Copyright 2006-2009(C) Erina Sakura All rights Reserved
このサイトの著作権は管理人:作倉エリナにあります。禁無断転載・転用
Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 序章 第4話 敵と味方がいる幸せ 03/07
「この辺、今は『空から来る魔物を統率する力を持った一族が住んでる』って聞いた」
「そうね。そう言われて封鎖されてる。中王正規軍でも精鋭部隊が、この門を守ってるわ」
彼女の表情を、必死に読みとろうとした。けれど、布が邪魔で、オレにはよく判らない。
「シュウジさんやミハマさんが、オレのいた世界と、この世界で関わる人たちには『縁』があるって言うんだ」
「そう。『縁』って、何だか良い言葉ね。さっきの君の話を聞いたら、私もそう思うよ。ねえ、トージ」
ニイジマは答えなかった。
「……生まれた場所や、人との関わりに縁があるなら……、ティアスは、この辺に関係があるってコト?」
だから、こんな地図を持ってるんじゃないのか?だって、ニホンが世界の中心だというのなら、こんな、ニホンが中心じゃない地図なんか、作られるはずがない。
「だとしたら、私も魔物の一族ってコトになるわね」
「……そうですよねえ……」
こんな可愛い女がそんな!そんなわけ無いよな。
いや、可愛いのはあっちのティアスであって……、こっちは死神なんだけど。
「姫、ちったあ警戒しろよ」
ティアスの隣に座ったまま、ニイジマがため息を付く。何か、オレを見る目がバカにしてる感じなのが気に入らないけど。
「あら、だってこんな何の警戒心もない、ピリピリした感じのない平和な子と話すことなんか、無かったんだもの。どうやって警戒しろって言うのよ」
「まあ、そうだけどさ。ホントにコイツ、弱そうだもんな。こんなに軍服に着られてるようなヤツがいて良いのか?」
「ちょ……ニイジマ……中尉、オレのことバカにした?!」
「いや。誉めたんだよ。うらやましいよなっつって」
にこやかに笑う。うう……オレは騙されないぞ。ニイジマはこう見えて、口が悪い振りをしているが、とっても気を遣う男なんだ。
「でも、オワリ国の王子もこんな感じじゃない?何か、周りが蝶よ花よと育てたから、戦うことも出来ない、緊張感もないほんわか王子様になったって感じだけど……」
そう言ってから、少し考えて
「そうでもないか。あの、雄将殿のお父上との会話とか、腹黒そうだったもんな。あの、ほんわかっぷりはフリかな、コイツと違って」
「やっぱバカにしてんじゃん、オレのこと。ミハマさんを持ち上げて」
「持ち上げてないさ。この、戦国の世を生き抜くのに、当然のスキルじゃねえ?だから、オレはあんたがうらやましいよ、ホントに」
……なんだよそれ。オレが戦争を知らないから、戦いを知らないから、うらやましいってこと?
「何だよ、ニイジマのくせに、そんな悲しいこと言うなよ!めんどくさいって。お前ずるいぞ、時々そうやって大人ぶってさ」
「ずるいって言われてもな……。オレはお前のこと、知らないし」
いや、確かにそうなんだけど。オレも今、あっちの新島と目の前のニイジマがごっちゃになったけど!
だけど、そんな台詞、聞きたくないぞ?!
「トージ、その子の縄、解いてあげて」
「イイのかよ」
「その代わり、ちゃんと言い聞かせて。私たちのこと、オワリの人たちにも誰にも言わないって」
ティアスはオレの携帯を奪うと、自分の写真を消した。
「……写真消すのは、なしじゃない?それはオレの個人情報なわけだし?」
何とか冷静なフリしてそう言ったオレに、彼女は少しだけ驚いたように見えた。
「そうだね、ごめんね。でも、私も困るのよ。こんな写真があると」
「ごめんじゃない。オレの思い出だろ、それは。戻れなかったらどうすんだよ。それにすがっていかないといけないかも……」
そこまで言って、その悲しすぎる事実に、涙が出そうになってしまった。
写真にすがって生きるだなんて。
「……じゃあ、ここに来たら?元の時代に戻るためにオワリにいないといけないかもしれないけど、時々ここに来たらいいよ。君が、君の時代にいた私がしていたことを、私もするよ」
「……え?」
「だから、ごめんなさいってコト。でも、証拠を残されるのは困るんだ……。だから、それで許して欲しいの」
「ティアス……」
彼女は優しくて、不器用だった。
闇雲でがむしゃらで、思ったら即行動。それでいつも沢田とケンカしてたのも覚えてる。
彼女は言葉が足らない。行動が突然で、そのせいで人を傷つける。それをいつも気にしていた。
目の前にいる死神は、まさしくオレの知る女だった。
『言葉が足らなくて誤解を生みやすくて、でも悪いと思ったら謝れる。オレは、そう言うところは嫌いじゃない』
こんな時まで、彼女を評する沢田の言葉を思い出す自分が、ちょっとだけ不愉快だった。
「オレは、君と話をしてるだけで良かった。たくさんの友達の中の一人でも、君は分け隔てなく接してくれた。時々、よく行ってた店で、ジャズバンドと一緒に歌ったりしてた。その声が、オレは好きだった。もちろん、君の……」
ピアノの音が響く。
彼女は目の前にいるのに、死神の広間から聞こえた。
「オレ、見てくるよ」
「いいわ、私も行くから。ごめんね、アイハラくん。また、話を聞かせて」
オレは黙って頷いた。
彼女が、オレが恋をしたあの子じゃなくても、別人だとしても、それでも良かった。
彼女と秘密を共有できたことを、幸せに感じられる。