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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 続・序章 第1話 続・世界を見る 03/10
オレ達の間には、しばらく沈黙と煙草の煙だけが流れていた。
サワダに似つかわしくない力無い微笑みが、オレからもイズミからも言葉を奪った。そして、そのことは他の誰よりサワダ自身がよく理解しているようだった。バツが悪そうに、また力無く微笑んだ。あの、無愛想で、口が悪くて、偉そうなサワダが。妙に優しいサワダは、オレの知ってる沢田とは似ても似つかなかった。いや、あっちの沢田も、優しいところはあったんだけど。こんなに気弱というか、今にも消えてしまいそうな、儚さみたいなものとは縁遠かったから。
「悪い、オレ、会議あったの忘れてた」
そう言って、携帯ではなく、腕時計を確認して、サワダは立ち上がった。
「会議?イズミ……中佐は?」
「今日のは、おエライさんの会議。テッちゃんだけ。オレはテッちゃんと階級は一緒でも、生まれも育ちも違うからさ」
「何だよ、それ」
「文字通りの意味だよ。何で嫌そうにすんの、君が。君の常識にないってことだろ?要するに。よっぽど平和だよねえ」
「いや、一概にそうじゃないけど……いろんな世界があったけど、でも、オレの周りでは……」
こんな手の届く世界で、そんな辛いこと言われたって。
「みたいだな。じゃ、オレ行くから」
「ぅえ?!」
つーか、イズミと2人にしないでくれー!!優しさ!優しさプリーズ!
オレの願いもむなしく、サワダは階段室の扉を抜け、下階に降りてしまった。 かといって、この場で逃げるのも……。
「西暦っつたよな、たしか。2000年だっけ?アイハラの時代」
「まあ、その辺り……」
「知ってるよ。ニホンには名目上、階級差って言うのは存在しなかった。まあ、あるところにはしっかりあったんだけど。そういうの、気にもしてなかったわけだろ?」
「……うるさいな」
「君の感覚上、どう思おうと、この世界にも、この国にも、そしてこの城にも、きっちり階級社会って言うのはあるわけよ。それも、あまりいい感じでなく、ね」
「なんだよ。不愉快そうなの、イズミじゃんよ」
……無視かよ。オレの顔すら見ないし。
「でも、軍人としては一緒なわけだろ?それに、中佐って結構上だって聞いたぞ?」
「そ、だから、この辺りまでが、今のミハマの力の限界なわけよ。彼の護衛部隊だけは、彼が選び、共に歩むことを選んだメンツ。だけど、彼がそれを望むにしろ望まないにしろ、何をどう頑張っても、この国の一番エライ人の息子なんだ。だから、彼を守り、彼の傍にいるものはそれなりの階級の者じゃないといけない。でも、貴族じゃないオレ達は、元々彼の足下にすら近寄れない存在。だから、重要な会議なんか、でれるわけもない。階級ばっかり偉そうでもね」
「サワダは……」
「ミハマとは、王子と臣下の関係だけど、彼は王弟の息子だし、彼の従兄弟に当たる。相当偉い方の人だよ」
「そうだったっけ?」
「まあ、あんまりそう見えないんだけどね。ちなみに、シュウジさんも王妃様の実弟だから、階級も扱いも相当上だよ」
「ウソ言ってない?それ」
「まあ、嘘臭く聞こえるよねえ。シュウジさんだもんねえ」
「失礼ですよ、あんた達」
座り込んで話すオレ達の目の前に、いつの間にかシュウジさんが立っていた。もちろん、煙草をくわえたまま。
「だってしょうがないじゃない、シュウジさんだもん。会議は良いの?」
悪びれず、笑顔を見せるイズミ。シュウジさんの煙草に火をつけるため、立ち上がった。ホストかお前は。
「今まで将官クラスだけでみっちりですよ。今は休憩中です。テツは一緒じゃなかったんですか?」
彼はまるで山で空気でも吸うような顔で、煙を灰にいれる。
「たった今、会議に向かったけど。すれ違わなかった?」
「いいえ、残念ながら」
「あ、そう。何、中佐ごときじゃ交ざれないような、そんな会議なの?オレが呼ばれないのはいつものことだけど」
「いても、いやな目に遭うだけですよ。判ってるでしょうが」
「だねえ。シュウジさん、将官会議あると、大抵いらいらしてるから」
なんか、どっちが大人か判んないな。茶化すようなしゃべり方のイズミだけど、端から見てると、シュウジさんのご機嫌をとってるようにも見える。
「そもそも、元老院が軍部の会議にしゃしゃり出てくる意味が判んないんですよねえ。てか、私は軍部の会議になんか出たくもないんですけど。時間の無駄ですよ」
「しょうがないじゃん、軍師なんだから、殿下付きの。でも、元老院も、『この若造が』って言う思いを噛み殺しながら、シュウジさんには一目置いてるんだしさ」
シュウジさんは溜息と一緒に煙を吐く。いらいらしてるのか、煙草を捨てると力一杯踏みつける。見かねたイズミがもう一本勧めた。
「一目置くって?」
「この人、ただのオタクに見えるけど、こう見えて、国で一番くらいに優秀な軍師でもあるわけよ」
「へえ……」
「驚くだろ?」
「驚くよ、そりゃ」
ヘラヘラしながらバカにするイズミと、どうしてもシュウジさんが優秀だって言うのを信用してない顔のオレに、シュウジさんが嫌な顔をする。
「……あ、そういえば」
怒ると思っていたシュウジさんが、突然、イズミを指さした。
「何、突然。お説教なら聞かないよ?」
「説教は会議の後にします。そう言えば、忘れてたんですけど、ミハマが呼んでましたよ。客人の部屋で。呼びに来たんでした」
忘れすぎだろ!
「客人……?ああ、噂の彼女ね。アイハラくんのお気に入り」
「その話題は忘れろよ!」
へえ、といった顔のシュウジさんの視線が恥ずかしすぎる。
イズミは笑いながら急いで階段室に向かって、下に降りていった。