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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと]

Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 序章 第5話  穴二つ 02/08


 楽師のいた噴水のある広間には、いつも通りの顔したサワダだけが、ピアノを弾いていた。

「テツだけ?楽師殿は?」
「さあ。さっき、セリ少佐が迎えに来て、出てったぞ。王子によろしくって」
「そっか、残念。そう言えば父が、懇親会が終わったから、今夜中にオワリに戻るって」

 サワダの横に立つミハマさん。てか、今夜中に帰るって、聞いてませんけど?

「あ、そうなの。出発時間だけ教えてよ、シュウジさん」
「はいはい……。あなたはどうするんです?一緒に戻りますか?」
「そうだねえ……」

 イズミはまた別に戻るつもりなのかな?大体、コイツはどうやってここまで来たんだろう。謎だ……。謎と言えば、オワリの臣下のはずなのに、一人で先にここに来ていて、エライ人と仲良しのサワダ父も相当謎だったけど。
 でも、いつもこんな感じなんだろう。巨人二人がひそひそと帰りの打ち合わせをしているところを見ると、そう思う。

「オレ、ちょっと調べものあるからさ。後で戻るよ。テッちゃんいるからガードの方は大丈夫でしょ?」
「そうですね……ただ……ちょっと気になることがあるので、早めに」
「気になる?」

 そうイズミが聞き返したとき、オレはてっきりオレ自身のことかと思ったけど、シュウジさんはサワダのことを見ていた。

「……調べものがあるなら、ついでにやって欲しいことがあるんですが」

 今度はオレの方を見た。シュウジさんは判りやすく『まずい』という顔をして、イズミに耳打ちをし始めた。

 ……やっぱ、オレのことなのかなあ。そりゃまあ、怪しいけどさ。邪魔だし、困ってるのも判るけどさ。

「そっか。中王に呼ばれたなら、楽師殿はしばらく戻ってきそうにないね。帰れって言われてるし、そろそろ戻ろうか」

 ミハマさんとサワダは、傍目には変わらないように見えた。二人並んで、ピアノのそばから離れ、こちらに歩いてきた。でも、サワダはついさっき、別人みたいな顔してたんだぞ?!一体、何だって言うんだよ。

「出発まで自由行動ってコトで良いですかね?今17時だから……あと2時間くらい」
「うん、そうだね。帰りの時間は、オレからサラ達に連絡しておくよ。シンは、どうする?」
「ちょっと、シュウジさんと悪巧み☆テッちゃんと先に戻って準備してなよ。……で、アイハラくんは……」

 イズミの言葉で、全員揃ってオレを見た。

「オレと一緒に来てもらおうかな」

 そう言ったのは他でもない、ミハマさんだった。

「ミハマ、こんな怪しいヤツと一緒にいることないって。ちゃんと管理しなきゃダメだって。コイツ、さっき楽師の部下と一緒にこそこそしてたんだぞ?!」
「ニイジマとはちょっと話をしてただけだって!」
「あ?タイムスリップしたとかどうとか言う話?そんなん、信用するわけ?」
「いや、信用は確かに微妙だけど……でも、ニイジマは悪いヤツじゃなかったろうが?今のお前より、よっぽど良いヤツだっつーの!」

 イズミはため息をつくポーズとり、冷たい笑顔のまま、オレに一歩ずつ近付いてきた。

「ニイジマ中尉や楽師殿がどんないい人でも、そんなことはなんにもならないんだ。オレはオワリ王子の臣下で、彼らは中王正規軍の軍人なんだから」
「……でも、ミハマさんだって言ってたじゃないか。『敵も味方も、どこにいて、何をしてるか判らない』って。オレはその言葉の意味と、今お前が言ってることは相反してるように感じるけど」

 イズミの後ろで、ミハマさんが笑っていた。

「じゃあ、訂正しようか?オレにとっての味方はね、オワリ王子付護衛部隊だけ。……理解した?」

 少し屈んで顔を近付け、オレにすごんでみせるイズミは、圧倒的な威圧感を持っていた。目の前に針山を突きつけられたような、痛い恐怖と一緒に。
 オレはみっともないくらい冷や汗をかいていた。

「シン。それは君の味方の話であって、アイハラの話とは違うよ。だから下がって。ごめんねアイハラ、シンにも悪気があったわけじゃないんだ」

 いつもの笑顔のまま、ミハマさんは後ろからシンの肩を叩き、自分の後ろへ控えさせた。

「いや、悪気だらけだろ?」
「テッちゃん~……ミハマがせっかくオレのことフォローしてくれてんのにさ」
「フォローされるようなことする方が悪い」
「大人げないですね。大人げない理由を聞きましょうか?後でゆっくり」
「はいはい」

 シュウジさんまでフォローをいれていた。その不自然というか珍しさに、イズミが理由もなくこんなコトをするわけじゃないって知ってる彼らの連帯感のようなものを見た気がした。

 いや、もしかしたら単純に、オレへの疑惑のみでそう言ってるのかもしれなかったけれど。

 オレみたいなガキになにも出来るはずがない。
 
 イズミ達はともかく、ティアスやニイジマまでそう言ってた。あの、サエキ大尉ですら一目見ただけなのに、オレのことは「こんな子」呼ばわりだった。
 オレは彼らのことを元の時代にいた同級生やその友人や知り合いみたいにしか思ってないけど、違うって頭で判ってはいるんだけど似すぎててごっちゃになっちゃってるだけだけど。でもこの時代の、こんな戦争やってるような世界の連中からしたら、オレは全く異質に見えるんだろう。オレが彼らに違和感を抱いているように、いやそれよりももっと強くはっきりと。
 サワダもイズミもニイジマも、似て非なる存在だ。敵とか味方とか、はっきりさせて、戦いを欲しているようにすら見える。

 でも、ティアスは?

 彼女は優しい。少なくとも、あの子の本質は、オレの知ってる彼女と同じように見える。何より、オレは彼女と秘密を共有した。ここに、この時代にいる意味すら感じられる。

「……で、オレにはどうしろと?」
「ここでピアノでも弾いてれば?」
「え?オレ、用無し?」

 その行為がミハマさんのサワダへの気遣いだと、オレも含めて全ての人が理解していた。何しろサワダ自身が心から笑っていたのだから。
 でも、このサワダが、ティアスと手を取ることなんてあって良いのかな?オワリの守護者と中王の軍人。敵同士だ。

 ここの二人は、オレの知ってる二人とは違う。ただ共に墓を掘るだけなんだ……。
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