Copyright 2006-2009(C) Erina Sakura All rights Reserved
このサイトの著作権は管理人:作倉エリナにあります。禁無断転載・転用
Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 続・序章 第2話 続・これもきっと何かの縁 08/10
それがサワダの気遣いなのか、オレにはわからなかったけれど。彼はミナミさんを医務室まで連れて行った後、医務室の先生に状況報告をして、彼女に精一杯優しくしておきながら
「オレ、ちょっとミハマに報告してくるわ。ミナミさんのこと、頼む」
とだけ残して、彼女の手当てを手伝うイズミが制止も聞かず、医務室を出て行ってしまった。
彼女は、彼にいて欲しいんだと思うけど、そういうところの判らない男だな、ほんとに。
「待たせてしまって申し訳ない。災難でしたね。客人のお名前は何と言いましたか?」
ミナミさんの手当てを終え、彼女をベッドに寝かせた後、座って待っていたオレに先生が話しかけてくれた。イズミはもちろん、オレの方など振り向きもせず、ミナミさんの横につきっきりだ。
浅黒い顔にたっぷりの白いひげを蓄えた、初老の男性だった。白衣を着ているからよく判らないけれど、かなりいい体格をしている。
「アイハラです。すみません、こんな夜中に」
「はは。良いですよ。この季節は何時間でも残業してられますから」
えっと……なんか、そういうジョーク的なものは、感覚が違いすぎてよく判らないんですけど。
「それだけ、人に気が使えれば大丈夫だ。怪我をしたのは足だけですか?サワダ中佐のお話では体内に異物として魔物が侵入してきたとか?」
「え?はい。でも、もう別に。ちょっと、違和感が残ってるくらいで」
サワダのやつ、あの状況でよく見てるよな。でも、見てたくせに、オレを助けに来たのはティアスだった。それって……。
「毒のない魔物だと中佐はおっしゃていたけれど、ちょっと見せてもらえます?私は魔物の影響に関しては専門ではないから、何とも言えませんけど……」
「あの……毒がある魔物の場合は?」
「え?そりゃあ、ものにもよるけど、なんともしようがないよ。今の医療じゃ、どうしようもないから」
この人、ほんとに医者??笑い飛ばしちゃったよ。
「そんな当たり前のことを聞いて、どうしようと?そんなに心配しなくても、中佐がきちんと状況説明をしていってくださったから、対処できるさ。あの方は若いが魔物の対策に関してはスペシャリストだから」
そうか。オレが何も知らないってこと、知らないわけだもんな。余計なこと言ってしまった。
「あ、でも、それなら、イズミ中佐も……」
「サワダ中佐のおっしゃることですからね」
なんか、引っかかるな。嫌な言い方。
喋りながらも、喉の奥を見たり、目の中をのぞいたり、足の手当てをしたり、と手際は良かった。良かったけど、なんか、ながら作業ってどうなんだよ?!。
「足の傷だけのようですね。傷も深くないので、1週間もあれば完治しますよ。歩くのにも支障はないようですし。それから、体内に異常はないようです。無理やり侵入されたから違和感は残っているでしょうが、痕はない。ただ、新しいタイプの魔物のようなので、しばらく様子を見てください」
「ありがとうございます」
と言っては見たものの、なんか、納得いかないな。これで良いのか?
不満を思わず顔に出していたら、奥のベッドから、イズミがオレを手招きしていた。
「ちょっと、彼女の様子を見に行っても良いですか?」
「どうぞ」
ひげ面の軍医は常に笑顔の気さくなおじさん、と言った感じだったが、オレはどうにも好きになれなかった。
「何だよ。ミナミさんは……?」
「大丈夫だよ。きっともうすぐ殿下がいらっしゃるから」
ベッドで横になりながら彼女はかすれた声でそう言った。いつもの硬い笑顔を見せながら。
反面、イズミはむっとした顔で、軍医を睨んでいた。
「余計なこと、喋るなよ?」
「え?……あの人に?」
椅子に座ったまま、声を潜めて話すイズミにつられ、オレも彼らに顔を近づけ、小声で話す。
「何で?」
「別に、ミハマが来たらわかるさ。テツのやつも、余計な気を使いやがって……」
「その……テツのことだけど」
彼女が体を動かし話を始めようとしたので、彼は彼女を抱えるようにして優しくもとの姿勢に戻してあげていた。
「テツがどうかした?」
「彼女と……サワダ議員の客人と一緒に、助けに来てくれたんだ」
「一緒に?何で?つーか、何であの子、外に出てるの?大体、まだケガが酷いくせに?」
「わからない。後で確認しようと思ったけど。お前も何も聞いてないのか?」
「聞いてないよ。アイハラ、お前、なんか知ってんじゃないの?」
「知らないよ」
「そうだね。知らなかったら、突っ込まない」
オレを睨むイズミを制すように、彼女がフォローを入れてくれた。
「でも、こいつは」
「シン、今はアイハラくんの話じゃない。そんなに彼を責めるな。彼は何も知らないよ。彼女が外に出ていたことに関しては、サワダ議員に確認したほうが良いだろう。彼女の行動に関しては、現在後見である彼がすべての権限を持っているし、彼が口を利けば、外に出ることも、行動の自由も得ることが出来る。それだけの話だ。ただ、そうなってくると」
「そうだね。テツの言ってた説は、結構濃厚な気がするな。何で一緒にいたかは微妙だけど」
ちらっと、イズミが彼女を伺う。多分、彼女もオレと同じで、あの二人の仲を疑ってる。でも、オレが彼らを疑う理由と、彼女が彼らを疑う理由は確実に違うはず。何で、彼女は彼らを疑っているんだろう?
「あの二人って、もしかして、仲良い?こないだ、二人きりで部屋にいたのを見たけど」
「さあ?テツは何も言わないし、あの人そもそも女嫌いだし。その割には、まあ、よく話はしてるみたいだけどね。ミハマが彼女のところに行くのについていってたんだけど、慣れたんだか、二人でも平気みたい」
そこまで言ってから、彼は彼女を気にして、話すのをやめた。オレの知らないうちに、いつの間にか、彼らは近づいていたってことか?
「ミハマはティアスのこと気に入ってた」
「だね。珍しく……つーか、初めてじゃない?あんなにご執心なの。可愛いもんだけど。まあ、あんまり良いこっちゃないけどね。あの人の息がかかってるなら。テツの言う説がホントなら。テツがあの子と仲が良くなるなんて、考えにくいけど?ねえ、サラ」
彼女に対する問いかけが、どんな意味を持っていたのか。彼女は黙って頷いた。彼女が二人の仲を疑っているとイズミはわかってるくせに、ああいう言い方をする。だけど、その様子は、さっきみたいにサワダに花を持たせる行為に比べたら、ずっと自然な気がした。
彼女のこと、欲しいと思ってるなら。