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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと]

Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 続・序章 第2話  続・これもきっと何かの縁 03/10


「オレ、迷惑かけてました?」

  白夜の中の公園を、ミナミさんはオレの先に立って歩く。見晴らしのいい安全な道を選んでいるようで、城に向かうには、少しだけ遠回りだった。
  彼女の腰に下がるレイピアを見てしまったオレは、彼女の後を恐る恐るついていく。軍人なのだから当たり前だし、あの城の中では慣れたけど、やっぱりこの物々しい格好とこの平和そうに見える町並みには違和感を感じてしまう。

「いや、君のせいじゃない。シンが悪いんだ。大方、君に酷いことでも言ったんだろう。どうしても、人に対して優しく出来ないんだ、あの子は。だから、その……おこがましい言い方かもしれないけど……」

  彼女が口ごもる。固くて、不器用で、まじめで、ともすればきつい印象を与えかねない人だけど、彼女はまっすぐで優しい。たぶん、ここにいる誰よりも。

「大丈夫です。気にしてませんから。慣れました」
「申し訳ない。そういってくれると、助かるよ。でも、あの子も、君にはずいぶんなれてきたというか……以前ほど、頭ごなしに疑ってかかってはいないと思うよ」
「はい。オレも、そう思います。なんか、時々勘違いしそうになるくらい」
「勘違い?」
「そう。オレのいた時代の、泉真と。多分あいつ、サドっ気あるんですよね。それはこっちもあっちも変わらないって言うか。サワダに対して、異常なほど気を使ってるってこと以外は、まあ、概ねあんな感じだったし」

  彼女が反応したのはサワダの名前と、イズミが彼に気を使ってるってとこにだろう。黙ってしまった。

「いや、その。ちょっと違うかな。こっちのイズミは、たくさんの敵と、護衛部隊のみの味方って区切りを持ってるけど、あっちの泉はごく少ない味方と、中間と、敵って感じだから。まだ遊びがあるかな。時代もあるかもしれないけど」
「そうだね。シンにはそういう意味での遊びが無い」

  彼女自身も気づいたのか、無理やりいつものあの硬い笑顔を浮かべ、イズミの話をしてくれた。

「遊びが無いから、人にきつくあたることしか出来ない。昔から、そうなんだ」
「仕方が無い?」
「いや、そこまでは言わないよ。ただ、私のせいもあるから、私からきつくは言えない。殿下が嗜めて下さるから、最近はあれでも少しマシになってきたほうだ」
「ミハマが嗜めて……」

  コワ!怖すぎるって!あのキラキラ王子様、顔と発言と物腰に似合わず、締めるとこはキッチリ締めるんだよな。やっぱ、あの王子様にはなんかあるよな。あのイズミが、窘められる、だって。
  でも、イズミがきついのって、何でミナミさんのせい?

「あの、イズミとミナミさんって……付き合ってたわけではないよね?」

  だって、この人はサワダのことが好きなのに。どうして彼女はこんなことを言うのだろう。イズミは、この人しか目に入ってないけど。

「まさか。弟……いや、出来の悪い息子……。そんな感じかな?」
「ずいぶん色気の無い関係だね……」

  ちょっとだけ、イズミが気の毒になった。

「だけど、あの子が望むなら、仕方が無いのだろう。私は、あの子の人生に対して、責任があるから」
「責任……」

  彼女の言葉は重い。多分、オレだけではなく、イズミ自身にとっても。どんな責任かは知らないけれど、彼女のその言葉が意味するものは、おそらくイズミが求めているものではないはずだから。
  イズミが、あんなにもミナミさんに執着してるくせに、距離を縮めているくせに、動かない理由が、少しだけわかった気がする。
  好奇心だって判ってた。この人たちは、それを排除して生きてきてるのもわかってた。でも、聞かずにはいられなかった。

「責任って?」

  彼女は、まじまじとオレの顔を見た。まっすぐ城に向かっていた足を止めて。そうして、初めて、「仕方ないな」といった、諦めにも似た笑顔を見せた。
  オレが知る彼女の笑顔で、初めてぎこちなさを感じ無かった。

「あの子は、私のせいで、自分のために生きられなかった。私のために生きてくれていた。今までも、そしてこれからもそうだろう。あの子は、いつも自分のためだといって、自分以外の誰かのために生きる。その誰かを、彼が選べればよかったのだけど、彼は自身の意思で選ぶことの無いまま、私のために生きることになった。だから、私は、彼の望みに出来る限りこたえる。それが、私が唯一彼に出来る報いだ」

  この人は、どうして泣きそうな顔で、こんなに綺麗に微笑むんだろう。そんなの、ずるい。

「でも、誰かのために生きるのって、それって、自分がそうしたいからそうやって生きるんだと思うけど。イズミは、別にミナミさんのせいで、なんて思ってないと思うけど。あの男が、そんなことするとは思えないし」
「そうだね。殿下も、そうおっしゃっていた。彼が執着してるのは、彼が戦う理由は、彼と、彼の大事な誰かとのつながりのためなんだと。それを守るためなら、その世界のためなら、彼は何でもするし、してきたのだと。だから、彼の行為も、彼の思いも、彼以外の何者にも縛られてはいない。だから、気にする必要は無いと」

  穏やかな表情で、ミハマを、イズミを思う。彼女を取り巻く、ぴりぴりした空気が、緩んだように感じた。ミハマの言葉が、彼女を動かしたのが、その場にいなかったオレにも、よく理解できた。

「だったら、私にも、彼とのつながりを大事にする意思があるし、彼の行為に報いようという自由がある。責任もあるし、その責任から逃れる言葉かもしれないけど」

  彼女はそれだけはっきり言うと、再び、城に振り返り歩き出した。
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