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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 続・序章 第4話 続・敵と味方がいる幸せ 05/10
当然のことだが、ティアスはちらっとサワダ議員の顔色を伺った。何故かサワダも一緒に。
「行っておいで。王子をお守りするのがお前の役目だろう」
表情を崩すことなく、穏やかな声でサワダ議員は息子にそう言った。息子の方はと言えば、目を伏せ、まるで項垂れるように会釈をし、ミハマのそばに歩み寄った。
「……私は……」
「好きにすればいい。年の近いものと一緒の方が、君も気楽だろう?挨拶はあとですればいい。テツもな」
「……そうですね」
ティアスはミハマとサワダ議員の様子を、視線だけで交互に伺いながらも、静かに頷いた。サワダも、父の言葉を受けて頷いたが、彼の視線はティアスを見ていた。
「テラスって……?」
どこのことをいってるのか判らなかったので、イズミに聞こうと思ったら、既に立ち上がっていた。
「って、待てよ!もう!」
といったところで、連れてってくれるわけもないし。どうせイズミの行くところはミハマの行くところなんだから、ついていくしかない。
ミハマ達がシュウジさんを置いて表口の方から連れ立って出ていったことを確認してから、イズミは個室を出た。オレも小走りでそれについていく。イズミはオレが入ってきた方とは逆の、監視部屋の奥に向かっていた。
オレが入ってきた入口と同じような梯子段があり、そこを降りていく。位置的には階下の表玄関の横辺りになる。
「イズミ!」
梯子段を降りきったところで叫んだら、睨まれた。壁を指さすので従って覗くと、微かに光が漏れていた場所から向こう側を確認できた。
「……ごめん」
カリン姫がこちら側をじっと見ていた。壁しか見えないはずなのに、まるでオレ達が見えているかのように。
「ついてくるなら、黙ってついてこいって」
イズミらしからぬ台詞を吐いて、僅かな光が差すだけの、床も見えないような暗く細い裏道を、迷いもせずに歩いていく。壁一枚挟んだ向こう側を歩く、ミハマ達と同じ速度でゆっくりと。
壁にある覗き穴には先ほどの監視部屋と同じようなガラスが仕込んであった。もう、カリン姫は、こちら側にいるオレ達を見てはいなかった。隣を歩くミハマだけを、乙女の顔で見つめながら、笑顔で話をしていた。その二人の後ろをサワダとティアスがついていく。
あの夜の彼らから考えると、不自然なくらい、距離をあけながら。
「……なんだよ?」
突然立ち止まったイズミを責めたら、再び睨まれてしまった。彼は黙って、目の前の壁を指さす。同じように空いた微かな隙間から向こう側を覗くと、そこにはこの王宮の一面全てを渡った、ベランダが広がっていた。しかも一面だけではなく、角を渡って向こう側にも続いているようなので、かなりの広さだろう。
ただ、外側に面した部分は、天井まで全て、まるで鉄格子のように囲まれていた。なんだか鳥かごのようだった。安全のためなのだろうけど。
でも、このテラスは初めてみたな……。こういう、外部からの客を迎えるために用意されてるってことなのか?明らかに逆側にある、王族の居住区や、軍部側とは違っていた。オレやティアスのいる客間のある側でも、ここまで厳重ではない。ただ、この檻のようなテラスを見てしまうと、客間側にあるベランダのフェンスも、天井まで囲っていないにしろ、檻のように見えてきた。
オレ達のいる客間は、ちょうどあの角を渡った向こう側に面している。このホテルそのままの、四角い王宮は、面している側で全く表情が違うのだろう。
そう言えば、初めてシュウジさんの私室に入ったときもベランダがあったことを思い出した。似合わない真っ白いテーブルと椅子がおいてあった。だけど、フェンスは高くなかった。
このテラスにあった調度品は、さすがに来客用なのか、シュウジさんの部屋にあったものより遥かに凝った作りのものだった。でも、やっぱり色は白かった。
ミハマはオレ達が覗いている場所から一番近いテーブルを選び、カリン姫に座るように促した。彼女の横顔が、オレ達に見える席に。その両隣にミハマとサワダが座り、カリン姫の向いにはティアスが座った。サワダの背中が、オレ達の真正面にある。
もしかしたら、座り方も、ここに来ることさえも、「いつも通り」ってヤツなのかも。
だって、ここから様子を伺ってくださいと言わんばかりの並び方だ。こんなに近くで、イズミはいつも覗いている……。
背筋が寒くなってきた……。
「え?」
隣にいたイズミは、ミハマ達を見ているのかと思ったら、オレを見ていた。怖すぎる……。
「声、そこにあるイヤホンで聴けるから。黙ってろよ?」
監視部屋にあった個室には5つもヘッドフォンがあったのに、ここにはどこからつながってるのか判らない、小さなイヤホンが一つぶら下がっているだけだった。しかも、イズミが指ささなければ判らないくらい壁に溶け込んでいたというか、暗くて見えないと言うか。
「イズミは……」
「少し聞こえてるし、唇を読むから」
「……ああ、そう」
ますます隠密だよ、それじゃ。怖すぎるよ。どんなスパイだお前は。何かもう、これ以上イズミのこと知りたくないかも。声なんかほとんど聞こえないのに。
イヤホンを渡してくれたのも、オレに静かにしてろと強制するための餌なんだろう。この状況ではそれに従うしかない。彼が文句も言わず、オレをこんな風に自由にしてくれていることですら奇跡的だ。
イヤホンを耳に付けると、ミハマ達の声が聞こえてきた。さっきの部屋に比べると設備が悪いのか鮮明には聞こえなかった。
ミハマとカリン姫は仲がよいように見えた。サワダの話によると、彼らは(サワダも含めて)幼馴染みらしいから、当たり前と言えば当たり前だろう。先ほどの謁見の間での様子とは違ってタメ口だし、呼び捨てだし。
こっちの二人がいつも通りなのだとしたら、あの謁見の間での二人が少しだけ哀れだった。
ミハマは、ティアスとも随分近い距離にいるように見えた。彼が彼女に好意を持っていることは知っていたけれど、オレの前で見せる二人の姿とは違うように見えた。考え過ぎかもしれないけど。
彼はきっと、オレが彼女を好きだと思ってる。明確にそう思ってなくても、少なくとも気にかけてる、程度には思ってるだろう。
だから……もしかしたら気を使ってるなんて思ってたんだけど。
「ねえミハマ、何で連れ出したの?」
「え?だって、随分疲れてたみたいだから」
ミハマの彼女への気遣いは、いろんな意味にとれた。
彼女はもともと体調も万全ではないし、何よりあんな緊張感あふれるところに連れ込まれて責められるし。責めた人は目の前にいるわけだけど。まあ、あのエライ人たちがたくさんいる場所よりはマシかもしれない。ミハマは、何だか全部判っているみたいだな。
「……うん、まあ。ありがとう」
カリン姫の横顔と同様、ティアスの横顔もよく見えた。儚げに微笑む彼女は、日の光に晒されているのも相まって、本当に綺麗だった。その様子を見て、ミハマも微笑む。端から見てると、二人はまるで美しい恋愛映画の1シーンか何かのようで、嫉妬するよりも見入ってしまっていた。サワダと彼女が仲良さそうにしているところを見たときは、あんなに苦しかったのに。
「サワダ議員が後見になっておられると聞きましたけど?ティアス殿。名字は……」
二人の間に割り込むように入ってきたカリン姫の目は、完全に敵を見るものだった。
そう言えば、ティアスって名字で呼ばれてるのを聞いたことがないな。オレの知ってるティアスには、日本での名字を聞いたけど。元々、ベルギーに住む前は横浜に住んでたわけだし。
「魔と戦うものならば、名を知らさぬものがいることはご存じではありませんか?イイヌマ様。あなたも、戦われるのでしょう?」
カリン姫はそんなこと一言も言ってないのに、ティアスはそう言った。まるで、彼女がティアスを見透かしたのに対抗するように。
「カリンで結構。それは父の……カントウの家の名ですから」
微妙な緊張感だなあ。さっきの会話もそうだけど、お互いに警戒してるって言うか。警戒してるのが表立っているというか。
「天からくる魔と戦える力を持っているからこそ、サワダ議員は後見として立ってくださっているのです」
「では、元々はどこであの方とお知り合いに?」
カリン姫がこっちを見た。と思ったら、オレ達に背を向けているサワダの様子を伺っていた。