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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 続・序章 第1話 続・世界を見る 09/10
「……オレ、部屋に戻るから」
こっそりイズミから距離をとったのだけれど、彼は簡単にオレの肩を掴み、引き留めた。
「まあまあ。ちょっとお茶でもしない?」
「いやだよ。オレは可愛い女の子としかしない」
「え、オレ、可愛いじゃん」
「身長30cm減らしてから言え」
「うわ、酷いこと言うなあ。誰に向かって口きいてんの?」
そんなに力を入れたようには見えなかったのに、イズミは軽々とオレを持ち上げ、方向を変えた。
「さあて、どこがいいかなあ。オレ、シロノワールとか食いたいな」
「え?本気で出かけんの?マジでナンパ?!」
「お前みたいな嫌なヤツ、ナンパしねえって」
そう言いながら、オレの意志を無視して、引きずってエレベーターに押し込めた。
角で座り込んだまま、オレはイズミの顔を見上げることすら出来ない。
「……何故でしょう。屋上とかでも……よくない?」
「いや、オレは人と話をするときは、敵も味方もいなくて、人の多い所って決めてんのよ」
「意味が判んない……。さっきは屋上だったじゃんよ」
「相手が、テツやシュウジさんだったから」
「なにそれ」
初めてオレは、イズミの顔を見ることが出来た。彼はいつもの人の悪い笑顔だった。
それを見て、どうしてティアスの笑顔を思い出したのか、自分でも判らなかった。
「あそこは、手の中に収まりそうな、狭い世界を見渡せて、いい気分になれる場所だから」
「余計、意味が判んないよ……」
「残念。珍しく、本当のことを言ったのに」
エレベーターの扉が開いたと同時に、イズミは再びオレの首根っこを掴んで、引きずり出す。
「シン、どこへ行く?アイハラくんから手を離したらどうだ?痛そうだ」
ミナミさん!!
王宮の出口で、無言で笑顔を浮かべたままオレを引きずるイズミを見かねて声をかけてくれた。
イツキさんの言ったとおりだな。オレに対して怒ってたとしても、優しいよ、この人は。
「ちょっと、コーヒー飲んでくるだけ」
「……そうか」
オレを嘗めるように見るミナミさん。
「良いから、普通に歩かせたらどうだ?」
「逃げるんだよ、コイツ。オレがおごってやるって言ってんのに」
「どうせ経費で落とすつもりだろう?」
「あったり前じゃん。何で男に、オレが金出してやらなきゃいけないのさ。すぐ戻るから、ミハマには黙っといて」
「戻ったら、話を聞こう」
あれ?もしかして、ミナミさんも納得済み?これって、いつもの行為?
オレのこと、疑われてるって言うか、疑わしいモノに対して尋問するのを黙認してるってこと?
「ミ……ミナミさん……オレ、何も」
「何もないなら、シンにそう言っていただければ」
「!マジっすか」
助けてはくれない?
引きずられるままのオレを、ミナミさんは見送るだけだった。
「食べないの?シロノワール」
ホントにコメダに連れて来やがった。しかも、自分で注文しといて、オレに押しつけるし。
王宮からほど近い、地下鉄の駅の目の前にある喫茶店に、イズミは迷うことなく連れてきた。要するに、いつもこういうことをしてるってことだ。
怪しい奴と話すとき……王宮で話したくないとき……ミハマにも内緒にしたいとき。
そのわりには、店にはそれなりに人もいる。この中に、敵が紛れてたらどうするんだ。5組くらいしかいないけど、判ったもんじゃない。
「ん?オレ、甘いモノ苦手なんだよね」
「だったら頼むなよ」
「食べないの?」
「いや、食べるけど」
オレは甘いモノは大好きだ。むしろコーヒーは苦くて飲めん。勝手に注文しやがって。強引な男は嫌われるぞ。
「つーか、自分の立場判ってる?」
「判ってるよ」
「判ってる人の態度じゃないけどね。めんどくさいから、本題からはいるけど、君、あの子とはどうなの?」
「どうって?」
「どこまで彼女のことを知ってる?」
「どこまでって?」
「いや、もうやっちゃったんかな、って思って」
こんな真っ昼間に、こんな人のいるところでする話じゃねえだろ!
「オレ達、ほとんど話も出来てないんですけど」
「まあ、それは軽い冗談なんだけど。あの子、そんな簡単に出来るような子じゃなさそうだし。お高いっつーか」
「別に、そんな感じの悪い言い方するような子じゃないし」
「いや、どうだろ。ものすっごい人を拒否してる感じがするけどね。判らんように気を使ってるけど。神経質っつーか、なんというか。めんどくさそう」
「あんまり悪く言うなよ」
「悪く言ったように聞こえるんだ。失礼だよなあ」
充分すぎるくらい嫌な言い方してるじゃねえか。
「オレ、あの子自体は全然嫌いじゃないよ。ただ、怪しいだけ」
それはそれで、困るんですけど。ちくしょう、どうしてやろう。
「ミハマに内緒にしてまでする話なんだ、それ?彼女がミハマのお気に入りだから。よく、部屋に来てるらしいし?」
「それは別に、ミハマの自由だからさ。関係ないけど。そんなことより、あの子が似てることの方が、問題かな」
誰に、と彼は特定して言ったわけではないのに、彼女の部屋から悪いことでもしたような顔して出てきた、サワダの姿を思い出していた。