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Switch[モラトリアムを選ぶと言うこと] 序章 第1話 世界を見る 02/05
閉め切ったカーテン、かび臭い部屋、足の踏み場のない床を埋め尽くす無数の本。
ていうか、扉を開けて、一歩も部屋に入れないんですけど?
その中に当然のように埋もれている巨大な机と椅子に、かろうじて人がいるのが確認できる。
寝ぐせそのまま、のばしっぱなしの長髪。あり得ないだささの黒縁眼鏡。何故か白衣!
「……沢田さん、この方は一体……?」
「うん、ちょっとマッドな研究者だ」
「何で研究者にマッドとか付くかなあ?!何でオレ、ここに連れてこられたかなあ?!」
「気にするな。わけの判らん事態は、わけの判らんヤツに任せるのが一番だ」
「聞こえてますよ、テツ」
マッドな研究者は椅子から離れるつもりはないらしく、文句を言った後は黙って手招きをした。入ってこいってことらしい。
「アイハラ。その辺の本、蹴倒すなよ。そんな無造作に置いてあっても、国宝級のヤツとかたまに転がってるから。あと、並べてあるらしいから、一応」
「……床に置くなよ、もう」
かろうじて人一人が通れる幅の獣道(と言っても本の荒野なのだが)を通り、堆く積まれた本にぶつからないよう、慎重にマッドな研究者に近付いた。
「なんだ、窓側は広いじゃん、この部屋……」
机の近辺から窓側にかけては、結構片づいていたので、沢田と二人でそっちに回る。それにしても、暗い。カーテンくらい開ければいいのに。
「アイハラ、さっきの携帯貸せ。シュウジ!本読むのやめてこれ見ろよ。合成かどうか判断してくれ」
沢田はオレから携帯を奪うと、シュウジさんに押しつけた。
「合成には見えませんけどね、少なくとも。それより、この携帯はどこで手に入れたんですか?随分カメラも小さいし……通信形式は似ていますが、これ、かけられるんですかね?」
……って、勝手に適当なナンバー打ってかけてるし!なに考えてんだ、人の携帯を!
「反応しませんね。この感じだと……」
いきなりケースをこじ開けて分解しようとする。
「うわー!なにすんだあんた!壊れるだろ?!」
「大丈夫ですよ、すぐ直しますから」
しかし、返す気配がない。
「それより、この携帯、おかしいですね。通信機器の発達しているトウキョウでも、こんなすごい型は無いはずですよ。話を聞いたとき、てっきり中王のスパイかなんかだと思ってましたが」
「中央?」
どうも、かなり間抜けな顔をしていたらしいオレに、沢田がため息を付きながら
「なんか微妙に発音が違うな」
「だって、真ん中ってことだろ?中央」
「……まあ、間違っちゃいないけど。ホントに知らないのか?中王っては、空を統べる王で、世界の中心の王で、この世界のセントラル、すなわち中央そのものでもある存在だ」
「エライの?」
「一番エライよ」
そのやりとりを聞いていたのかいないのか、マッドな研究者は椅子から立ち上がり、こちらへ歩み寄ってきた。
「仮説ですが、パラレルワールド、と言うのをご存じですか?」
そ……それだ!
「さすがだよシュウジさん!ただのマッド研究者じゃなかったんだ!オレが言いたかったのはそれだよ!星新一とか、藤子不二雄とか」
「……また、随分古典的な例えを持ってきましたね」
ポケットに入れてた星新一の文庫本をシュウジさんに渡す。彼は興味深そうにページをめくった。
「あれか、平行世界とか言う奴だな。ほとんど一緒だけど、ちょっとだけ違う世界が可能性としていくつもあるっていうやつ。量子物理学の多世界解釈なんかが根拠になってるって言う、SF映画でありがちな。お前、映画の見過ぎだよ、そりゃ」
「しかし、現にアイハラユウトは死んでいます。それはあなたがよく知っているはずでしょう。死人はこの自称アイハラユウトと見た目では差は付けられない。そして、あるはずのない、あなたとシンが写った写真。それが、彼に他の世界があった証拠です」
でも、パラレルワールドって、こんなに世界が違うもんなのか?
なんかイメージだと髭の位置が違うとか、シャツの柄が違うとか、そんなレベルの話だと思ってたのにな。
こいつらがそっくりなわりに、いくらなんでも、世界が違いすぎる。
たしかに、いま目の前にいるのは、オレの友人だった沢田だし、泉だっているって言ってる。どうやら沢田妹もいるみたいだし。
「それに、ミハマが言ってましたよ、『彼は戦争を知ってるようには思えない』あなたもそう思っているでしょう?」
「しかし、その仮説を信じろっつーのもなあ」
「沢田鉄人、父は沢田鉄城、妹は柚乃。子供のころからずっとピアノを弾いていて、それを教えたのは佐藤愛里さん。ティアスって彼女がいる。いつも不機嫌、すぐ怒る。でも、良いヤツだ。泉真、家族構成は不明。いつも違う女と歩いてるけど、多分本命は南紗来さん。彼女にだけは頭が上がらないのを見たことがある。モデル系のクールビューティ。泉は秘密が多い感じ。すぐにいろんなことを誤魔化す。……オレが知ってる沢田と泉はこんな感じ。あってる?」
シュウジさんはにこっと笑う。無精ひげが多少汚いが、それも何だか味があるように見えてきた。
「大体合ってますね。彼女がいることと、ユノが妹じゃないことくらいでしょうか。サラとシンのことも、よく知ってますねって思いますよ。パラレルワールド説を私は押しますけどねえ」
「でも……シュウジさん。変だよ。オレのいた世界は日本に白夜なんか無かったし、こんなコスプレ……もとい、大剣をもって歩いてる学生はいないよ。てか、フツーはいない。中王なんてヤツも知らないし。漢字で名前言おうとしたら変だって言うし。違いすぎないか?戦争なんか知らないよ」
沢田は何も言わない。
もしかしたら、沢田は最初っからオレのことを気にかけてくれていたんじゃないかって思う。
オレの不安と恐怖を、遠くからそっと、眺めているような。傷つけないよう見ていてくれるような、そんな感じさえした。
「パラレルワールド説だとして、何でこんな戦争なんかしてる世界に来たんだ?お前の世界は平和だったってことだろ?なんか覚えてないのかよ」
「……なんか、記憶飛んじゃってんだよ。確かあの時……」
ティアスに会いにスタバに行ったんだ。
放課後、沢田が内申書の件で先生に呼び出されてたのを確認して、原付で急いだ。
彼女はいつも少しだけ早めに来て、いつもの席で沢田を待ってた。それを知ってたから。
あいつらがつき合ってるのも判ってたけど、それでも彼女と一緒の時間を過ごしたかった。
彼女はいつも通り、彼を待っていた。
それでも、オレを見て、快く向かいに座らせてくれた。
貸していた文庫本を返してくれた。嬉しそうに、ありがとうと言ってくれる。
センター試験が近いから、苦手な数学をやってるのだ、と。もちろんオレはそれも承知の上だ。
得意だから、教えてやるよ。そう言って彼女に近付く。
……それから、なにがあったっけ?
「アイハラ、何で顔がにやけてんの?妄想入っちゃってる?」
「うわ!ごめん、沢田!ティアスとは別に何も、悪気も下心もないです!」
「下心って、お前ね」
「ああ、違った。あっちの沢田だった。こっちの沢田は女の子に関心ゼロだったっけ」
「ゼロじゃねえ。失礼な。てか、お前一言二言多いぞ!」
騒ぐオレ達を横目に、シュウジさんはカーテンを開き、窓を開け、煙草に火をつけた。
「まあ、ゆっくり思い出してください。一服してますから」
部屋の中とは対照的に何もない真っ白いテラスに出る。白く塗られた木の椅子とテーブルに悠々と腰掛け、ここだけまるでリゾート気分だ。白衣のマッドな男は全くもって似合わない。
「景色は……似てたんだけどな。ここ、どこだろ?市内で見たことある気がするんだけどな……。林と、お堀と……」
まっぷたつに別れた地面と、その上に無惨に残るあれは……
「もしかして、あれ、名古屋城?」
ってことは、ここは位置的にウエスティンホテルだ。でも、城が壊れてるなんて……そんなこと。
いや、もしかして、よく探したらあるかも。
テラスから乗り出し、外の景色をぐるっと確認する。この建物、でかすぎ。
「あ、あそこに小さく見えるのが名古屋城?」
……て、んなわけないか。どう見たって市役所だ。
「ナゴヤジョウてなんだ。ありゃあ、オワリの王立役場だよ。オワリの宮殿はここ」
「尾張って……尾張城なんてあったっけ……」
「前言、撤回します」
白い机の白い灰皿に煙草を捨て、新しい煙草に火をつけながらシュウジさんは続けた。
「パラレルワールド説は取り消します。平行世界と言うには無理がありますから」