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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 続・序章 第1話 続・世界を見る 05/10
逃げられない。
オレの頭の中はそれだけだった。
逃げる必要なんか無いはずなのに、オレの視線は階段室の入口に注がれていた。
「そんな怯えた顔すんなよ」
オレのこと脅しておいて、ニイジマは苦笑いをして見せた。
「オレがいじめてるみたいじゃんよ?」
いじめてんだよ。何だよなんだよ。どいつもコイツも、何でこんな……。
「誰の味方とか……そんなの、オレには判らないし」
「そう。それじゃ、お前が困ることになると思うけど。そんなずるいこと言ってるようじゃ。うちのお姫さんは、そんなヤツ、相手にもしないよ」
どうして、オレは『ティアスの味方』だと言わなかったのか。
彼女に、一番心を傾けているのは確かなのに。
「トージ!こんな所にいた!」
「うわ!なんだお前、びっくりさせんなよ!!姫の様子見てたんじゃなかったのか」
助かった……のか?いや、状況が悪くなったのか?
振り向き、怒鳴るニイジマの後ろにはセリ少佐が立っていた。彼もまた、デニムに黒のジャケットで、軍服と比べたら随分軽装だった。
「姫の部屋には大抵誰かいて、なかなか近付けないよ。この国は、なかなか厳重だしね」
……この人の笑顔には邪心がないよ!
同じにこやかでも、斜に構えてて常に黒い腹がちらちら見えてるイズミとは全然違う!ちょっと、ミハマと感じが似てるかも。
あれ?でもそれだとこの人も、ミハマみたいに含んだところがあるってことに……。
「コウタ、お前めっちゃ値踏みされてるぞ?」
「!なに言ってんだよ、ニイジマ!オレ、そんな風に見てないじゃん」
「見てたよ。口開けたり閉めたり、目なんか泳いじゃって。判りやすい」
困ったような笑顔でそう言われてしまうと……何かホントに申し訳ないっつーの。
イズミみたいに、嫌味たっぷりの方が気は楽かな……。後ろめたいときは。
「え?オレもするよ?値踏みくらい」
「ああ、はいはい。お前は良いから喋るなって」
「てか、紹介してよ。姫の写真持ってた子だろ?」
「いいよ、もう。お前は有名人だし、コイツはもう知ってるみたいだから。なあ?」
「うん。ニイジマも、セリ少佐も、雑誌で見た」
サワダとちがって、この2人は雑誌ごときでは騒ぎもしない。普通のこととして扱っていた。
「……オレ、そろそろ戻るよ」
今のスキに逃げてしまおう。何かニイジマもやっぱり怖い。オレの知ってる新島とは違いすぎる。似てるけど……オレは「怪しきもの」扱いだ。
「ちょっと待った。まだ用は終わってないし。無駄話しに来たわけじゃないからさ」
……やっぱり。なんか用があったんだな。
猫の子を掴むように、軽々とオレの首根っこを掴むニイジマ。たったそれだけのことなのに、オレはもう動けない。
悔しいし……ホントにオレには何も出来ないことを自覚させられる。
「オレにはないよ」
「お前になくてもオレにはあるよ。ちょっと、頼まれて欲しいんだけど?」
「すみません。意味が判りません。勘弁してください」
「お前なあ。姫からパスもらったろ?」
「でも、ティアスがここにいるなら、あんまり関係ないし」
そう言って、ちょっとだけ恥ずかしくなってしまった。
「それなんだよな。……あんなケガするなんて思ってなかったからさ。計算違いだ」
ニイジマはオレに突っ込みもせず、溜息をつきながらぼやいていた。
「うん。姫がイライラしてるのが手に取るように判ってさ」
「……コウタ、お前それで部屋に近づかねえんじゃないだろな?」
「だって、何か愚痴られそうだし。トージがフォローしてあげなよ」
「えー。やだやだ。大体、カナさんに連絡したら、オレが怒られたんだぞ?2人もついていながら何やってんのっつって。オレはその時いなかったし、姫の責任じゃんか」
「でも、トージだってオレに怒ったし。お前がついていながら、あんな目にあわせてって」
「いや、まあ。なんだ。まあまあ。忘れろよ」
つーか、お前らオレの存在を忘れてるだろ。
今のスキに逃げるか。
「……で、用って言うのはだ」
「……何でしょう?」
もちろん、彼はオレを逃がすわけがなかった。再び首根っこを捕まれてしまった。
「話を聞いて判るとおり、姫との連絡がとりづらい状況にある。あの人、ケガが酷くて動けないし」
「本人は、……随分平気そうな顔してるけど」
他の連中と一緒に見舞いに行ったときは、もう平気、みたいなことを言ってたけど……。
「ホントに平気なら動いてるだろ?あの部屋からほとんど出られないんだ。まだ時間がかかる」
「そうなんだ」
「それに、この国は……いや、あの王子の近辺に限ってだけど、ガードが堅くて近付きにくい」
「それって、イズミやサワダがいるからってこと?」
「そうだな。護衛部隊は厄介だよ。まあ、他は人数はいるけど、大したこと無いって言うか。うちにはコウタもいるし」
セリ少佐は微笑むことでトージの言葉を受け止めていた。こうして見てると、ただの人の良さそうな兄ちゃんにしか見えないんだけど。相当すごいってことだよな。
さっき、イズミの話を聞いてからだから、その価値はよく判る。
「もしかして、オレに、ティアスとの橋渡しをしろってこと?」
「そこまでは求めてないけど。そう言うこと?」
何で疑問型?失礼なくせに、求めてるし!?
オレだって、2人でなんて滅多に会えないのに!