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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと]

Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 続・序章 第2話  続・これもきっと何かの縁 09/10



 時計が深夜2時を指していたけれど、外は夕暮れのままだった。城の中は随分静まりかえっていたはずだけれど、医務室の扉の外が急に騒がしくなった。

「全く、あなたはホントにどうしようもないですね。わざわざテツが報告しにきたんだから、おとなしくしてなさい!」
「だって、心配だろ??シュウジ、五月蠅い!」

 ミナミさんの傍らで、イズミが声を殺して笑っていた。中に入ってこないのに、誰がきたかすぐに判るって言うのは凄いっつーか……バカだな。

「これはこれは殿下。こんな夜更けに」

 軍医は襟を正し、満面の笑みで扉を開け、敬礼をした。判りやすく態度が変わったのを見て、イズミの言いたいことが判った。

「いや……それより、ミナミ中佐は?」

 子供のように言い争っていたのを見られて恥ずかしかったのか、ミハマもシュウジさんも2人揃って咳払いをしてから、営業スマイルで軍医に答えた。

「ええ。奥のベッドに。傷は大したことありませんが、しばらく安静にしていただいた方がいいですね」
「そう。ありがとう。こんな夜中に悪いね」

 軍医の態度の変化を知ってか知らずか、ミハマは笑顔を見せ、彼を労った。そのミハマの後ろで、シュウジさんは黙って、彼らの様子を見ていた。

「……テツ、いないな。てっきり一緒に戻ってくるかと思った。いつもなら、シュウジさんと一緒にミハマのことを怒ってるとこなのに」

 イズミが隣に立つオレに聞こえるかどうかと言った声で呟いた。多分、ベッドに横たわるミナミさんには聞こえていないだろう。
  でも、彼の言うとおりだ。ここにサワダがいないのは、何だか不自然な感じがした。

「サラ、大丈夫?」

 ミハマは心配そうな顔でオレ達の元へ駆けよってきた。その様子を、軍医は眺めていた。隣に立ったままのシュウジさんを気にしながら。

「ミ……殿下。申し訳ありません、こんな時間に」
「いいよ。心配だったし」

 彼もまた、ちらっと、軍医の方を見た。それはホントに一瞬のことだったけれど。

「誰1人、欠けてもらっても困るから」

 その台詞は、果たして誰に向けたモノなのか。彼の台詞と笑顔に、何より、誰より喜んだ顔をしていたのは、イズミだった。

「殿下、サワダ中佐はどうしました?」

 軍医がいるせいか、イズミが気持ち悪いくらい丁寧にミハマに話しかける。

「後から来るって言ってたけど。ちょっと、用があるって言ってたから」
「用事?こんな時間に?」
「うん。……スズオカ准将!」

 ミハマが、軍医の隣で煙草を吸っていた(ここ禁煙だと思うけど)シュウジさんに声をかける。それを合図に、シュウジさんは軍医に人の悪い笑顔を向けた。

「申し訳ありませんが、席を外していただけますか?殿下のご命令ですので」
「え?は……」
「殿下のご命令です」

 軍医は敬礼をし、医務室を出ていった。それを見届け、シュウジさんがオレ達の方へと歩いてきた。

「あの人、医者なら偉いんじゃないの?年もそれなりにいってたし。まあ、ミハマの命令って言われたら退くしかないだろうけど。階級章、見たこと無いヤツだった」
「ああ、そうですね。軍医はまた別の階級になりますから。彼は軍医少佐ですから、上の方ではありますね。こんな夜に出てくるような階級の人ではないんですけどね」

 彼は説明しながら近付いてきたが、さすがに煙草の火を消してから、ベッドの横に立った。

「そう?テッちゃんの名前出したら、喜んで準備してくれたよ?」

 不愉快そうに答えたのはイズミだった。そう言えば、内線をかけたのは彼だっけ。

「まあまあ。いつものことですよ。シンが怒ったところで、彼らが変わるわけではない。もっと建設的に、復讐することを考えた方が」
「復讐を建設的に考えてどうするんだよ」

 ミハマが溜息をつきながらシュウジさんに突っ込む。この人も、頭がいいんだか、何だかなあ。

「サラ、無事で良かったよ。先生には連絡してあるから、もう少しゆっくり休めると思うよ」
「ありがとうございます」

 先生は、外にいますけど?もしかして、以前サワダの話をしてたときに言ってた「先生」かな?サワダの主治医みたいなもんだと思ってたけど、もしかしたら、この人達にとって気心の知れてる医者ってことかも。
  イズミやミナミさんは、階級が高くても、この国では扱いが悪い。あくまで相当官であったり、出生が違ったり、なんて言うくだらない理由ばかりだけど。

「動かしても良いらしいから、明日には部屋に戻ろう。今夜はオレがここにいるから」

 彼がこんな穏やかな笑顔を人に見せられるのかってことに、オレは驚いていた。開いた口がふさがらない。イズミは、ミナミさんを安心させるために、優しい言葉を彼女に聞かせる。

「そうか。悪いな」

 それに対して、ミナミさんも優しく微笑んだが、あっさりしたもんだった。うまく行かないもんだな。これが、サワダ相手だったら、彼女の態度は全然違っていただろうに。

「とりあえず、テツがもう一度、顔を出すと言ってたので、それまで待ちましょうか。アイハラくん、そこの窓開けてくれますか?」
「あ、はい」

 オレに指示しながら、シュウジさんは煙草を取り出した。怪我人いるのに吸う気だよ、この人。あと、オレも一応怪我人なんですけど。動けるけどさ。
  仕方なく、言うとおりに窓を開ける。ベッドからはちょっと離れてるから、まあ良いか。

「てか、ちょっとくらい我慢できないのかよ?まあ、良いけどさ。せめて、そっちの奥で吸ってきてね。換気扇の下。アイハラ、ついでにあっちの窓も開けて」
「人使い荒いな」

 文句を言いながら窓を開けた。位置関係がよく判らないけど、中庭と、その奥にある温室が見えた。確か、反対側は訓練場に直結してるから、こちらは穏やかなもんだった。客間もこちらに面してるはずだ。まあ、医務室が訓練場側や墓場側にあったら、落ち着かないだろうけど。ここは3階だから、けっこう下の様子がよく見えるし。
  深夜の夕暮れの中、奥にある温室を囲む木々の間を縫って歩く2人の影が見えた。

 見間違えるはずがない。ティアスとサワダだった。
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