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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 序章 第5話 穴二つ 08/08
前線に立つ軍隊が、ミハマの出現で揺れたのが判る。
隊列を組み、弓やひ弱な銃で魔物に応戦する軍の後ろに、いきなりこんなエライ人が現れたら、当たり前だろう。
さっきのテントとは、緊張感が違っていた。
ここは、魔物の恐怖がはっきりと判る。
咆吼が響き渡り、海が荒れていた。白夜で常に明るいはずの空が、この辺りだけ暗かった。夜のない世界に、夜まで呼び寄せているかのようだった。
しかし、その魔物達も、岸に近い側には既に死体が転がっていた。
いや、黒くてよく判別がつかないだけで……死体は既に半数近くにも上っていた。
「……初めて見ますか?」
「うん。こんなの、実際に見ることなんて……無かったしね」
見る……と言うより、感じると言う言葉が適当だろう。
魔物達の存在感を、威圧感を体感している。
でも、この感覚って……何かイズミにすごまれたときに似てるような?
「大丈夫ですよ。サワダ中佐とイズミ中佐は、対魔物に関してはスペシャリストですから」
「どっちが魔物か判んないわよね」
イツキ中尉の言葉に、全員が笑う。やっぱ、オレだけがそう思ってたわけじゃないのね。
「……もしかして、あの魔物の死体って」
「そうですね。おそらく、二人でほとんど片づけてると思います。弓や銃では魔物に対しての決定打にはなりませんから」
ミナミさんはそう言うと、船から魔物を攻撃する海軍を指さした。
雨のように弓矢が降り注ぐのに、魔物の動きを止めることは出来ても、殺すことは出来ていない。
その一方で、たった一発の銃で魔物をしとめるモノもいた。
イズミだった。
「……なんで?何でイズミの銃は簡単に魔物を殺せるんだ?何か、特殊な武器なのかよ?大体、あんなでかい魔物に、あんな貧弱な武器じゃ……」
そこまで言って、やっと気付いた。
中王の支配によって、研究開発が大きく制限されていると言うことを。兵器も制限されているんだ。
でも……制限されているなら、イズミの武器も等しく弱いはずだ。どうして?
「意味語の話はしたよね」
「うん」
「シンもテツも、それを戦闘において展開することに関して、スペシャリストといえる。よく見て、シンの撃った弾が魔物に与える影響を」
ミハマが指さした先で、魔物が倒れた。イズミの打った弾は、魔物の体をそこから崩壊させていた。小さな弾なのに、大きくえぐれたような穴があいていた。
遠くで飛び回るイズミが持っているのは、本当に小さな銃だったのに。
あの小さな銃にイズミが与える影響が、意味語の力とか、展開の研究の成果ってことなのか?
「……サワダは?」
「あそこにいるよ」
海軍が応戦する中、サワダは魔物の死体から死体に飛び移り、いつも持ってるサワダと同じくらいはありそうな大剣を振り回していた。
その切っ先からは僅かに炎が漏れ、魔物を斬った切り口は燃えていた。
いや、切り口が燃えているんじゃない。体の中が燃えているようだった。
何か、シュウジさんが研究者なのに、展開が出来ないって言う理由が判ってきた気がするな。
サワダもイズミも、攻撃は物理的だ。魔物に切り込んで、初めて影響を及ぼしている。魔法みたいなものかと思ったけど、随分使い道が限定されるようだ。原理はよく判らないけれど。
二人とも、何もないところから何かを生み出してるわけじゃない。元々存在している攻撃の力を、魔物達にあわせて強くしている。そういうことか。
後方から10人ほど前線にいる軍人とは違う制服に身を包んだ部隊が3分の1くらいに減った魔物の群に突入する。
彼らの使う武器は弓、剣、ナイフなど様々だったが、サワダ達の攻撃のように、魔物達に大きな影響を与えていた。ただ、彼らが行うように一撃で、とは行かなかったようだが。
「訓練が厳しいだけはありますねー。なかなかやるじゃないですか、特殊部隊も」
「やってもらわなきゃ困るよ。今回みたいに『守護者がいない』なーんて大騒ぎされちゃ、おちおちシンもテツも連れ出せないよ。サラも……」
「私は、殿下の命令以外で動く気はありませんから」
「シンもテツもそれ言うんだよね……」
ミハマはぼやきながら、嬉しそうにわざとため息をついた。
「いいんですよ。いいかげん、頼られすぎては困ります。宮殿で優遇されるわけでもないんですからね」
シュウジさんの言葉に、オレの不愉快度は増した。
何でこんなに戦果をあげてるのに、国にとって有益な人たちなのに、立場がどうとか言ってるんだろ。めんどくさいな。
王位継承問題とか?政治的なしがらみとか?
腐って、滅びの道に片足突っ込んでることに、気付いてないだけなんじゃないのか?この国のエライ人たちは。
こんな恐ろしいモノが来るのに、脅かされてるのに、そんなコトしてる場合じゃないじゃん!
でも、ティアスがパスをくれなかったら、どうなってたんだろ。イズミだけで戦ってたのかな?それとも、ミナミさんが出てたってこと?どっちにしろ、ここの人たちに頼ってたってことか?
ティアスは、それを知ってたのかな。
サワダの剣が最後の一匹を倒し、海は静まり、空が明るさを取り戻す。と同時に、軍隊が喚起の声で揺れた。
港の工場地帯を埋め尽くしていた軍が一斉に騒ぎ、サワダ達を讃える声が聞こえる。それを満足そうにミハマは聞いていた。
オワリ軍の制服に身を包んだ軍人しかいないはずなのに、工場の影に私服の男女二人組の影が見えた。
オレが間違えるわけもない。女性の方……その後ろ姿はティアスだった。
彼女は布をとり、その美しい顔をさらけ出して、軍隊を伺っていた。