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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと]

Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 序章 第4話  敵と味方がいる幸せ 05/07


 明らかに楽師殿は、イズミを値踏みしていた。

「あなた、隠密担当なのね」
「いいえ。王子付きですが、王族ではないので、中央に同行する機会がなかっただけです」
「懇親会にも出ないで?その階級で」
「中佐といえど、あくまで中佐待遇でして。年齢的には、まだまだ」

 何か、二人とも感じ悪いなあ。でも、中王とその支配下の国ってコトを考えたら、こんなもんなのかなあ……。ティアスとイズミって、仲良かったのにな。
「王子に、報告しなくても良いの?オワリの王子と雄将殿は、懇意にしているはずだけれど?」
「ええ……どんなお噂をお聞きになられたかは計りかねますが、我君とその従兄弟殿は幼いころから仲が良いですから」

 従兄弟……?そう言えば、サワダは王弟の息子だって言ってたな。だから、サワダとミハマさんは従兄弟同士ってコトになるのか。何もそんな、幼いころから……なんて強調しなくても。
 もしかして、あれかな?どろどろのお家騒動……?

「……そうじゃなくて、あの王子は、雄将殿のことをホントに心配しているように見えたから、あなたが有能な臣下でありたいなら、報告すべき。今すぐここに連れてくるぐらいの方が良いと思うけど?って言ったのよ。少なくとも、彼らがここに来るときの様子を見る限りは、そう見えたわ」

 下から見上げ、イズミを睨み付ける楽師殿。
 彼女のまっすぐさを見ると、オレはオレの知るティアスを思い出す。
 楽師殿がどんなにここで立場があって、特殊な扱いを去れ、時々怖い人だとしても、オレの中ではもう、彼女は彼女でしか無くなっていた。

 オレの好きな、あの子だと。

 イズミはため息を付いた。でも、その顔は何故か笑っていた。

「いえ。それは、そこで寝てる彼が望みませんから。報告はしますが、連れてくるようなマネはしません。オレはあの方の有能な臣下であるために、そう動きます」
「……しかし、彼は……」
「我君は、彼に自由を与えています。戦う自由、あの方を守る自由、墓を掘る自由……」

 今度は、楽師殿がため息を付く番だった。

「自らの墓を掘るのは、辛い行為だわ」
「ああ……自分の経験から、そんなことを?」
「……イズミ中佐。大佐殿に口が過ぎます」
「これは失礼」

 ニイジマがイズミをたしなめたが、イズミは気にすることなく笑って受け流した。

「……冗談ですよ。お許しください」
「気にしていないわ。それより、あなたがどういうつもりの人か、判って良かった」
「良かった?」

 初めて、イズミが本音を顔に出したように思えた。彼女の言葉に、明らかに意外そうな顔をした。すぐに表情を元に戻したけれど。

「ええ。雄将殿にも、フォローしてくれる人がいて。オワリの王子はいい臣を持っているみたいね」
「お褒めにあずかり、光栄です」

 イズミが、心の底から笑顔を見せていた。

「……感謝します。あなたのお気遣いに」

 楽師殿に向かって、敬礼をした。それを受け、彼女は笑ったように見えた。

「懇親会が終わったら、ここに来る人もいるでしょう、それまでには回収に来ます。アイハラ、行こう」
「え?あ……うん」

 また後で来ればいいか、と思いつつ。この場は仕方なく、イズミに従った。

「なあ、イズミ……中佐。サワダのこと、ほっといていいのか?」

 行こうと言ったくせに、イズミはオレを置いてどんどん先に行ってしまう。オレはそれに早足で必死に着いていく。

「いいんだよ。一人にしてやるしかない。閉じこもっちゃってんだから。それより、お前って無責任つーか、騒ぎ過ぎっつーか、うざいよね」

 めちゃくちゃな言われようだな。でも、まあ、ここは大人の態度で受け流すことにした。
 さっきのイズミは、オレの彼に対する評価を変えるのに充分すぎたから。

「何で、無責任なの?イズミにとって」

 なるべく冷静に、彼に聞いた。聞けてるはずだ。

「言ったろ?『アイハラユウトなんか、テツのことこれっぽっちも知らないくせに』って。何度も同じコト言わせんなよ」
「だから、それで何で無責任?何かオレした?」
「何も知らないくせに、騒ぐなよ。うっとうしいから。何も出来ない、何もしてあげられない、何もわからない。なのに、心配するフリして追いつめるような真似、オレは信じられないね。どんな平和で脳天気な頭してんだか」

 平和?!脳天気!?オレのどこが?!
 何か、すげえむちゃくちゃ言われてるんですけど?てか、なんで?本気で判んないし。
 イズミが、サワダのことホントに心配してて、ミハマさんにも気を遣って、その気遣いをしてくれた楽師殿に感謝をして、それが出来るだけの男だって言うのはよく判った。判ったからこそ、オレに対してここまで怒ってる理由が判らない。オレはサワダのことを心配しただけじゃん?

「何、その不満そうな顔」
「不満にもなる。オレにも判るように説明してくれ。だってイズミは、サワダのことも、ミハマさんのことも、楽師殿のことも理解して受け入れてたのに、何でオレだけダメなのさ?」

 廊下を早足で歩いていたイズミが、立ち止まった。俺もそれに合わせて、立ち止まる。

「……脳天気で、平和だって言ったろ?『大丈夫?』なんて台詞、よくまあ軽々しく言えるよな?あんな状態で大丈夫なわけないじゃん」
「じゃあ、どうしろって言うんだよ」
「どうしたの?大丈夫?何があった?」
「なんだよ?」
「この台詞って、すごく人を追いつめると思わない?」
「……そうかな」
「あんたの頭って、よっぽど平和なんだな」

 イズミはオレを置いて、再び早足で歩き出した。
 オレは、まわれ右して、元来た道を走って戻った。
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