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天に向かって唾を吐け! [Spits against heaven!]

第13話 続々・ナギ


 ナギ・ユズハ組第6ゲーム目。玉座の前にナギが立ち、ユズハが柱の前に立った。

 今日使用されるボードは、第12の塔だった。どこまでも続くかのように見える深淵から、直径1mほどの円柱が50cm感覚で並んでいた。まるで飛び石のようで、飛び跳ねながら移動する羽目になる。
 ナギの座る玉座も、ぎりぎり円柱の上に乗っていると言った感じだった。

 今日の相手は、ユズハの調査によると大学部体育学部3年武藤浩二と此花清佳だった。高等部のころから二人はつき合っているらしい。此花はフェンシングで全国大会まで進んでいる実力者だった。武藤が玉座の前に立ち、フェンシングの防具に身を包んだ此花が柱の前に立つ。

『武器を取ってください』

 ユズハと此花が同時に手を入れる。先に手を抜いた此花の手には、美しい装飾が施されたレイピアが握られていた。

「……あれ?」

 思わず言葉を漏らしてしまったユズハ。武器の感覚がないのだ。
 もしかして自分もナギ同様、徐々に武器がなくなっていくのか?と心配になったが、此花の武器を確認したと同時に、手に武器が触れる。彼はゆっくり武器を抜き出す。

「……あたしと同じ武器?!」

 此花が驚くのも無理はなかった。ユズハが手にしていたのは、此花が持っていたレイピアと全く同じモノだったのだから。
 前回は横井と同じ日本刀。今回は此花と同じレイピア。対戦相手にとっては使い慣れた武器のようだったし、彼らの得意分野に近い武器が選出されているような印象を受けた。しかし、自分にとっては全く関係のない武器だ。

「……ナギと一緒で、武器を使うなって言ってんのかね、このヤロは」

 柱を睨み付けた。同じ武器だから、武器同士のハンディはないが、相手がその武器に長けているとしたら別の話だ。ユズハは圧倒的に不利になる。少なくとも、彼はそう判断した。

「良いから、さっさと始めろよ。どうせユズハが勝つんだから」

 ナギは誰の顔を見ることもなく、玉座に座った。

『光が消えたら、開始になります。王は玉座に移動してください』

 柱の言葉を受け、武藤は何か言いたげな顔をしたまま玉座に座った。

「……ホントにそう思ってんのかねえ?」

 ため息をつきつつも、ユズハの握るレイピアの切っ先が、此花を捉えた。
 此花もそれを受け、剣を構える。
 柱から、光が落ちた。

「うああああー!」

 開始と同時に此花がユズハに突進してくるが、彼はそれを僅かに身を動かし、あっさりと避ける。避けられてしまうと、飛び石のようなこのボードでは、次の攻撃に転じるのに1ステップ必要になってしまい、立て直すのに必死になる。しかし、彼はそんな彼女などお構いなしに、何事もなかったかのように立っていた。完全に彼女の動きを見切っていたのだ。
 しかし、見切られていると判っていても、攻撃をしないことには話は進まない。暖簾のようにひらりと避けるユズハに、必死に斬りかかるが、成果は上がらない。

 心配そうな顔で玉座に座る武藤に対し、ナギは片肘をつき、足を組み、余裕の表情だった。

「ユズハ。ちょっとこっちに来い」

 ユズハには彼が手招きしているように見えた。

「……は?何言ってやがる。ゲーム中だぞ?!」
「良いから。来ないとオレがそっちに行く」

 負けてしまっては意味がないので、ユズハは此花から距離をとり、ボードを軽やかに飛び渡りナギの元へ向かった。遅れてはいたが、此花も体制を立て直し、彼を追う。

「何だ。何か不満があるのか?今日は未だ何もしてない」

 ナギの前に立ち、笑ってみせるユズハ。
 奇しくも、二人揃って、前回のゲームでナギがユズハの頬をひっぱたいたときのことを思い出していた。思わず頬に手が伸びてしまうユズハ。

「いくらなんでも、女相手にはやりにくいだろ?」
「別に?男女差別はしないつもりだし?」
「差別はすんな、でも区別はしろ。お前、やっぱどっか一本切れてんじゃねえの?中緒の父に何を習ったんだ」
「それはそれ、これはこれ、だよ。ここで行われてるのは、ゲームという名の戦闘だ。試合じゃない」

 後ろから気配を消して斬りかかる此花を、レイピアであしらう。彼女は間一髪で避けたが、バランスを崩し、ボードから落ちそうになってしまう。
 しかし、ユズハは彼女の方を振り向かなかった。

「じゃあ、言い方を変える」
「変える?」

 落としていた視線を上げ、上目遣いでユズハを見上げた。

「騎士じゃなくて、王を狙え。王を落としても、ゲームには勝てるんだろ?」
「……確かにそうだが」
「騎士と戦ったら、お前の勝ちは見えてる。つまんないだろ?」

 にやっと笑った。

「王の言うことは聞かなくちゃ、な?」
「……ナギ、お前」
「騎士を落としそうになったら、オレが立ち上がる」

 何を考えてるんだ。
 そうユズハが言おうとしたとき、此花が再びユズハに襲いかかる。

「落とすなよ」

 ナギが呟く。
 此花をあしらうユズハの手が、緩んだ。

「ふざけるな!」

 叫んだのは話を聞いていた此花だった。無数の突きが、ユズハの体に向かって放たれる。彼はそれをかろうじて受け流すだけだった。

「ユズハ、早く王を落としに行けよ」
「バカ言ってんな。お前が落とされたら、こっちが負ける。それじゃ意味がないだろうが!」
「あ、そっか」
「あ、そっかじゃねえっての!!当たり前だろうが。騎士を落とした方が早いだろうが!!」

 防戦に徹するしかなくなったせいか、ユズハの息が上がってきた。

「……なんて言ったっけ?その女の子。……サヤカって言ってたかな、審判が。君も、ユズハに真っ正面から向かうんじゃなくて、オレを斬りなよ。オレは無防備だ」

 ナギの言葉に、此花の意識がユズハから彼に一瞬ではあるが移った。ユズハの意識も彼に向かったが、にも関わらず彼は此花の隙を見逃さなかった。
 手首を叩き、彼女の手からレイピアを落とす。彼女は彼に対して構えていたが、彼の拳が彼女の腹に向かう。

「ユズハ、気絶させるのもなしだ」

 そう言われ、ユズハの手が寸前で止まる。

「な……なんなのよ!?さっきから。バカにしてるの!?」

 彼女に一瞬安堵の表情が浮かんだのもつかの間、ユズハから距離をとり、構えた。ユズハが向かってこないことを確認して、落ちていたレイピアを拾う。

「ナギ。こんなコトをしてる方が、オレは彼女に失礼だと思うけど?」
「良いから、黙って言うとおりにしろよ。騎士を落とすな、気絶もさせるな、王を落とせ。それだけだ」
「……お前、オレがそれでどうするのか見たいのか?それとも、オレに何かさせたいのか?」

 話ながらも、ユズハと此花は互いに牽制しあっている。
 此花もさすがに、ただ突き進むだけではユズハに敵わないことを悟ったらしい。

「耳貸せ」

 ナギは笑顔でユズハにそう言うと、彼に耳打ちをした。

「……本気か?お前……らしくない」
「らしくないって何だよ、失礼だな。良いから、言うとおりにしろよ」

 しばし、ユズハは彼を見つめた。その顔は、疑いに満ちた物だった。

 しかしあきらめたのか、彼はレイピアを構え、此花の方にむき直すと、彼女がしたように彼女に向かって突進した。
 ユズハの動きに早さに、此花は全くついていけなかった。
 あまりに簡単に、あまりにあっさりと、此花は彼に捕まってしまった。
 彼女を後ろ手に捕まえ、首筋にレイピアを突き立てた。

「……どう言うつもり?!こんなコトしたって、勝負はつかないわよ!?」
「そうなんだよな。困ったもんだ」
「はあ?……痛!」

 左手で力任せに彼女の手首を掴んだまま、右手で彼女の体を抱え、ボードを飛び越えながら、玉座に座る武藤の前に立った。

「……何だよ、どういうつもりだよ。サヤカから手を離せよ!!そんなコトしたって、勝負は……」
「そうだな。勝負がつかない。だから、君が玉座から降りてくれ」

 ユズハは再び、彼女に刃を突き立てる。

「……どういうつもりだよ!剣を……首に刺したら」
「まあ、実際はケガもしてないんだろうけど、知っての通り、痛みは感じると思うよ。血も一瞬だけど出たように感じる」

 武藤も此花も、ユズハを睨んだまま黙っていた。

「前回、腹を切った男は、ゲームが終わったあとにも血が見えてたみたいだな。1滴も出てないのに。オレは、ゲームで斬られたことがないから、どれくらいに感じるのか判らないけど、外から見てる分にはホントに斬られたようになるな」

「……酷く、痛いよ?」

 武藤は、斬られた経験があるようだった。明らかに顔色が変わっているのがユズハにも此花にもよく判った。

「君は?斬られたことはある?」
「戦ってたら、当たり前じゃない!離しなさいよ!こんな……!!」

 此花はユズハを睨み付け、必死にあがくが、彼は彼女のことなど全く見ていなかった。もちろん、目の前の武藤のことも。

「玉座を降りるんだ。そうしたら、彼女に手を出さないよ」

 冷や汗をかいたまま、武藤は彼を睨み付けた。

「でも、降りないなら、首を切る」

 彼女の首に、レイピアが僅かに触れる。うっすらと血が出て、消えた。
 血は残らなくても、痛みは残る。じわじわとかゆみにも似た痛みが、首筋から浸食してくる。

「離しなさいよ!……っ!」

 暴れる此花を、ユズハは力ずくで押さえつける。彼女の両手首を掴んだまま、床に押さえつけ、背中を足で踏みつけた。レイピアは彼女の首筋を向いたまま。

「コウジ、降りちゃダメよ!そんなの、許さないんだから!」

 ユズハは、彼女の行為を放っておいた。叫ぼうが暴れようが、ただ押さえつけるだけだ。

『王手(チェックメイト)。勝者、ナギ・ユズハ組。勝者には各1ポイントずつ与えられます』

 ユズハの手からレイピアが消える。彼は、彼女たちの方を振り向きもせずナギの元へと向かった。

「何でよ!何でこんな!屈辱的だわ!あり得ない!」

 泣きながら叫ぶ此花を前に、武藤は何も言えなかった。
 悔しいけれど、屈辱的だけど、普通に戦っていても、彼女の負けは明らかだった。

「言うとおりにしてやったぞ。満足か?」
「そうだな。彼は絶対玉座を降りてくれるって確信してたし」
「……確信?」
「そ。オレもお前が同じ目にあったら、玉座を降りる」

 ナギは、座り込んだままの此花達の元へ向かった。

「ふざけんじゃないわよ!何なのよ!バカにしてるの!?」

 ナギに飛びかかろうとした此花を武藤が必死に押さえつける。

「何で、玉座に座ってるんだ?」
「……何でって……。サヤカの方が戦い慣れてるから……」
「何で立ったのさ?」
「当たり前のことをしただけだ」

 その武藤の言葉に、ナギは笑顔を見せた。
 此花に罵声を浴びせられながら、ナギは出口を抜けた。

「ナギ!どういうつもりだ!?ナギ!」
「何が?」
「今日の……なんであんなマネをしろって?それに、あの男に聞いた台詞!」
「いや、他のヤツはどういうつもりで戦ってるのかと思って。あの玉座に座る気分と覚悟って、どんなのかと思ってさ」

 そう言われて、ユズハは言葉に詰まる。

「玉座を降りるって?オレが同じ目にあったら?バカなことを。そんなヤツに座らせておけるか!?」
「でも、お前も同じコトをする、必ずね」

 彼の目は、真正面からユズハを射抜いた。ユズハには、彼に見つめられた間、時間が止まっているかのように錯覚していた。
 彼の表情が、ユズハの目の前でふと緩んだとき、ゆっくりと時間が動き出した。

「あと1勝だ。そうしたら、次のステージに行ける」

 ナギはいつも通りだった。少なくとも、ユズハにはそう見えた。

「そうだな。……一緒に、戦っていこうな」

 ナギは彼の言葉に応えず、校門へ向かった。ユズハはその後を黙ってついていった。

「聞いた?今の!兄さんがああいうことユーちゃんにさせるなんて、意外!」

 以前ナギ達がしていたように、木に登り塔を覗き見していたのはマドイとヒジリ、そしてカナタとエイジだった。四人が乗っても充分す ぎるくらい巨大な木だった。

「だよね。なんか、田所さんがするなら、判らないでもないけど。でも、オレ、最初にナギさんと戦ったとき、もうぼっこぼこだったけど。滅茶ケンカ慣れしてる戦い方だったし。二度と起きあがれないようにする、って感じだったけど。あの人は」
「それは……最初はゲームのルールも知らなかったんでしょ?だから、兄さんから見たら、カナタは剣を振り回してる『敵』でしかなかったから、当然の反応じゃない?無駄なケンカはしないし、負けず嫌いでやるときは徹底するけど、でも基本的に人を傷つけることは嫌いな人だから」
「矛盾してるような……してないような。判断が難しいよねえ」

 二人は横に並んで枝に座り、顔を向け合い笑顔で話す。カナタの左手が、マドイの左手に触れそうになったとき、エイジが二人の間に割って入った。

「……そろそろ校門が閉まるから、続きは外で話そうか」
「木津くんて、なんかいつもカリカリしてるよね。ねえ?」
「そうでもないよ。普段は……してるかな?」
「してない、さっさと降りるぞ」
「……顔怖いよ、エイジ……」

 身を寄せ合い、二人してエイジから距離をとる。

 エイジはマドイのことが嫌いではなかった。カナタと一緒に彼女と時間を過ごすことが多くなったが、彼女のことをどちらかというと好きだった。面白い生き物を見る感覚に近いモノがあったけど。
 でも、それとこれとは別だった。

 カナタとマドイがいい感じになることを、大手を振って悦ぶことは出来ない。

「マドイちゃん、私、一人じゃ降りられないわ」
「あ、そうよね。大丈夫よ、手伝うから」

 そして、このシスコン姉妹の仲も、エイジは快く思っていなかった。マドイのことを知れば知るほど、彼はマドイのことを可愛いと思うようになっていたが、このシスコンっぷりが鼻についた。
 マドイのシスコンは、ヒジリのせいじゃないのか?!
 少なくともエイジはそう感じていた。

 ヒジリを抱きかかえるようにしながら、巨木を下っていくマドイ。ヒジリのために動く彼女は、幸せそうだった。

「エイジ、眉間にしわ寄ってる」
「しわの一つも寄るっつーか、ため息だって増えたぞ?」
「ホントだ」
「お前のせいだろうが。なんで中緒姉妹と仲良く中緒兄のゲームを見にきてんだよ!敵だろ?」
「たまたまマドイとそう言う話になったんだよ。それに、ナギさんが上がってきたら、とんでもない脅威になると思うけど?」
「……どうかな?」

 今日のナギがおかしかったのは、どういうことだろうとエイジは考えていた。
 この間から酷く悩んでいたし、引っ越しの時わざわざイチタカを連れ出してまでユズハと距離をとろうとしていたのも気に掛かる。
 ユズハのやり方に、彼は抵抗を示しているのではないか?

 そして、ユズハのナギへの態度は、自分のカナタへの態度と同じだと、エイジは思う。気分が悪いけれど。

「……なんか、中緒兄と田所さん、ケンカでもしてんのかな?」
「どうだろね。ナギさんはなんか考えてたみたいだけど、その後、何も言わないし」
「中緒兄は田所さんに不信感があるように見えるけどね。コンビがそれじゃ、きついんじゃないかな?」

 カナタはじっと見つめられていることに気付く。

「どしたの?早く降りようよ。マドイ達が待っててくれてるし」
「……ああいう状況、どう思う?」
「え?ああ、どうかな?仕方ないんじゃない、人間だし。機嫌の悪いときもあるって。オレ達には関係ないんじゃない?エイジ、オレに不信感でもあんの?」
「お前みたいな人畜無害で裏とか作れなさそうなヤツに、どう不信感なんか抱けと?」
「あ、酷いな。オレがバカみたいじゃん。もう、先降りるかんね」

 エイジはそっと、胸をなで下ろす。
 自分は、ユズハのようにはならないと、誓いながら。
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