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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 序章 第4話 敵と味方がいる幸せ 06/07
サワダは、口も悪いし、ぶっきらぼうだし、不器用だけど、優しくしてくれた。
イズミの言った、『墓に埋めたヤツ』だから『死人と同じ顔したヤツ』だからって台詞は気になったけど、それでも、サワダがフォローしてくれなかったら、オレは多分路頭に迷っていただろう。
ミハマさんだってそうだ。責任はとらないと言いつつ、彼はオレに自由をくれた。そのミハマさんも、サワダのことを心配してる。
オレが彼に対してしたコトって、何がいけないんだ?オレだって、少しでも借りを返したかった。
楽師殿のいる噴水のある広場へ通じる道は、さっきまで開放的で明るかったはずなのに、今は暗かった。おそらく、さっき楽師殿がニイジマに指示していたとおり、出入口を封鎖したためだろう。まるで違う風景に見えた。
広間に通じる一番奥の扉だけが開いているらしく、光が漏れていた。
オレは、その扉にそっと近付く。サワダを起こさないように、静かに。
……立ち去ると言っていたはずの楽師……ティアスがピアノの前に座っていた。ニイジマはいないようだった。
ピアノから少し離れたところにあるソファに寝かされていたはずのサワダは、何故か座って、彼女の歌を聴いていた。さっきよりは随分顔色もよいように見えた。
どうしてだろう。外にいるオレに、二人は気付かない。オレも、この二人の間に入っていけない。
「……何で、子守歌?」
サワダは、呟くようにティアスに聞いたが、彼女は歌い続けていた。
彼女が歌っているのは、モーツァルトの子守歌だった。彼女が何度か歌っていたので、それでオレも覚えた。曲名を教えてくれたのは、他ならぬ沢田だったのだけど。
『何これ、英語の歌?すごくない?』
『お前、知らないの?モーツァルトの子守歌だよ』
『クラシックやってる人間の常識を押しつけんなって言うの。英語は英語だろ?』
『……うーん。何か知らんけど、英語で歌うんだよな、ティアは。……ドイツ語か、邦訳の歌な気がするけど』
『いいよ、ドイツ語でも英語でも、内容が判んないことには変わりないし』
でも、こっちのティアスは日本語で歌っていた。
彼女の声は何だか甘ったるくて優しくて。子守歌というには、歌詞の内容を理解できたのに、それでも彼女の歌は色気がありすぎた。
思わず、扉の影に隠れて、座り込んでしまった。
曲が終わり、彼女はゆっくりとサワダの方に振り向いた。
「……ちょうど良いかと思って」
「オレに?」
「墓を掘る、私たちに」
ティアスもサワダも、しばらく次の言葉が出てこなかった。
「死神の台詞とは思えないな」
「……あなたこそ、そんな姿で。雄将殿に憧れる姫君達に失礼ですよ?」
「……姫君達、ねえ。興味がないな」
無表情のまま、サワダはそう言う。何だか、ティアスと会う前の沢田を見てるようだった。
顔もいいし、一見クールだからモテるんだけど、年寄りみたいに枯れちゃってるっつーか、硬派で古風で、女の人に興味の無いような顔をしている沢田。まあ、あっちの沢田は別に興味がないわけでも何でもなかったんだけど(同じ年のオレ達から見たら、充分すぎるほど無かったけど)、こっちのサワダは、それが極端に酷くなったような感じだった。
なんか、最初にミハマさんが『テツは女の子が苦手』って言ったのが真実味を帯びてきたって感じかな。
「でも死神なら、側にいてもいいかなって思うよ」
「そう、光栄ね」
彼女は、サワダのその言葉を本気にとっていないようにも見えた。彼が、気を遣ってそう言ったのだと思っていたように見えた。
それがサワダに伝わったのか、彼は苦笑いをしながらため息を付いた。
「……なあ、死神は……、オレの、この状況を……」
ティアスは、そのサワダの言葉を無視して、再びピアノを弾き始めた。
サワダも、それ以上何も言わなかった。
彼女がピアノを弾くのを、彼は黙って聞いている。
「……悪趣味だな」
「黙ってろよ、入れなかったんだ」
おそらく、オレを制するためであろう。戻ってきたイズミがオレの横に立ち、小さな声で悪態を付いたが、オレも負けちゃいない。
だってイズミも、この雰囲気の中、入れるわけがないんだから。
一曲弾き終わり、彼女はゆっくりと口を開く。
「あなたのことはよく判らないけれど……、それでも私が見る限り、あなたはとても有能な臣下だし、優秀な軍人だわ。それで良いじゃない。そう見えるんだもの」
「……墓を掘っていても?」
「私まで否定しないで」
二人の様子を、イズミもオレも黙って見ていた。
いつの間にか、オレ達の前に、不審な顔をしたニイジマが立っていた。
必死でジェスチャーのみで弁解するが、怪しい人を見る目で見られてしまい、何とも気まずい。
「……もう少し、ここにいてもいいですかね」
「どうぞ。……不愉快になったかと思った」
「いや、同病相憐れむってヤツでしょう?」
サワダが、少しだけ笑った。それが何だか救いのように見えた。
「さっきの台詞、本当ですよ。随分、楽だ」
「そう」
彼女は噴水の方へ移動し、サワダのためにピアノを空けた。