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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 続・序章 第4話 続・敵と味方がいる幸せ 09/10
イズミがわざとらしく指したその先に誰がいるかは、オレには大体予想がついた。多分、イズミもサワダもその存在を知っていて、ああいう態度なのだろう。ティアスはその指の先を見なかった。
「そんな小さなナイフなんかで戦ってるから、ケガしちゃうんでしょ?君の部下が心配してるよ?」
どっちだ?ニイジマか?セリ少佐か?どっちが姿を見られてるんだ?いや、もしかしたら、ホントは誰もその場にはいないけど、港で見かけたセリ少佐の姿から察して、カマかけてんのか?彼が「楽師寄り」の人物だって、ここの連中ならよく知ってる。特に、楽師と交流のあるサワダやミハマなら。それをイズミが聞いてってことだって考えられる。
何でオレ、こんな時に見てるだけしかできないんだ。ティアスが困ってるのに。
こうしてる間にも、昨日の魔物がティアス達のまわりに迫ってるのに。
「カリン!戻ってろ!」
駈け寄ってきたカリン姫を、サワダが制した。再び、彼女を黒い人型の魔物が襲おうとしていたが、やはりサワダの投げたナイフによって溶けていった。それが、彼女には気に入らないようだった。
「五月蠅い!私も戦う!」
「相手見てから言えよ。引っ込んでろ!分析出来てんのか?!」
サワダ……それ、どう考えても逆効果。何でわざわざカリン姫の気を逆撫でるような言い方しかできないかな。帰らせるなら、もっと他に言い方があるだろうが。邪魔なら「邪魔」としか言えないのか……。気を使ってくれてるのは判るんだけど、口が悪すぎるよ。仲が悪いのもあるかもしれないけど。
「……カリン姫、本当に下がっていた方が……。ヤツら、あなたに狙いを定めたから」
「え?」
ティアスの言葉に、その場にいた全員が疑問を投げた。まるで魔物の考えが判ったかのような彼女の発言にはオレも疑問を持ったけど。
そして、その言葉を証明するかのように一体、また一体と、増えていく人型の魔物が、次々とカリン姫のまわりに集まり始める。
もしかしてコイツら、対抗力のないものを判別して襲ってるってことか?だから昨日も、オレは狙われたってこと?
「……なんで?!」
姫は槍を振り回し、魔物を蹴散らしていくが、べしゃっと音を立てて床に散らばった魔物は、そこからさらに増えるばかりだった。サワダが近付きながらナイフで一体ずつ倒していくが、埒があかない。彼は手に持っていた大剣を構え、振り回し、敵を蹴散らしていく。
けれど、空を覆う暗雲は、徐々に濃さを増していく。
「本当に戦う気がないのね」
「だって、オレの役目はミハマを守ることだし。その役目の一貫として……」
腰に下げていた、片手で持てるくらい小さなボウガンを掴み、彼女に向けた。その先端からは刃が現れた。その刃を、ティアスの喉元に近付ける。それでも彼女は、イズミを見ずに、空を見ていた。
イズミのヤツ、何つーことを……。ティアスに当たったらどうする?ちくしょう、どうしたら良いんだ。ここから戻ってたら間に合わないし……。
さっき、暗雲が飛ばした鉄柵は、驚くほど綺麗に目の前の透明な壁を貫いていた。けれど、所詮監視用のガラスが壁のように見えているだけのものだ、そこからひびが入っていた。これを割った方が早いかも……。オレは鉄柵を掴み、体重をかけて穴を広げようと動いた。
「外敵になりそうなものには、警戒しないと」
「シン!」
叫んだのはサワダだった。ミハマも飛び出してくるかと思ったけど、出てこなかった。何でだ?ティアスのこと、心配じゃないのか?
「……シン、こんなの……」
ティアスがイズミに何か言いかけていた。だけど、その間に割って入ったのは、どこからか現れたニイジマだった。さすがに制服を着てはいなかったけど。背中に一本大鎌を担ぎ、自身も一本手に持って、イズミの手からボウガンをはじき飛ばした。
いや、偉いけど、なに考えてんだ?!
「……茶番だわ」
「オレが相手になろうじゃないの?」
ティアスの前に立ち、イズミに向かって鎌を向け、すごんで見せていた。ティアスを守るモノが現れたことに、オレは胸をなで下ろしていたけれど、肝心な彼女は頭を抱えて溜息をついていた。
「バカ」
呟くティアスの態度に、イズミもまた、鎌を向けられてるくせに苦笑いをしていた。
「……ニイジマ中尉!?」
いつの間にかカリン姫の周りにいた魔物を蹴散らしたらしく、彼女を廊下の方へ逃がしたサワダが彼らに近寄ってきていた。
「あんたが出てきてどうすんのよ!意味のない!!」
助けに来たはずのニイジマを、ティアスは後ろからケンカキック。意味が判らない。てか、乱暴だよ……ティアス……。
オレの落胆と共に、体重をかけていた鉄柵が不意に軽くなったかと思うと、壁が壊れた。だけど、誰も壁から出てきたオレのことを気にしてはいなかった。
「だって……この状況は出てこないとまずいだろ?いくらなんでも。この人、本気だったし!魔物だって迫ってきてるし!つーか、こんな状況で何やってんだよ!もっと自分の身の安全を考えろ!」
「大丈夫よ、これくらい!それに、シンは本気だったけど、手を出すわけないのよ。ホントに手を出すなら、ミハマが出て、止めに来るわよ」
「そんなこと言われたって、判るかよ、もう……」
ティアスって、もしかしてあんな目に遭ってたのに、イズミが自分を刺すわけないって思ってたのか?それも、イズミではなく、ミハマが出てこなかったからって言うだけの理由で?しかも、こんな魔物に囲まれた状況で?
「……そっか。そうだよな……」
「何?テッちゃん、心配した?」
大きく息を吐き、イズミの横に立ったサワダに、イズミはいつもの嫌味な笑顔で彼をつついた。その二人を、黒い魔物が少し離れて様子を伺うようにして囲んでいた。カリン姫に対する態度とは随分違う。
やっぱり、コイツらは人を見て判断してる。ティアスが空を睨んでいても、あまり襲われなかったことも、そう言う意味なのか?
そう言えば、コイツらは何でテラスより中には入ってこないんだ?こっちにはそれこそ戦闘力のないオレもいるし、未知数のミハマやイツキさんがいるのに。もしかして何かしてあるのかな、この王宮に。
「何を!?誰を?!」
顔を真っ赤にして噛みつくサワダを、イズミは笑い飛ばす。
「別に?それより、正体もはっきりしたんで……」
いつの間にか、月のない夜と間違うくらい、空は真っ黒だった。未だ夕方だし、今は白夜の季節だからそんなことあるわけないのに。
「被害の広がらないうちに、叩かないとね?」
ボウガンを構えながら、ちらっとニイジマの方を伺った。彼が自分のミスを悔いているのを見るために。
「さっさと戻りなさい。カントウの姫君もいるのよ!?」
「……でも、あんたはケガしてるし……オレが怒られる」
いや、今も充分怒られてるし。情けないぞニイジマ!
へこんでいるニイジマの背中から、鎌を受け取ろうとしたティアスを、止めるものがいた。
「……ちょっと!サワダ中佐!?」
サワダは剣をその場に置いて、彼女を抱きかかえ、鎌をニイジマに突き返した。もちろん、彼女は暴れていたけどお構いなしだ。
「シン、あと頼むぞ。2匹くらい、何とかなるよな」
「……ありゃ。テッちゃん、もしかしてめっちゃ怒ってる?」
怒ってると思うな。あの様子だと、サワダはイズミがティアスを刺すもんだと思ってたっぽいし。大体、既に顔が不機嫌だし。
「怒ってる。それにこっちは怪我人だし。そこの忠犬と一緒に何とかしろよ?」
「えー。この人は帰っちゃうでしょ。飼い主に怒られてるし。元気そうじゃない?その子、置いてってよ」
イズミはそう言ってティアスを指さすが、サワダに一瞥され、苦笑いを浮かべた。
「……サワダ中佐、その……」
ティアスを抱えて歩き出したサワダに、言葉を詰まらせるニイジマ。
「コイツには戦わせないから」
その言葉をどう受け取ったのか、ニイジマは消えていた。