疑わしい」と言っていた。けれど、それが直接楽師へつながっていたわけではないってことか?

「……何となく。だけど、カリンはお前の動きで疑っていた。『誰かに似てる』って。ミハマも……」
「他の人のことは聞いてないよ」

 サワダはただ、黙ってこちらを見ていた。

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