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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 続・序章 第4話 続・敵と味方がいる幸せ 10/10
「ちょっと……離して……」
か弱い声で逆らうティアスを抱え、サワダが連れてきたのは、オレの空けた壁の穴だった。穴を空けたは良いものの、結局危険すぎてテラスにも出られず、ミハマ達のいる廊下側にも行けず、どうしようもなく立ちすくんでいたところだった。
「アイハラ、コイツをここから出すなよ?」
そう言って、彼は彼女を静かに床におろし、オレ達を囲む透明な壁を指さした。
「お前も、動くなよ?オレはシンのフォローに行くから。出てこられたら守れる保証はないし。さっきは全員でにらみを利かせてたから、カリンのまわりもあの程度ですんだけど」
何か、かっこよくて妙にむかつくんですけど。ティアスも立ち上がり、何だか女の子の顔してサワダのこと見てる。オレの後ろに座り込んでたくせに。
「でも、ここも危ないんじゃ……?」
「大丈夫だ。この建物の中には入って来れない程度のヤツだから。大丈夫だったろ?」
確かに鉄柵は予想外だったけど、魔物自体はオレに気づきもしなかった。もしかして、イズミもオレが下手に外に出ないように「ここから動くな」なんて言ってくれたのか?
「サワダ中佐……」
ティアスの制止も聞かず、サワダは即座にイズミの側に走っていった。もしかして、こっちの方が近かったからなのか?彼女をここに連れてきたのって。
「あれ、テッちゃん。オレに任せてくれるんじゃなかったの?」
「忠犬が帰ったからな。仕方なく手伝ってやるよ。ただし、オレは怪我人だかんな。フォローしかしねえ」
偉そうなサワダの物言いに、イズミは何故か嬉しそうに笑う。
二人しかいないテラスに、あの人型を成していたコールタール様の物体が、雨のように降り注いだ。刃のように固い黒い物体はイズミ達の体を掠めるようにして彼らの皮膚を削る。床にぶつかると液体のように飛び散って、再び集まり人型を成し、警戒しながら二人に近付いてきた。
「……私も、出なくちゃ」
「ティアス!武器もないのに。そんな小さなナイフで?数多いだろ、昨日より」
ニイジマが持ってきたあの大鎌が「死神」とも称される「中王の楽師」の本来の武器なのだろう。イズミはあの武器を見たがっていたのだ。彼女の正体を確信出来るものを。
だから、昨日は余計に戦いにくくて、またケガをさせてしまっていたのかもしれない。どんな状態か、オレには判らないけれど。イツキ中尉や、ミハマ達の話を聞く限り。
オレだけが、何も判らない。
「でも、サワダ中佐もケガしてるし。正体ばれたんなら……」
「ばれたって、サワダはここから出すなって言ってたから、戦うなってことだろ?」
そう言ったら、やっとティアスは溜息をつきながら、壁にもたれ、思いとどまってくれた。ずるずると音を立て、そのまま滑り落ちるように、壁際に座り込んだ。ホントは、疲れてたはずなんだ。
「……姫」
「うっわ!!何、突然?!」
音も立てず、気配も感じさせず、ティアスの前に跪いていたのは、全身黒ずくめのセリ少佐だった。驚き、倒れ込んだオレなどいないかのように、彼は真っ直ぐに彼女だけを見ていた。
「戻りなさい」
「姫、さっきのトージの行動……オレは……」
「判ってるから。でも、ああでもしないと、あいつは引っ込まないでしょ?責められるのは私だけで良い」
そう吐き捨てると、大きく溜息をついて、小さく縮こまるように自分の膝に顔を埋めた。
「姫は、イズミ中佐が本気ではなかったとおっしゃっていましたが、あなたこそ、本気でそうだと?」
「ええ。あの状況で、私を斬るわけがないのよ。ミハマが見てるんだから」
それを理由にしてるって言うのが、判んないよ。確かに、あいつはちょっと異常なくらい、ミハマと、護衛部隊と、それ以外、って言う線の引き方をしてるところはあるけれど。だけど、その極端さは納得は出来ない。
「だったら、そうだと言ってくだされば」
この人も!?セリ少佐も、ちょっとおかしくない?ティアスがそう言ったら、そうだってこと?納得できるのか?
「伝える時間なんて、無かったでしょう、今まで……」
彼女もまた、彼の台詞を当たり前のように受け取るが、少し困った顔もしていた。
ニイジマがオレに、彼女とのつなぎを頼みに来たくらいだ。一時期、何のために?とニイジマを疑っていたけれど、なんだかんだ言って彼らはコンセンサスをとれていなかったわけだ。そう思うと、彼女がセリ少佐の言葉に頭を抱える理由も判るかも。優秀な人かもしれないけど、ちょっとずれてんのかな。
「しかし姫、あの方とはきちんと話されているのですか?時期が早すぎる」
彼は外をちらっと確認した。つられてオレも外を見ると、空は暗いままだったが、未だ雲になっていない方のプテラノドンがいなくなっていた。
「ユウト」
突然、彼女がオレに手を伸ばしてきた。壁を向きつつ、座り込んだままのオレの腕に、そっと触れた。
「ユウトは、私のこと、判ってくれるよね?だって、優しくしてくれたから」
やばい。彼女との距離はこんなに離れてるのに、微かに触れただけの部分が酷く熱い。その熱が、オレから思考能力を奪っていく。
オレは、何も判らない、何も知らないはずなのに、何を判ってあげられる?これから判ってあげられる?
「……オレ、何か出来るかな?」
「どうして?ユウトは優しいじゃない。一緒にいると安心するわ」
彼女のその妖艶な微笑みに、思わず手を伸ばしてしまいそうになったけれど、セリ少佐に睨まれてしまったので引っ込めた。
「ユウトは、私の味方でいてくれるよね」
「もちろん」
「良かった、そう言ってくれると思った。嬉しいよ」
笑顔から一転、彼女はセリ少佐に上司の顔を見せる。
「時期の話は、後で私からあの人にするから。あの人が、決して味方ではないってことくらい、判っていたことなのに」
「先手を打たれた形ですかね」
「悔しいけど、そう言うことになるわ。でも、あの程度の魔物ならケガをしててもサワダ中佐の敵じゃない」
外を見るティアスと、外を、セリ少佐は交互に見た。その視線に気付いたティアスが、再び彼に困ったような、照れたような顔を見せた。
「イズミ中佐も中央では表には出てこないけど、相当な使い手だから。彼も、この国の守護の一翼を担っているわけだし」
言い訳のような台詞に、彼女の手を取り、問いつめてやりたくなった。